
映画パンフレットを読むのも、鑑賞後の楽しみ
早稲田大学には、さまざまな趣味や特技を持つ先生がいます。「教員のオフタイム」では、授業中は見せない、先生の意外な一面を紹介します。
教育・総合科学学術院講師 松山 鮎子(まつやま・あゆこ)

松山鮎子講師。早稲田大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。2024年より現職。専門は社会教育学、生涯学習論
「今日は、何もしない日にしよう」。そう決めて過ごす日に、まず思い付くのが映画を観ることです。元気があれば、その時の気分で作品を選んで映画館に出掛けます。そうでなければ、近所のケーキ屋さんに一走りし、自宅でコーヒーを淹れ、サブスクから今日観る1本を決めます。昔なら、レンタルショップで気になる作品2、3本を見繕ってきたものですが、今はその手間もなくなりました。
私の映画歴を振り返ると、最初は家庭の影響が大きかったです。両親とも映画好きで、自宅にはNHK『衛星映画劇場』を地道に録りためた、数百作品のVHS(ビデオ)コレクションがありました。共働きの両親と過ごす休日は、専らその中からの映画鑑賞でした。しかも、母はヌーヴェル・ヴァーグ(※)作品などの洋画、父は邦画、特に任侠(にんきょう)映画(ヤクザ映画)が好きだったため、フランスの俳優ジャン=ポール・ベルモンドから勝新太郎まで、洋の東西を問わず数多くの名優に出会ってきました。そのおかげか、今でも国内外ジャンルを問わず、映画史をたどるように作品を観ることを好んでいます。
※ 1950年代末から1960年代にかけてフランスで起こった革新的な映画運動で、「新しい波」を意味する。従来の叙事的な映画製作を否定し、若手監督たちがロケ撮影や即興演出など、リアルで自由な表現を追求したムーブメント
中でも好きなのは、邦画の黄金期である1950年代の作品です。当時は、小津安二郎監督の小津組、黒澤明監督の黒澤組など、一監督の下、スタッフやキャストが固定のメンバーで映画が製作されていました。そうした映画人たちのコミュニティーに惹かれて、単に作品を観るだけでなく、例えば『松竹大船撮影所前松尾食堂』山本若菜(中公文庫)のような、本から伝わる撮影所の日常に、あれこれ想像を巡らせるのも楽しみの一つです。

小津安二郎(左、1903~1963年)、黒澤明(右、1910~1998年)。共に日本を代表する映画監督(写真提供:共同通信社)
当時の映画スターの中で最も多くの出演作を観たのが、俳優の高峰秀子さんです。20年来のファンで、映画のロケ地、ご自宅のあった麻布永坂町、骨董店を営んでいた有楽町新国際ビルにも訪れました。また、高峰さんは5歳のデビュー以来小学校も満足に通えなかったのにもかかわらず文章が巧みで、20代から数々のエッセーを出版してきました。ベストセラーの自伝『わたしの渡世日記』(文春文庫)をはじめ、多くの著書を読みあさってきましたが、今も高峰さんの言葉に触れると、すっと背筋が伸びるような気持ちになります。自身の生き方のお手本といえる存在です。

自宅にある高峰秀子さんの著書。左から、ベストセラーの自伝『わたしの渡世日記』(文春文庫)、処女作の『巴里ひとりある記』(新潮社)、そしてシリアルナンバー付きの限定エッセイ集『秀子のピッコロモンド「小さな世界」』(アオイ・ギャラリー)は、自筆サイン入りで宝物
早稲田は、早稲田松竹に加え、学内にも中央図書館AVルーム、演劇博物館などがあり、映画と縁の深い大学だと思います。市販されていない貴重な作品を気軽に鑑賞できるのも、早稲田だからこそ、です。こうした大学に息づく映画文化の恩恵を受けながら、豊かなオフタイムを過ごしています。

学生時代から何度も通った名画座「早稲田松竹」(高田馬場)。自分と同じ教育学部出身の寺山修司作品を初めて鑑賞したのもここでした









