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【治す機器】潜入!医療機器開発の最前線(前編)

日本光電工業株式会社 代表取締役会長 荻野 和郎(おぎの・かずお)

1966年早稲田大学大学院理工学研究科修了後、日本電信電話公社入社。85年日本光電へ。心電図事業部長、専務を経て、89年6月社長就任。2008年6月より代表取締役会長。

医療機器の技術進歩は、常に私たちの想像の先を行く。その開発の最前線はどうなっているのか。医療機器メーカー・日本光電工業代表取締役会長の荻野和郎さんに聞いた。

近年注目の医療機器について

医療機器の技術は、日々革新が進んでいます。医療現場では、数十年前の未来像を超える進化が現実のものとなっており、その象徴は手術支援ロボットでしょう。医師はモニターを見ながらロボットアームを操作して手術を行います。日本の病院では2000年、米国企業が開発した内視鏡手術をサポートする「ダヴィンチ」を導入。今ではこのような大型のロボットだけでなく、小型・軽量化した手術支援ロボットの開発も進んでいます。

ICT(情報通信技術)の進歩も、医療を支えています。通信速度の向上により、医療機関と患者宅をテレビ電話で結んで行う在宅医療のほか、情報量の多い医療用画像を伝送して遠隔地で診断する遠隔画像診断が可能になりました。また、画像処理技術の向上により、とくにMRIやX線CTの精度の高さは、目を見張るものがあります。これらの断層画像から精細な3D画像を描出し、3Dプリンタで患者の臓器を再現。手術の予行練習に役立てています。

体内植込み型の医療用機器にも注目です。心臓の動きを常時監視するペースメーカーやICD(注2)などの従来の機器はますます高度化しています。さらに最近では、電極を首筋に埋め込んで迷走神経(注3)を刺激し、てんかんの症状を和らげる新しい技術も出てきています。

難治性てんかんを治療する植込みデバイス「迷走神経刺激装置(VNS)」(注1)

難治性てんかんを治療する植込みデバイス「迷走神経刺激装置(VNS)」(注1)

注1 VNS(Vagus nerve stimulation)

注2 植込み型除細動器。致死的な不整脈の発作が出ると、電気ショックを行い、心臓の動きを回復する

注3 脳神経の一つ。延髄から頸部、胸部、腹部まで広く分布

日本の医療機器産業の課題

国民皆保険制度に基づく日本の医療の質は世界トップクラスですが、医療機器産業の市場に目を向けると、とくに治療機器の分野で輸出より輸入の方が多いのが現状です。長らくものづくりを得意としてきた日本では、新素材とその加工技術が進んでいるはずなのに、なぜでしょうか。

原因の一つとして、リスクを恐れない、チャレンジ精神旺盛な人材が、日本にはまだまだ少ないことが考えられます。万一、治療機器の欠陥による事故が起こった場合、PL訴訟(注4)により莫大な損害賠償請求を受けたり、マスコミでも大きく報道されたりします。ですから、企業も病院もリスクを冒してまで、治療機器開発に手を伸ばすことはしないのです。アメリカでも、大企業はこうしたリスクを恐れる傾向にありますが、意欲的な中小企業がこの分野に果敢にチャレンジしています。

また、法規制の厳しさもあります。全ての医療機器は、医薬品医療機器等法の認可を得なければ臨床現場で使えませんが、その手続きを経るのに非常に長い時間を要します。しかし、産業はスピードとの戦いです。例えば認可が1年で得られる海外と2年かかる日本とでは、競争になりません。

さらに、日本の医療現場はたいへん忙しい。医師たちが治療をしながら、医療機器に係る臨床実験を行う負担の大きさは、想像に難くないと思います。

新しい医療機器の真の実用化において重要なのは医工連携です。研究現場で豊かなアイデアが生まれても、医療現場が受け入れなければ開発につながりません。

そうした中、早稲田大学と東京女子医科大学の共同研究施設「TWIns」のような研究開発拠点が、ようやく日本でも整備され始めました。われわれも再生医療による新しい治療法の実現に、医療機器がどのように寄与できるのかを研究するため、TWIns内に研究室を設けています。

従来の大学の研究は多くの場合、紙で発表すればそれで終わりでした。しかし近年、研究成果の商用化を視野に入れて、積極的に試作開発や設備投資を行う流れになってきています。こうした産学連携が進めば、日本の医療機器産業は発展するでしょう。

注4 製造物責任法(PL法)における訴訟

医療機器の力で、より多くの人命を救う

日本光電の取り組み

当社の創業者は、「医師は患者を救えるが、自分が一生の間に救える人数は限られる。一方で、優れた医療機器をつくれば、世界中の人々の役に立つのではないか」と考え、日本光電を創業しました。そして今日も、医療機器の力で多くの人を病気から救うため、開発・生産を続けています。

当社が生産する唯一の国産AED(自動体外式除細動器)は、その最たる例でしょう。2012年末現在、全国に約45万台のAEDが設置されています。実際に一般市民がAEDで電気ショックを実施した件数は年間約1800件。1カ月後の生存率は41%、1カ月後の社会復帰率は36%です。それだけ の人たちが、善意の救助により、助かっているのです。今後も、AEDのよりいっそうの普及が望まれます。

また、医療には欠かせない、動脈血の酸素飽和度を測定する「パルスオキシメーター」の原理も当社の青柳卓雄博士による発明です。採血を必要とせず患者への負担が少ないこと、瞬時にリアルタイムの測定が連続してできることから、利用用途は大きく広がり、睡眠時無呼吸症候群の患者、さらには登山者の高山病対策などにも使われるようになりました。

われわれは、「ヒューマン・マシン・インターフェイス(生体と機械をつなぐ役割)」を担っています。生体内のさまざまな情報を取り出し、処置する機器を開発していくことで、今後もあらゆる病気と戦っていきます。

私の大学時代

喫茶店で、友人とずっとトランプをやっているような学生生活でした。一見ムダなことのようですが、人と遊ぶことは、その後の人生に必ず役立ちます。仕事は、自分一人でできるわけではなく、チームやネットワークが必要だからです。ギアを締めすぎると動かなくなるように、機械だって遊びの部分が必要でしょう? 皆さんも何か一つでいいので、ムダに思えるような遊びにも挑戦してみてください。

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容は取材当時のものです。

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