理工学術院 教授 名古屋 俊士(なごや・としお)
早稲田大学理工学部卒業、同大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。1986年より現職。専門分野は環境安全工学、作業環境工学、大気環境工学。著書に『おもしろい粉のはなし』(日刊工業新聞)など。
PM2.5 の正体と、カラダへの影響を知っているだろうか。目に見えない有害物質から身を守る術とは。
わが国では、1960 年代における高度経済成長に伴い、臨海工業地帯に集中する大規模な工場から排出された汚染物質であるばいじん、硫黄酸化物、窒素酸化物、有機化合物、浮遊物質といった有害物質による呼吸器疾患(四日市ぜん息)などの健康影響が、公害として大きな社会問題になりました。その後、硫黄酸化物、二酸化窒素、一酸化炭素、光化学オキシダントおよび浮遊粒子状物質(10μm 以下、SPM)が、環境基準物質に指定され、工場等から排出されるばい煙や自動車排出ガスの規制が強化されてきた結果、現在では、眼や気道の刺激症状が認められる光化学オキシダントを除いて、ほぼ環境基準を満たしています。
一方、ディーゼル車からの排出粒子が沿道の住民に健康影響を与えることが、1998 年頃から社会問題になり、裁判にも発展しました。その時、測定対象になったディーゼル排出粒子が、微小粒子状物質(ParticulateMatter、PM2・5)です。PM2・5は、図1に示すように、粒径2・5μm の粒子を50%の割合で分離できる分粒装置を用いて、より粒径の大きい粒子を除去した後に採取される粒子です。大きな粒子に比べ、肺胞まで達して呼吸器系、循環器系に健康影響を与えることから、2009 年にPM2・5の環境基準が1日平均値35μg/3m と設定されました。現在、早稲田大学西早稲田キャンパス前の明治道路沿いのPM2・5の濃度は、日による変動はありますが、平均17μg/3m程度の濃度を維持しています。
PM2・5の問題は、実は従来からあり、今までは世間の人々がとくに関心を抱かなかっただけのように思います。平成25年1月、北京市のPM2・5の濃度が340 ~ 446μg/3m に達したとの報道がテレビや新聞に取り上げられ、大きな社会の関心事になりましたが、この現象は、中国由来のPM2・5による環境影響の問題で、一過性とはいえ日本の大気環境の悪化を引き起こすことが懸念されているために起こった社会問題なのです。
以前から、焼却施設からのダイオキシン類や、燃焼の際に発生する発ガン物質のホルムアルデヒドやペンゾ[a]ピレンをはじめ、多くの有害物質が、さまざまな業種の多数の事業所から排出されています。そこで、1997 年、すべての有害大気汚染物質について、十分な科学的な知見が整っているわけではありませんが、未然防止の観点から対策が講じられました。早急に排出抑制を行わなければならない物質として、ベンゼン、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレンおよびジクロロメタンについて環境基準および排出基準を設定し、常時監視を行っています。
現在の日本の大気環境は、従来に比べて良好な状況です。現状の有害物質の濃度では、健康な人に対して直ちに健康影響が出るとは考えにくい状態ですので、安心して生活してください。ただ、体内に取り込むと健康に影響が出るかどうかは、個人差が大きく、呼吸器系や循環器系疾患のある人やお年寄り、外で遊ぶ機会の多い子どもたちは影響を受けやすくなります。
そうした現状下では、今後、化学物質より粒子状物質の健康影響に注意が必要だと思います。そこで、PM2・5などの粒子状物質や花粉症の原因物質である花粉から、健康影響を防止する方法として、マスクがあります。防じんマスクは、捕集機構から約0・3μm の粒子が一番捕集しにくく、それ以外の粒子はよく捕集できます。実際、国家検定合格の防じんマスクであれば、比較的粒径の大きい花粉(約20μm)やPM2・5は、ほぼ99%以上捕集できます。ところが、多くの場合、マスク面ではなく鼻、頬および顎の部分から漏れ込むことが多く、マスクの捕集効果を半分も活用できていないケースが多く見受けられます。マスクは、正しく装着して初めてその防護性能が発揮できるということを認識しましょう。
(『新鐘』No.81掲載記事より)
※記事の内容、教員の職位などは取材当時のものです。