「見つけてもらうしかないアーティストの現状を変えたい」
政治経済学部 4年 中辻 新(なかつじ・あらた)

2023年、京都にて
世界を変革する30歳未満の若きイノベーターを表彰する「Forbes Japan 30 UNDER 30」(2023年)に選出された政治経済学部4年の中辻新さん。さまざまな芸術のジャンルから作品を追加し、自分の好みを反映した世界観を表現できるプロフィールページをつくることで、「好き」を共感できる人に出会えるアプリ「artics」を開発。現在は米国のシリコンバレーを拠点に活動しています。そんな中辻さんにアプリを開発したきっかけやビジョン、Forbesの受賞について、そして今後の展望などを聞きました。
――はじめに、早稲田大学に進学した理由を教えてください。
小中学時代をオランダで過ごし、海外にいる期間が長かったので、自分のルーツである日本の文化や社会をもっと知りたいという思いから日本の大学に進学することに決めました。また、元々起業に興味があり、面白くて優秀な人たちに会いたいと思っていたので、日本の大学の中でもグローバル人材や起業家の育成に力を入れている、早稲田大学に引かれたんです。また、高校生のときに経験したHUAWEIでのインターンで、早稲田大学が中国でとても有名だと知ったことも理由の一つです。
実際に入学してからは、起業系の授業を受講したり、大学1年生のときに出場した早稲田大学ビジネスプランコンテストでファイナリストに選出されたりしました。このコンテストをきっかけにアントレプレナーシップセンターをはじめ、アントレプレナーシップ教育に関わる方々と出会い、今でも助言をいただくこともあり、早稲田での経験や出会いは現在の活動の礎になっています。

2021年早稲田大学ビジネスプランコンテスト決勝のオンラインピッチの様子
――ビジネスプランコンテストではどのようなプランを提案したのですか?
夢を諦めてしまうアーティストが多く、芸術の人気に偏りがある今の世の中を変えたいという思いから、好きでつながるSNS「artics」をビジネスプランとして提案し、アプリの原型となりました。このような思いを持ち始めたのは、高校生で参加した合唱世界大会で優勝したことがきっかけです。
この大会の決勝で歌い終えた瞬間、スタンディングオベーションが起こり、中には泣いてくれている人もいて、国境を超えた音楽の力を肌で体感し、強い喜びを感じました。ですが、「お金が稼げない」「キャリア的に難しい」という理由で、この喜びを仕事にすることができるアーティストは少ないことに気付いたんです。

2019年、イタリアのヴェローナにある有名なオペラ会場、テアトロ ヌオーヴォで開催された合唱世界大会決勝
──「artics」とはどんなアプリですか?
「artics」はさまざまな芸術のジャンル(音楽、映画、アニメ、漫画、絵画、書籍)から好きな作品を追加し、自分の好みを反映した世界観を表現できるプロフィールページをつくることで、「好き」を共感できる人に出会い、さらに自分らしい作品に出会えるSNSです。

「artics」の英語版広告
例えば、自分と好みが似ている人をフォローし、プロフィールページをのぞいてみると、これまで知らなかった興味ある作品に出会うことができます。通常、私たちがよく触れる音楽は、サブスクの音楽サービスなどで提示されるランキングに掲載されているものであり、AIレコメンドの仕組みも基本的には売れた人がさらに売れるようになっています。その結果レーベル(レコード会社の組織の一つ)にプッシュされ、実際に0.1%のアーティストが全体の90%の視聴時間を占めているとも言われています。
自分はこれを偏った分布だと考えています。このひずみを解決するために、コンテンツ業界に今必要なのは、自分の好きなものを、一方通行のメディアから吸収するだけではなく、人との共有を通じて知り、深めることができる仕組みだと思うんです。
友達や似ている人を通じて好きを深ぼりできれば、アーティストとファンのより適切なマッチングが行われるようになり、ファンを獲得したアーティストが好きを仕事にすることにつながると信じています。このような背景もあり、「artics」は、これまでのコンテンツ業界の価値を転換し、自分の好きをもっと探究できる世界を目指しています。
――2023年、世界を変革する30歳未満の若きイノベーターを表彰する「Forbes Japan 30 UNDER 30」に選出されました。ご自身の中で、選ばれた理由は何だと思いますか?
選ばれたと知ったときは本当に驚きました。評価していただいたのは、実際に海外で事業を展開している点だと思います。スポーツや芸術などいろいろな領域で日本人が活躍し始めてはいますが、スタートアップの世界では日本人の存在感が薄く、とても悔しく感じています。日本人の中からスーパースターが1人生まれれば状況は一気に変わり、当たり前のようにグローバルに挑戦する日本人起業家も増えると思っているので、そのようになりたいという思いで日々挑んでいます。

2023年8月、Forbes授賞式での写真
――これからの目標や、世界で活躍したいと思っている人にメッセージをお願いします。
はじめは日本のユーザー向けに作っていたアプリ「artics」を完全に米国版にシフトしています。「artics」のビジョンは「大きな価値観の転換」なので、グローバル基準で市場構造を変えないと意味がないと思い、拠点を米国に移しました。世界中の優秀な人たちが集まっているシリコンバレーという場所で20代のうちにもまれることは、 自分の大きな成長につながると思ったんです。
「最もよく人を幸せにした人が最も幸せになる」という家訓があって、小さい頃からどうやったらより良い世界になるのかずっと考えてきました。自分の中でそれを具現化したのが今回のアプリなんです。世界中から化け物が集まってきているシリコンバレーでどう勝ち上がっていくか、カルチャーや経験の壁だったり、いろいろな課題に今ぶつかっています。それでもこの地で圧倒的な結果を残し、パッションを持つ人が生き生きと輝ける仕組みをつくることで、より多くの人の幸せに貢献したいです。
「グローバルに活躍したい」「世界に挑戦したい」と思えることはとても貴重なことだと思います。今私たちが便利で豊かな暮らしができるのは、明治維新の時代や戦後の経済発展期に海外で挑戦し、学んできてくれた先人たちのおかげです。次は私たちの世代が、今の世界が求めているであろう日本特有の感性を持って、世界規模で挑戦をする義務や使命があると思います。ですから、ためらわずに一緒に挑戦してほしいです。

音楽祭としてスタートし、2007年にTwitterがSXSWウェブアワードの大賞を受賞して以降、「テクノロジーの祭典」「スタートアップの祭典」として注目を集めるようになったサウス・バイ・サウスウエスト(通称SXSW)。2024年のSXSWで「artics」を出展し、メイン会場でポスターを持つ1枚。開催初日に「artics」のポスターが目立っていたので公式カメラマンに声をかけられ撮ってもらったそう。(左から)「artics」COOの佐藤さん、中辻さん
第868回
取材・文:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
教育学部 3年 渡辺 詩乃
【プロフィール】
東京都出身。St.Mary’s International School卒業。日本画家の家系で生まれ、裏千家で茶人として修行した経験を持つ。米国にも茶道具を持っていき、友人とお茶会を開くこともある。小学生の頃からクラシックのボーカルをやっている。好きな音楽は70年代から90年代の英国のロック。
中辻さんのX : @aratanakatsuji_
articsのWebサイト : https://articsapp.com/en/