Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

言語はどのように進化してきたのか?

法学学術院 准教授 乙黒 亮(おとぐろ・りょう)

大阪大学文学部卒業、エセックス大学大学院言語学研究科博士課程修了。PhD(言語学)。専門は言語学、認知科学。主な論文に、InflectionalMorphology and Syntax in Correspondence(共著、John Benjamins)など。

人間の言語と動物の鳴き声、手話言語と音声言語の比較。これらの観点から、言語の進化の道筋を辿っていく。

「ヒトの言語はどのようにして生まれたのだろうか?」。この問いは進化論が生まれた19世紀より存在したが、長い間、科学的検証の難しさから研究分野として大きな流れになることはなかった。しかし近年、言語学、心理学、脳科学、生物学などの発展に伴い、多くの研究者がこの難問に挑み、言語進化論という一つの学際的な分野を形成している。

この問いへの一つの答えとして、ヒトの言語も、もともとは動物の鳴き声のようなもので、それが複雑化して現在のような形になったということが考えられる。しかし、残念ながら、話はそう簡単ではない。動物の発する声とヒトの言語とを比べると、そこには単に複雑さの度合いではない本質的な違いが存在する。ヒト以外の動物の発声は、ヒトに系統上近いチンパンジーやボノボのような類人猿であっても意図的にコントロールされたものではなく、感情の表出や外からの刺激に対する反応である。一方、ヒトは刺激に対して思わず声が出てしまうという場面ももちろんあるが、通常は発声をコントロールして言語を産出する。よって、同じ音声といっても似て非なるもので、そこに進化上の連続性を求めるのは難しい。

では、ほかの見方はあるのだろうか。マイケル・コーバリス(Michael Corballis)などの進化心理学者は、「言語はジェスチャーから進化した」という説を唱えている。言語というと、まず音声言語を思い浮かべるかもしれないが、手や顔の動きと位置関係を使う手話も、主にろう者の間で広く用いられている。手話は、音声言語を身振りに置き換えたものとよく誤解されるが、各手話には手の位置、形、動きの独自の組み合わせがあり、そうしてつくり上げられたサインを変化させたりすることで、音声言語と同様の複雑な構造をなしている。さらに手話を使用しているときに、大脳左半球のブローカ野と呼ばれる言語を司る領域が活性化することが分かっており、手話話者が左半球を損傷すると、音声言語の失語症に相当する手話の障害がおこる。これらの事実から音声言語も手話言語も脳内の基盤となる能力は共通しているといえ、もともと言語がジェスチャーから進化してきたという説も妥当性を帯びてくるのである。また、発声をコントロールできないヒト以外の霊長類も、手と前腕は大脳皮質の高次中枢で制御されるため意図的な制御が可能であり、グルーミングなどの他者に向けたコミュニケーションの手段として使われる。ここにも原始的な言語の萌芽が見られるといえる。

ジェスチャーが言語の起源だとすると、そこから音声言語へと、どのように変わっていったのだろうか。500〜600万年前、現在のヒトの祖先はチンパンジーやボノボへとつながる系統と分岐し、二足歩行を始めた。これにより、手がより自由に使えるようになり、多彩なジェスチャーを行うようになったはずである。さらに、二足歩行は喉頭の降下を引き起こし、それまで不可能だったさまざまな種類の発声が可能となる。ジェスチャーには発声が伴うようになり、徐々に暗闇でも使える音声中心の情報伝達へと移行していくことになる。音声言語の誕生により、手が情報伝達の役割から解放され、道具づくりなどを始め、芸術が生まれ、ヒトは高度な文化を発展させていったと考えられる。

ところで皆さんは、話しているとき、自分の手や腕がどうなっているかを意識したことがあるだろうか。そこにも進化の痕跡が見られるのかもしれない。

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時のものです。

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