Waseda Weekly早稲田ウィークリー

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驚異的な計算能力を持つ そろばんの達人の頭脳

そろばん競技の大会で日本一に輝いた堀内祥加さん。彼女の計算のプロセスには、コンピュータにおける演算機能と共通する部分が見られます。情報学習システム研究のエキスパート・村田昇理工学術院教授が、堀内さんの頭脳に迫りました。

理工学術院 教授 村田 昇(むらた・のぼる)

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、早稲田大学理工学部助教授を経て、2005年より現職。専門は統計的学習理論や学習型情報処理。著書に『情報理論の基礎 – 情報と学習の直観的理解のために』(サイエンス社)など。

そろばん指導者 堀内 祥加(ほりうち・ひろか)

2012年に早稲田大学教育学部卒業。2014年に開催された全日本珠算選手権大会では、読上暗算競技で8度目の優勝を飾るとともに「そろばん日本一」の称号を獲得。珠算・暗算有段者を多く輩出する計算塾「けいさんぎのう柏の葉」にて指導者として活躍。

計算の高速化の鍵は「並列化」

村田:そろばん競技において、堀内さんの腕前は相当なものだと聞いていますよ。

大会で実際に使用された問題用紙

堀内:2014年8月に全国から558名の競技者が集まる全日本珠算選手権大会があったのですが、おかげさまで、総合競技と読上暗算競技で優勝することができました。両競技とも暗算にて行うため、練習でそろばんをはじくことはほとんどありません。ですが、暗算をしているときは、頭の中でそろばんをイメージして計算しています。

村田:堀内さんの場合、数や式の一時的な外部メモリーとしてのそろばんは、あまり必要がないわけですね。おそらく右脳がよく働いているのでしょう。そろばんができない人が暗算をしようとすると、脳は数字を言語として認識するため、一般に左脳を多く使っていると考えられています。頭の中のイメージをもう少し具体的に教えてもらえますか?

堀内:読上暗算競技では最大16桁の計算をするのですが、16桁ある長いそろばんをイメージするのではなく、16桁を頭の中で3つのブロックに分けて計算します。それぞれが、下8桁の部屋、億の部屋、兆の部屋。各部屋で同時に計算が始まり、最後に3つの答えを合算します。

村田:その計算方法は、とても興味深いですね。

堀内:兆なのか、億なのか、万なのか、読まれた数字を瞬時に聞き分け、必要な部分のそろばんをはじいている、そんなイメージでしょうか。

村田:堀内さんの計算技術は、コンピュータの並列処理という概念に近いのかもしれません。コンピュータで演算機能を担うCPU(注1)を複数並列につなぎ、処理を分散させることで、コンピュータの処理速度の高速化を図ることができます。つまり、堀内さんの頭の中にある部屋の一つひとつがCPUということになりますね。

※注1 Central Processing Unit:中央演算処理装置。パソコンの頭脳に当たる部分で、計算処理や各機器の制御を行う。

脳を積極的に働かせ、一番効率的な回路をつくる

村田:コンピュータにおいては、クロック(注2)の値が高いものほど処理速度が優れています。一方、人の脳におけるクロックは神経細胞が1秒に出すことができるパルス(注3)の頻度に相当すると考えられますが、これは細胞内外を出入りするイオンのスピードで決まるため、計算が速い人も遅い人も違いはないことが知られています。そういう意味で、堀内さんの計算能力の高さには、計算技術以上の秘密がありそうですね。ちなみに、最大何桁までの暗算が可能ですか?

※注2 コンピュータ内部の各回路間で処理の同期を取るためのテンポのこと。動作周波数とも呼ばれる。
※注3 電荷を帯びた原子。神経細胞を取り巻く膜の内側と外側に存在する。

堀内:19桁です。「19桁の読上暗算をこなしたのは人類史上初」(注4)だそうで、計算上は、「兆」の次の「京」まで及びます。それ以上の桁数にも挑戦中ですが、21桁になると「垓」の単位までの計算となるので、また一つ頭の中の部屋を増やさないといけません(笑)。

村田: どんなに単純な計算も、大脳新皮質の連合野(注5)の働きがなければできません。ある一定の作業が上手になる、速くなるというのは、一連の過程の中で、ニューロン(注6)からニューロンへの情報の受け渡しがスムーズに行われるようになったということ。つまり、脳の中をまわり回ってやっと一つの結論に至っていたものが、訓練を積むうちに常に使われる回路は強化され、不要なものは整理され、効率的になったわけです。堀内さんの場合、脳の中の計算回路が整理整頓されているのでしょう。

※注4 「そろばんクリスマスカップ2013」にて19桁の読上暗算を正答。
※注5 大脳新皮質のうち、運動野・感覚野以外の領野を指す。認知・判断・記憶・言語といった、高次的機能を統合する部分。
※注6 電気信号などの情報を伝達する神経細胞。

堀内: なるほど。私は4歳からそろばんを始めたのですが、訓練を始める年齢も影響するのでしょうか?

村田:一般的には、連合野は5歳くらいをピークに、10歳くらいまで大きく発達するといわれています。

堀内:実は、ちょうどそのくらいのお子さん向けに、そろばんの指導をしているんです。幼稚園の年中さんから受け入れていて、珠算式暗算も併せて教えています。小学校で算数を習ってしまうと、計算するときに頭で考える癖がついてしまうようです。村田先生のおっしゃっていた、「数字を言語として認識して計算する」ということになりますね。だから、計算や数字の概念が分からないうちから始めてもらいたくて。

村田:彼らは計算の意味は理解できていますか?

堀内:意味を考えるよりも先に、計算技術が身に付いてしまうようで、暗算をこなすスピードもみるみる上がっていきます。

村田:計算する能力は通常の脳の神経回路には備わっていないので、計算するには、まず頭の中でそのための計算式を組み上げなければなりません。早くからそろばんによる計算技術を覚え込ませることで、より速く計算する仕組みを、頭脳が柔らかいうちにつくれるわけですね。

堀内:はい。そろばんは脳に良い習い事として再び注目され始めています。私の教室から「そろばん日本一」の生徒が出てくれるとうれしいです。

村田:脳の使わない回路はすぐに抜け落ちてしまいますが、たとえ年を取っても、必要なところには新たな回路ができます。脳は使い続けることによって、非常に柔軟に対応してくれる器官ということを知って、早大生には、より前向きに勉強や趣味に取り組んでもらいたいと思います。

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時(2014年度)のものです。

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