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「平和をどう守る?」教えて! 山田教授(前編)

社会問題ってなんだか敷居が高い…そう思う早大生も多いかもしれません。「教えて! わせだ論客」では、社会が抱える特定の問題に着目し、4人の教員からそれをひもとくヒントを教えてもらいます。

2023年度のテーマは「平和をどう守る?」。ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ問題などで世界情勢が不安定になる中で、あらためて平和とは何かを考えます。ラストを飾る4人目のゲストは、フィールドワークを主軸に平和構築論や国際協力論を研究している山田満教授(社会科学総合学術院)です。前編では先生が考える平和とは何か、そして平和を守るために必要な視点についてお話いただきました。

山田先生、平和ってどのように守れるのですか?

戦争のない状態=平和とは限りません。貧困や飢餓、差別などの“目に見えない暴力”にも意識を向け、人々の日常生活を守ることを最優先に考える視点や考え方を持つべきでしょう。

 

戦争のない状態=平和とは限らない。構造的暴力のない「積極的平和」を目指して

まず、先生の研究内容について教えてください。

国際協力や平和構築を専門に、論文執筆だけでなく、フィールドワークを通じて諸外国の人々とリアルな接点を持つことを重視した研究を行ってきました。現地の町の人々から大学生、JICAやNGOのスタッフ、大使館の外交官、時には国家のリーダーまで、さまざまな人と会い話を聞いています。授業やゼミでもフィールドワークに力を入れています。

社会問題を現地で目の当たりにすれば、その問題への理解度は大きく変わってきます。百聞は一見にしかずというように、現場を見ることでしか得られない情報や気付きは少なくありません

例えば児童労働の問題について「あのレンガ造りの家で、10歳ぐらいの子が学校に行かずに親の仕事の手伝いをしてたな」「でも子どもたちの表情は生き生きとしていたな」という気付きがあれば、社会問題を考えるにあたって自分の中に新たな視点が芽生えるわけです。こうしたことが平和構築を考える上で重要だと思っています。

そもそも「平和」とはどんな状態を指すのでしょうか?

平和と聞くと、戦争のない状態をイメージする人が多いかもしれません。しかし、戦争のない状態=平和かといえば、そうではありません。

インドの平和研究者スガタ・ダスグプタは、平和の反対は「戦争がある状態」ではなく、「ピースレスネス(平和ならざる状態)」であると提唱しました。

それまで平和研究では、戦争を防ぐための研究に集中していました。しかし、インドなどの東洋諸国は、戦争がないからといって平和とはいえない状況にあると指摘したのです。「平和ならざる状態」、つまり貧困や飢餓、差別も含めて平和研究の課題であるというのが、ダスグプタの主張でした。

これに影響を受けたとされているのが、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルトゥングです。ガルトゥングは「平和=戦争のない状態」と捉えるのは「消極的平和」に過ぎないと言います。そして、社会構造の中に組み込まれているさまざまな課題を含む「構造的暴力」や「文化的暴力」のない状態が「積極的平和」であると提唱しました。

「積極的平和」の実現のためには、戦争のような直接的な暴力だけでなく、社会構造の中にある貧困や飢餓、差別といった“見えない暴力”にも意識を向けなければいけません。その意味でも、平和の根源はさまざまな形の「暴力」に脅かされずに、日常生活を送られることだといえるでしょう。

写真左:2006年、東ティモール騒乱後の避難民キャンプ
写真右:2007年、東ティモール国民議会選挙。子どもを抱いて投票する女性

まずは安心して日常生活を送れる環境を整えることが「平和」への第一歩ということですね。

そうですね。逆にいえば、人々の日常生活が保障されているのであれば、たとえ自由民主主義と異なる政治体制でも、他国が介入しない方がいいケースもあると考えられます。

もちろん、独裁的な政治体制の国で起きている諸問題に対しては声を上げなければなりません。しかし、だからといって自由主義的な規範を押し付ければ、その国の政治社会を混乱させ、文化的な資源を破壊してしまうことにもなりかねません。

そこで求められるのは、その国の価値観を尊重しつつ、現地社会と自由民主主義的価値観との折衷的な平和構築を目指していくこと。独裁や権威主義か自由民主主義かという二項対立ではなく、是々非々で捉えていくことが求められます。

写真左:2009年、紛争中のアフガニスタンでの大統領選挙の様子
写真右:2015年、ミャンマー連邦共和国の総選挙で投票を待っている有権者の列

誰にとっての平和なのか、平和の重心を見つめ直す

「平和をどう守るか」という問いに、先生はどうお答えになりますか?

平和を守るためのアプローチとして一般的にまず考えられるのは、各国が国際社会における「正義」を重視して戦争や紛争解決に取り組むことです。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻は国際法の違反であると非難し、ロシアに制裁を加える。対するウクライナには、経済的援助や武器供与といった軍事支援を行うなどです。

こうした国際社会の対応を否定するつもりはありません。しかし同時に、徹底的な軍事・経済制裁の背景で、何の罪もない一般市民の命が奪われ続けている現状を忘れてはいけません。繰り返しになりますが、国際社会が優先すべきは、人々の命と日常生活を守ることです。正義の追求だけでなく、即時停戦と日常生活の保障に向けて現実的な方法を模索していく視点が、平和構築には欠かせません。

昨今の国際情勢では、誰にとっての平和を実現するのかという、平和の重心が揺らいでいることに危惧の念を抱いています。平和実現の動機は、自国の利益・不利益ではなく、罪なき人々のためでなければなりません。その人々の顔が浮かぶような「積極的平和」を目指し、いかに日常生活を守るかを考えていく必要があるでしょう。

インタビュー後編(11月29日公開)では、国際社会を生き抜く早大生へのメッセージをお届けします。乞うご期待!

山田 満(やまだ・みつる)

社会科学総合学術院教授。博士(政治学)。専門分野は、国際協力、平和構築、国際関係、東南アジア政治。選挙監視活動(国際NGO、内閣府国際協力本部、外務省派遣)、JICA技術協力専門家、ODA評価主任などにも従事。著書に『平和構築のトリロジー:民主化・発展・平和を再考する』(明石書店、2021)、『「非伝統的安全保障」によるアジアの平和構築-共通の危機・脅威に向けた国際協力は可能か-』(明石書店、2021)など。

取材・文:市川 茜(2017年文化構想学部卒)
撮影:布川 航太
画像デザイン:内田 涼

▼後編はこちら!

「平和をどう守る?」教えて! 山田教授(後編)

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