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早稲田の学問

体を守る、最先端の研究③ 生活習慣病胎児期発症起源説

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総合研究機構イノベーションデザイン研究所 客員教員 福岡 秀興(ふくおか・ひでおき)

東京大学医学部医学科卒。東大助手(医学部産婦人科学教室)、米国ワシントン大学医学部薬理学教室(セントルイス)、東大大学院助教授(医学系研究科発達医科学)などを経て、2011年より早稲田大学研究院教授。

糖尿病や高血圧といった生活習慣病の原因をたどっていくと、妊娠中の母体の栄養状態にまでさかのぼる。

飽食といわれている日本で、低栄養が深刻な問題となっています。生まれる子どもの体重が小さくなってきており、2500g未満の低出生体重児が約10%にまで達しているのです。これは先進工業国の中でも突出して高い頻度です。出生体重は妊婦の栄養状態を示すものであり、その栄養状態が劣悪である事を示しています。次世代の健康への影響が以下の様に懸念されるのです。「小さく産んで大きく育てる」ことは大きな間違いであると理解しなくてはなりません(注1)。

 

 

出生体重の低下により、糖尿病、虚血性心疾患、高血圧、精神疾患、メタボリック症候群などのリスクが高くなります。その分子機序は子宮内の低栄養によりこる胎児のエピジェネティクス(注2)変化であり、その変化は時に世代を超えて続きます。小さく産まれ、急速に大きく育つと、本人のみならず何世代にもわたって疾病リスクが高く続く可能性があるのです(世代を超えた伝達現象)。外国からは、日本はそのような人々の集団に変化しつつあることが指摘されています。実際、発達障がい児や小児生活習慣病は著しく増加しています。個人の健康に加え、社会全体の質の低下をもたらす可能性があり、これをテーマとした経済学的研究も外国では盛んに行われています。

多くの原因により出生体重は低下しますが、日本では「やせ女性(BMI 18・5以下)」が増加しており、やせた状態での妊娠や貧しい食生活、体重が十分に増えない妊婦が想像される以上に多いのです。これから出生体重低下は母親の低栄養が大きな要因の一つといえます。胎児期、乳児期に低栄養の状態にさらされると、生き抜くためにそれに適合する代謝系や臓器がつくられ、その後に栄養豊富な環境で生活するとその環境に適応できず、やがて疾病が発症する、と考えると理解しやすいと思います(ミスマッチ)。世界では糖尿病患者が著しく増えていますが、その7割が経済的に発展している低・中所得国であることからもそれは理解できる現象といえます。これを「生活習慣病胎児期発症起源説」といいます。これは現在、DOHaD 説(Developmental Origins of Health and Disease)に発展し、全世界で精力的な研究が展開されています。

 

 

ナチスの食料遮断により餓死者が多く出た「オランダの冬の飢餓事件」や、4000 万〜6000 万人が餓死したと推定される「中国の大躍進事件(1959 〜61)」は、悲しくも見事にDOHaD 説の正しさを示しています。当時生まれた人々からは、生活習慣病・精神疾患が高率に発症しているのです。日本の妊婦のエネルギー摂取量は少なく、飢餓というべき方もいます。当然、他の栄養素も少なく、胎児のエピジェネティクスは大きく変化していると想像されます。

現在われわれはヒトを対象に、妊婦・胎児・胎盤の複雑な栄養代謝とエピジェネティクスとの関連を解析しています。その結果、たとえリスクが予想される胎児でも、育児、栄養により、リスクを低下させ得ることも明らかになってきました。更にエピジェネティクス治療をターゲットとする創薬は大きな領域になろうとしています。エピジェネティクスの視点を中心とした基礎的・臨床医学研究を推進し、これをもとに、栄養を中心として、妊娠前・妊娠中・育児の重要性を発信し、その国民的な意識レベルの向上、インフラ整備などが、健康な次世代を育む社会をつくりあげる基盤といえるのです。これらは生命科学と教育学・経済学などの社会科学とが融合できる早稲田大学においてこそ可能な、大きく発展すべき学問といえます。

注1 今回は低栄養を説明したが、過量な栄養も疾病素因となるエピジェネティクス変化を起こす
注2 遺伝子DNAのメチル化やヒストン蛋白の化学修飾等により遺伝子の機能が調節されている。これをエピジェ36 ネティクス制御と呼び、生命現象の基本ともいわれている

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時のものです。

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