演劇の世界から始まったアートユニット 人は分かり合えないから話すしかない
ケシュ#203 仲井 希代子(なかい・きよこ)、仲井 陽(なかい・みなみ)

(左から)仲井陽さん、仲井希代子さん
難解な古今東西の名著を100分かけて読み解いていく人気番組『100分de名著』(NHK Eテレ)。その読解の助けとなる個性的なアニメーションの制作を番組立ち上げ当初から担当するのが、仲井希代子さんと仲井陽さんによるアートユニット「ケシュ#203(けしゅるーむにーまるさん)」だ。2人のクリエーティブワークはアニメ制作にとどまらず、希代子さんはグラフィックデザインや企業ロゴ制作、ブックデザインなども担当。一方の陽さんはドラマや舞台の脚本を手掛けるなど、多方面で活躍を続けている。
そんな2人が出会い、今につながるクリエーティブ力を磨いたのは、早稲田大学時代に在籍した演劇・映画団体「ケシュ ハモニウム」での活動だ。さまざまな学生映画賞を受賞した栄光あり、不協和音ばかりの混沌期あり。試行錯誤を重ねながら、学生が立ち上げた団体からどんな変遷をたどりプロとなったのか。そして、ユニットとして仕事でも夫婦としてプライベートでも時間を重ねる2人の「良好な関係性」を続けるコツとは?
ケシュ ハモニウム:試したことがない表現でも何でも挑戦した日々
陽さんが「早稲田」への扉を開いたきっかけは、早稲田大学出身の劇作家・鴻上尚史さん(1983年法学部卒)の存在だった。
「高校時代は演劇部で、鴻上さんが主宰する第三舞台の戯曲集をよく読んでいました。その後書きに書かれていた早稲田大学での出来事が楽しそうで憧れましたね。受験で初めて早稲田に来たとき、着ぐるみを着てワイワイとパレードをしている学生の姿を見て、『ここは俺が入るべき場所だ』と勝手に確信していました」(陽)
入学後、老舗の演劇サークルに籍を置いた陽さんだったが、自身のやりたい演劇と方向性が合わず、退会。映画が好きな友人と「演劇と映画、どちらにも打ち込める場を作ろう」と旗揚げしたのが「ケシュ ハモニウム」だった。
「立ち上げて最初に撮った作品『鵺譚(ぬえたん)』が早稲田映画祭をはじめ、外部の学生映画祭でもグランプリを取ったんです。その後に撮った作品もぴあフィルムフェスティバルで入選し、2001年にはその年に制定された早稲田学生文化賞も受賞できました」(陽)
その2001年に第二文学部に入学したのが希代子さん。映像・映画制作を学びたいと考えていた希代子さんは、新歓時期に催された映像系サークルの合同上映会で、ケシュ ハモニウムの存在を知る。
「上映会で一番面白かったのが『鵺譚』でした。その後、たまたま知り合った方から、『作った人を紹介してあげる』と話が進み、まだ入会すると決めていないのに『新入生が来た!』と突如他のメンバーと相撲を取り始めたのが陽さんとの初対面。やっぱり早稲田には不思議な人がいるなぁ、というのが第一印象でした」(希代子)
写真左:一浪して社会科学部に入った陽さん。入学式でのひとコマ
写真右:大学時代の希代子さん。陽さんと初めて会った時、希代子さんは全身緑色の服を着ていたそう
こうして、ケシュ ハモニウムの一員となった希代子さんは、映像制作のノウハウだけでなく、今の仕事につながるアートワーク全般についても知見を深めていった。
「演劇でも映画でも本でも、興味があるモノならなんでも表現していこう、というのがケシュ ハモニウム。その環境にポンと置かれたことで、試したことがない表現でも何でも挑戦しました」(希代子)
ケシュ#203:挑戦を続けて開けたアニメーションの道
ケシュ ハモニウムの活動とは別に、他の劇団のオープニング映像や結婚式ビデオなどの映像制作をアルバイト的に手掛けるようになっていた陽さんと希代子さん。2005年、希代子さんの大学卒業と時期を同じくして最終公演を迎えたケシュ ハモニウムと入れ替わるように、アートユニット「ケシュ#203」としての活動を本格化させていった。
「演劇仲間の先輩に、『ナイロン100℃』や『大人計画』などの映像制作でも知られる映像ディレクターの上田大樹さん(第一文学部中退)がいて 、上田さんの仕事を間近で見たり手伝ったりした経験も大きかったですね。当時、僕が住んでいたアパートが203号室で、希代子さんの実家もたまたま203号室ということで、『ケシュ#203』の屋号になりました」(陽)
転機の一つは、映像制作会社に就職したケシュ ハモニウムの元メンバーからの「アニメはできる?」という依頼だった。
「できるかできないか、ではなく、取りあえずやってみる。それは、ケシュ ハモニウムで培ったものですね。実際にアニメを作れば作るほどクリエーションの幅の広さに気付き、さまざまな表現を試した結果として、依頼も増えていきました。2011年に始まった『100分de名著』がまさにそうです」(希代子)

『100分de名著』より、『シャーロック・ホームズ』のビジュアル
今でこそ複数作家での持ち回りだが、番組立ち上げ当初はケシュ#203が毎週制作を担当。その激務でもこだわったのは、作風を固めず、担当する名著ごとに表現方法を変えたことだ。
「主役はあくまでも名著。自分たちの作風に名著を寄せるのではなく、作品ごとにテーマを読み解き、テイストを変えるようにしています。また、自分が作るものをずっと新鮮に感じていたいからこそ、焼き増しにならないように工夫し続ける。毎回、過去の自分を超えてやろうと思ってやっています」(希代子)
その挑戦の日々が、結果としてケシュ#203としてのオリジナリティーを醸成していった。
「最初からアニメーション作家になろうとしたわけではないし、何か明確なビジョンがあったわけでもないです。でも、その都度挑戦し続け、今では『もしかしたら解説アニメーションの草分け的存在なのでは?』と思っています(笑)」(陽)
『100分de名著』より、『金子みすゞ詩集』(左)。『群衆心理』(右)は群衆を分かりやすく表現するために、自動人形をモチーフに登場人物を再現したそう
公私を共にするユニットとして。信頼をいかに口にするか
現在、ケシュ#203としてさまざまな作品を手掛けながら、陽さんは脚本や演出の分野でも活躍中。希代子さんもアートディレクション全般で仕事の幅を広げている。時に周囲のサポートを受けることで忙しい日々を乗り越えているというが、その仕事術に至る背景には、早稲田時代のある“失敗”があった。

2002年6月発行の『早稲田学報』表紙。カメラを構えているのが陽さん(当時社会科学部4年)。芝居や映画の撮影に明け暮れる日々を過ごしていたそう
「ケシュ ハモニウムとして旗揚げ後、すぐにいくつもの賞を頂いた結果、主宰の僕自身がてんぐになってしまったというか。独善的になり、『いいモノを作るためなら徹夜して当然でしょ』というスタンスを皆に押し付けていました。勝負作を作るつもりが、組織としてバラバラになるきっかけを僕が作ってしまったんです」(陽)
その苦い経験を払拭(ふっしょく)できたのは、2015年発足の演劇プロジェクト「タヒノトシーケンス」。陽さんにとって、ケシュ ハモニウム時代以来、10年ぶりの演劇との邂逅(かいこう)だった。
「演劇では、演出家がトップダウンで作品を作り上げていくことが多いんです。でも、演劇から10年離れたことで自由になれたというか、みんなで作品を豊かに作り上げていこう、というスタンスで取り組むことができました。僕が考えていることが唯一の正解じゃなく、役者さんからもアイデアをもらう。当初は戸惑う役者さんもいましたが、しっかり話し合うことで、最終的には同じ方向を向くことができました」(陽)
ケシュ#203としてだけでなく、プライベートでも夫婦として同じ時間を過ごす2人。良好な関係性を維持するために日々心掛けていることも、「何でも話し合うこと」。そして「認め合うこと」だという。
「私の持論として、人は基本的に分かり合えない。だから、信頼関係を築き、継続していくためには自分の気持ちや考えをしっかり話すしかない。相手を理解していると思っての言動は思い込みにすぎないからこそ、 そこに尽きると思います」(希代子)
「そして、信頼を口に出すこともとても大事。僕は軽口ぐらいのレベルで、普段から『さすが! 天才!』と言っていますが、意外とこれが肝なのかなと思っています」(陽)
「そうそう。みんなもっと軽口で『天才! 天才!』と言った方がいい。言う方も言われる方も、気持ちがいいものです」(希代子)

ケシュ#203の仕事場にて。どちらかが主宰というわけではなく、互いを尊重しながら仕事することを大切にしている
取材・文:オグマナオト(2002年第二文学部卒業)
【プロフィール】
ケシュ#203
仲井希代子と仲井陽によるアートユニット。早稲田大学卒業後、演劇活動を経て2005年に結成。NHK Eテレ『100分de名著』や同『グレーテルのかまど』などの番組でアニメーションを手掛ける。手描きと切り絵を合わせたようなタッチで、アクションから叙情まで物語性の高い演出が特徴。またテレビドラマの脚本執筆や、架空の町を舞台にした連作短編演劇「タヒノトシーケンス」を立ち上げるなど、活動は多岐にわたる。オリジナルアニメーション『FLOAT TALK』はドイツやオランダ、韓国、セルビアなど、数々の国際アニメーション映画祭においてオフィシャルセレクションとして上映された。
仲井 希代子
1982年、東京都出身。早稲田大学第二文学部卒業。在学中に演劇・映画団体である「ケシュ ハモニウム」に参加。2005年、仲井陽とアートユニット「ケシュ#203」を結成。アニメーションの他に、グラフィックデザインや、TVキャラクター制作、企業ロゴ制作、ブックデザインなども手掛ける。2016年に初監督したオリジナルアニメーション 『FLOAT TALK』が各国映画祭で高い評価を受ける。
仲井 陽
1979年、石川県出身。早稲田大学社会科学部中退。在学中に演劇・映画団体である「ケシュ ハモニウム」を旗揚げし、作・演出・監督を務める。2005年、仲井希代子とアートユニット「ケシュ#203」を結成。脚本家としても精力的に活動し、2015年に立ち上げた短編演劇連作「タヒノトシーケンス」では脚本・演出を担当。テレビドラマではカンテレ『大阪環状線シリーズ』やAmazon Prime『ショートプログラム』などの脚本を手掛け、NHK BSプレミアム『小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~』が第44回放送文化基金賞奨励賞・第34回ATP賞奨励賞を、カンテレ『知らないのは主役だけ』が2020年度ギャラクシー賞・奨励賞を受賞。
Webサイト:https://kesyuroom203.com/
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