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早稲田の学問

新薬開発のキーワード① 生物活性天然物

理工学術院 教授 中田 雅久(なかだ・まさひさ)

東京大学理学部生物化学科卒業、同大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は分子腫瘍学、分子生物学。

生物に有用な効能を発揮する、生物活性天然物。その研究が、新薬開発に重要な役割を果たす。

自然界には微生物や植物などが産生する物質(天然物:主として有機化合物)が存在し、生物に対して活性を示す天然物を生物活性天然物と呼んでいる。化学の黎明期においては、生物(有機体)のみが有機化合物を産生する(生気説)とされ、それらを研究対象とする学問分野が有機化学であった。しかし、19世紀に入り、フリードリッヒ・ヴェーラーによる尿素の合成、ヘルマン・コルベによる酢酸の合成などにより、生物の体外でも有機化合物の合成が可能であることが示され、さらに自然界には存在しない有機化合物も合成された。こうした一連の事実により、有機化学は全ての有機化合物を研究対象とする学問分野に拡張され、天然物を研究対象とする学問分野(天然物化学)はその一部となった。

20世紀における科学技術の発展とともに、天然物を単一物質として取り出し、その化学構造を決定する(構造決定)技術が飛躍的に進歩した。その結果、人類にとって有用な生物活性物質の探索研究が盛んに行われ、ペニシリン、ストレプトマイシン(図1)などの抗生物質や、タキソール™などの抗がん剤(図1)が発見された。しかし、機器分析に基づく天然物の構造決定は推定であるため、誤ることもある。そこで、その推定された構造を化学合成し、確認することが重要となる。実際に、入手容易な化合物から日的化合物を合成すること(全合成)により、構造が訂正された天然物は多い。

今日では簡便で高効率な、かつ環境に負荷をかけない全合成が研究されている。そして、全合成は作用機構や構造修飾の研究対象となる生物活性物質が入手困難な場合、それらの供給手段にもなっている。

一方、生物活性天然物の研究は、新薬の開発に大きな影響を与えてきた。図2は、1981年から2010年の間に世界で承認された新薬の内訳を示している。医薬品となった生物活性天然物は4%に過ぎないが、化学変換を施した生物活性天然物と、生物活性天然物に関係のある化合物を合わせると、全体の50%を占める。抗がん剤だけに限れば、その比率は61%に上昇する。これらの事実は、創薬における生物活性天然物の重要性を示している。

創薬における最近のトピックスとして、エーザイ株式会社が開発した抗がん剤HALAVEN™(図1)がある。HALAVEN™はクロイソ海綿から単一物質として取り出したハリコンドリンBの構造をもとに創製された医薬品である。一般的に、原子の結合順序・結合の多重度が同じ化合物同士で生物に対する活性が異なる場合、そのうちの一種類のみを合成する必要がある。例えば、ペニシリンの鏡像異性体(鏡像関係にある化合物)は抗菌活性を示さないので、医薬品にならない。HALAVEN™には20の不斉炭素(4つの異なる原子・置換基を持つ炭素)があるため、単純計算で220=1048576種類もの立体異性体がある。新しい構造の抗がん剤の開発のみならず、1048576種類のうちの1種類のみの精密製造・供給に成功したことは称賛に値する。有史以来、構造が複雑な有機化合物の合成は専ら大学において研究され、その大量生産と供給は困難とされてきたが、現実となったのである。

複雑な構造を有する生物活性物質は、生体に特異的に作用する傾向があるため、副作用の低い医薬品となる可能性が高い。今後も医薬品の原型となる、有用な生物活性天然物の発見と有機合成化学のさらなる進歩が期待される。そしてHALAVEN™のように複雑な構造を有する医薬品が多く創製され、人類の健康と生活の質向上に大きく貢献するに違いない。

 

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容、教員の職位などは取材当時のものです。

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