Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

【治す薬品】人類を救う新薬開発の現場

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中外製薬 常勤監査役 三輪 光太郎(みわ・こうたろう)

1979年、早稲田大学大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了後、中外製薬株式会社に入社。中央研究所、経営企画部、執行役員人事部長、執行役員製薬企画部長を経て、2011年より常勤監査役。

治らないとされてきた病気を治す―夢の新薬開発に向けて、世界中の研究者が日夜しのぎをけずっている。そんな新薬の研究開発をめぐる動向について、中外製薬常勤監査役の三輪光太郎さんに話を聞いた。

医療品を取り巻く社会の現状について

医薬品は大きく2つに分けられます。一つは薬局やドラッグストアで購入できる「一般用医薬品」。もう一つは医師の処方せんが必要な「医療用医薬品」で、入院中の点滴などもこちらに当たります。後者の医療用医薬品には、新たに開発・発売される「新薬」と、特許期限が切れた新薬と同じ有効成分でつくられる「ジェネリック医薬品」とがあり、研究開発費を抑えられるジェネリック医薬品は安価に提供されます(図1)。

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近年、ジェネリック医薬品が脚光を浴びている背景には、日本の医療費の問題があります。長らく日本国民の健康と安心を支えてきた国民皆保険制度ですが、少子高齢化によって医療費は増加の一途を辿っており、制度そのものが立ち行かなくなってきています。そこで、国としては、価格の安いジェネリック医薬品の使用を広めることで、少しでも医療費の削減につなげたいというわけです。

一方、当社はあくまでも新薬の研究・開発・製造に特化しています。医療技術が発達した現代ですが、がん、糖尿病、中枢神経系疾患に有効な治療薬など、数多くの「アンメットメディカルニーズ(注1)」が残されているのが現状です。治療法がまだない疾患を抱える患者さんに革新的な薬を届けることが、われわれ新薬メーカーの責務だと考えています。

中外製薬の取り組み

もともと生体内に存在する物質を利用した「バイオ医薬品」、中でも「抗体医薬品」の開発に強みを持っています。抗体とは、異物を排除しようとする免疫システムを担うタンパク質で、特定の細胞や組織だけに働く性質があります。つまり、この抗体を薬に応用することで、例えばがん細胞など、病気の元となっている細胞をピンポイントで狙い撃ちできるのです(図2)。

図2

国産初の抗体医薬品となったのが、当社が2005年にキャッスルマン病治療薬として発売した「トシリズマブ(ヒト化抗ヒトIL -6レセプターモノクローナル抗体)」です。キャッスルマン病をはじめ自己免疫疾患の患者さんの血液中には、多様な炎症を引き起こすサイトカイン(タンパク質の一種)であるIL -6レセプターの著明な増加が認められます(図3)。IL -6レセプターに働きかけ、症状の改善を図るこの薬は、他の自己免疫疾患へも適応が広がっています。とくに関節リウマチ薬としては、2008年に国内で承認を取得した後、今では世界100カ国以上で承認されています。

図3

また、最近では、先天性血液凝固障がいである血友病Aの治療に有効な「バイスペシフィック抗体」の創成にも成功。血友病Aの治療はこれまで、週に数回、それも静脈注射による製剤の投与が主流で、とくに幼い患者さんやそのご家族のたいへんな負担となっています。当社のバイスペシフィック抗体では、現在実施中の臨床試験において投与方法を検討しています。出血時の止血治療および定期的な補充療法(予防治療)の治療薬として、患者さんにかかる負担を軽減できればと考えています。

医療品業界の動向

新薬の開発には長い年月と莫大な費用を要します。一つの薬を開発するのに、2000億円を超えることも珍しくありません。さらに、発売後にも有効性や安全性を確認するために多くの費用がかかります。そのため、新薬メーカーは、高い研究開発力のみならず、海外における広い販売網を兼ね備えていなければなりません。当社のケースでいえば、スイスのロシュ社との戦略的アライアンスによってグローバル市場へのアクセスが容易となり、ロシュ社の充実したリソースを共有したり、豊富なパイプラインへのアクセスを保有したりすることで、研究開発活動の恩恵を受け、新薬メーカーとしてのプレゼンスを確立しています。

電化製品などでは、中国やインドといった新興国企業の追い上げが凄まじいですが、新薬においては、現在販売されている製品のほとんどが、アメリカ、ヨーロッパの数カ国と、日本で生み出されたものです。なぜなら、新薬が自国の患者さんの元に届く成熟した社会保険制度がなければ、グローバル市場にアクセスする足掛かりをつかむことすらできません。また、医学・薬学・理学といった最先端の学問水準に基づく研究を遂行できる人財がいることも、新薬創出の条件となるからです。

しかし近年、日本の新薬創出力に陰りが見え始めています。例えばオープンイノベーションが先行するアメリカでは、公的助成により支えられた大学発の創薬技術のアイデアをベンチャーが育成、それを製薬企業が買い取り、産学連携によって製品化するという、新薬を社会に浸透させるまでの一連の流れが根づいています。一方、日本の製薬会社には、自社内で全て研究開発を完結させる志向がつい最近まで強くあり、これでは、研究生産性は上がりません。また、有効な薬でも価格などの条件が見合わず生産が中止されることもあります。まさにオープンイノベーションが、日本の医薬品業界復興の鍵を握っているといえるでしょう。

新薬開発は、永遠に終わらない

今後の展望は

これまで、革新的な新薬の登場やジェネリック医薬品の普及は、人々の健康に大きく貢献してきました。それはこの先も変わりません。しかし、世界には病気に苦しむ患者さんが、まだまだたくさんいます。中でもエボラ出血熱などの予測の難しい感染症、小児疾患や稀少疾患といった疾患に関しては、採算性などの問題により、新薬の開発が遅れているのも事実です。より盤石な研究開発体制、より円滑な流通ラインの確保をはじめ、われわれが挑戦しなければならない新薬開発の領域は、尽きることはありません。

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抗体医薬は動物細胞を培養して生産するため、高度な無菌環境が必要となる

私の大学時代

私は理工学部出身ですが、早稲田キャンパスにも頻繁に足を運んでいました。さまざまな人と出会い、ジャズに傾倒したり、アングラ演劇を観に行ったりする日々を送っていました。個性的な友人たちとの付き合いによって知った多様な価値観は、社会に出て多くの人々と仕事をするようになってから、とても役に立っています。

(『新鐘』No.81掲載記事より)

※記事の内容などは取材当時のものです。

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