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早稲田の学問

「かけっこ」の科学

スポーツ科学学術院 教授 礒 繁雄(いそ・しげお)

早稲田大学教育学部卒業、85年日本体育大学体育学研究科修了。修士(体育学)。専門はスポーツ方法学、バイオメカニクス。著書に『体育会力 自立した「個」を育てる」(主婦の友インフォス情報社)など。

誰もが経験のある「かけっこ」を科学的に見てみよう。
速く走ることへの意識がガラリと変わるはずだ。

「かけっこ」と聞くと、運動会の徒競走がまず連想されます。そして全力で走る姿や、多くの声援の中で競走している場面も思い出されるでしょう。運動会の前や競技会の前には、走る練習の中で、腕ふり動作やもも上げ動作、または必勝のための極意を考えるものです。確かに、四肢の動作を変更することで、見た目には動作の出来栄えが良くなったと感じることでしょう。ただし、その変化が速さに連動するかは分かりません。先日、ある方から「速く走るには足の指をゴムで結べばいいといわれますが、これは科学的に正しいのですか?」と質問を受けました。回答は「分かりません」です。これも、ある部分を変化(制限)させることで、出来栄えが良くなったとしても、いずれに影響を及ぼしたかが分からないからです。

では、かけっこの原動力は何なのでしょうか。それは、身体を移動させるための「力」と移動中の循環運動です。細かく述べますと、止まった状態から動くには、筋の収縮による力発揮と身体のアンバランスが第1歩を生み出し、2歩目以降は脚が左右交互に着地し循環運動しながら身体を加速させます。この加速力は、脚の屈曲動作を少なくすることで得られる「弾性エネルギー」を活用することが重要です。

図1は、短距離選手の走りを三次元解析し、その動作データを骸骨モデルに変換した図に、力の出る方向と大きさを矢印で示したものです。短距離選手は、走行中1歩を2・0~2・5m程度で移動します。成人一般の走行中1歩は、身長もしくは身長+20cm程度で移動しており、回転数は1秒間に3・5~4・8歩であり、トップスプリンターならそれより0・5歩程度多いといえます。4つの図の移動は、単純に計算して1秒間の歩数を5歩とすると、1歩にかかる時間が0・2秒、接地期はその半分相当のため約0・1秒の中の変化と言えます。図中の矢印は、接地直後に後ろ方向、2つ目は真上、3つ目は前方、そして4つ目は離地直前であり、ほんの少しの力発揮であることが分かります。ここで注目していただきたいことは、2つ目に大きな力発揮が出ていること、そして、1つ目から2つ目に至る足関節・膝関節の角度変化があまり見られないことです。私たちは、力発揮を3~4つ目に大きく出すべきと感じていることが多く、このときの動作は腕ふりともも上げを意識する傾向にあります。しかし、現実には、接地から立位に至る1~2つ目の動作に大きな力発揮が現れています。

短距離選手の走りを見ると、「軽く走っている」と感じることがあるのではないでしょうか。それは、支持脚の関節があまり動かないため、力を発揮していないように見えるかもしれませんが、実際には選手が接地から立位に至る動作で「弾性エネルギー」を活用しているのです。 間違いの原因の多くは、歩行にあります。図2は、歩行中の真下への力発揮を赤線で描いています。歩行中は、接地期に2つの力の山が見られます。1つ目の山では、身体を維持するために体重よりもちょっと多くの力が発揮され、立位では体重以下、接地期後半ではもう一度体重以上の力発揮となっています。一連の動作と皆さんの感覚とを照らし合わせてください。速く歩こうとすると、2つ目の山を意識する場合が普通です。実は、この感覚が「かけっこ」にも反映されてしまい、接地期後半に意識をする動作へつながるのです。しかし、骸骨モデルでは、接地期前半に重要な点がありました。この感覚と現象のズレが、速く走ろうと試みるトレーニングの効果を下げてしまっています。

力発揮の解決策の一つは、緩やかな下り坂を利用し、かかとを多少上げて母子球付近で立ち、足関節を固定し、膝をほんの少し曲げた状態を保ち、おへその下付近に力を意識して、両足ジャンプしながら下ってみてください。このとき、各関節の変化を少なくしながら身体を保ち、飛び跳ねるときは短い時間で「タ・タ・タ」とイメージしながら行うといいです。ただし、姿勢が乱れたり、速さに耐えられなくなる前に動作をやめてください。

きっと力を身体で感じるはずです。そして、それを走りに生かせると、新たな「かけっこ」につながるはずです。

 

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時のものです。

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