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原子力発電の未来における研究者の宿命とは

社会の変化にしなやかに応える、新しい原子力の姿を見せるために

国内でも数少ない原子力専攻を持つ早稲田大学。研究を進める理工学術院・山路哲史准教授は、「社会の原子力に対する不安や不満が募る中で、改めて自分の研究目的を考えることもあります。夢ばかり語っても、悲観的な意見だけ示していてもいけない。今私がすべきことは、社会の変化に応じてしなやかに変革できる原子力の新しい姿を見せることです」と語る。東日本大震災から10年、原子力研究はどのような岐路に立っているのだろうか。

Profile
山路哲史
理工学術院准教授
1978年神奈川県生まれ。2001年東京大学工学部卒業。2006年東京大学大学院工学系研究科修了。日本原子力研究開発機構(JAEA)研究員、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)Nuclear Scientistなどを経て、2014年早稲田大学理工学術院専任講師、2017年早稲田大学理工学術院准教授。

設計の想定を超えた福島第一原発事故

東日本大震災発生の最中、福島第一原子力発電所は停電によって原子炉の冷却が不全となり、炉心の溶融(メルトダウン)が発生。そして水素爆発が起こり、放射性物質が飛散した。以後日本では、原子力発電の安全性が問われるようになり、原子力政策と原発再稼働は、今日も社会的に議論されている。こうした中、原子力の信頼を取り戻すために研究を進めているのが、原子炉物理学を専門とする山路准教授だ。
※写真左:2017年の福島第一原子力発電所一号機(提供:共同通信社)

「福島第一原発事故は、設計の想定を超える事故でした。この状況で巨大プラントでは何が起きていたのか? 詳細がわかれば廃炉の実現に貢献し、今後の事故対応も改善できると考えています」

原子炉という研究領域は、各分野の専⾨家が協力しなければ推進できない総合理工学である。しかし日本には原子炉システムを専門とする研究者は極めて少ない。原子力の専攻を設ける大学も減り、研究の道を志す学生も減少した。早稲田大学は、東京都市⼤学と共同で原子力専攻を運営し、幅広い領域の研究者を集めながら原子力研究を進めている。山路准教授は、同専攻で主任を務める。

「私自身、原⼦⼒において国内唯⼀の総合的研究開発機関である⽇本原⼦⼒研究開発機構(JAEA)や、経済協力開発機構(OECD)の原子力機関(NEA)で勤務した経歴があり、国内外の多くの専門家と連携することができます。研究室では、米国原子力規制委員会の支援も受けて福島第一原発の1〜3号機の詳細なシミュレーションモデルを作成したり、国内民間企業と事故時の対応の改善策を考えたりしています」
※写真上:2012年2月 福島第一原子力発電所3号機・4号機(提供:共同通信社)

未踏の領域をシミュレーションする挑戦

福島第一原子力発電所の廃炉における最大の課題は、核燃料を含む「燃料デブリ」という堆積物の取り出しだ。燃料デブリは、核燃料が溶け落ちて冷え固まる過程で形成され、複雑な性状で堆積していると考えられている。しかし、仮に炉心全てが溶け落ちたとしても燃料デブリの高さは1m以下になるはずだが、現実には福島第一原発3号機には2〜3mの堆積物がある。これは人類が初めて直面する状況で、従来の知見では説明できなかったが、山路准教授は「粒子法」という最新のシミュレーション手法によって解析を進めている。

「シミュレーションには必ず予測誤差が生まれますが、その誤差は過去の経験によって低減されています。天気予報が当たるのはその好例です。しかし、福島の事故は人類史上初です。これまでの原子力の安全研究の経験では足りません。過去の経験が無くても予測誤差を可能な限り低減したシミュレーションが必要です」

東日本大震災以後に変化した原子力発電のニーズ

山路准教授が取り組むもう一つの研究領域が、将来性のある新たな原子炉の開発だ。21世紀になり、燃料の効率的利用や核廃棄物の最小化を目指す「第四世代原子炉」の研究が世界的に進んできた。ブッシュ政権時代のアメリカが原子力推進を行うなど、国際社会では原子力ルネッサンスと呼ばれる潮流が生まれる。日本も高速増殖炉「もんじゅ」の次の実証炉を、国をあげて開発した。こうした時代の最中に起こったのが、東日本大震災であった。

「2011年以後、事故研究の再活性化や、事故耐性を向上した燃料の開発が、世界的に進むようになりました。また、電力自由化の時代に突入し、原子力の経済的優位性にも変化が生まれています」

原子力発電は本来、長期間安定して発電することで、他の電源よりも低コストで供給できるようになるのが特長だ。換言すれば、計画されてから稼働するまでには20年ほどかかり、その後長期間安定的に利用されつづけなければ、投資費用を回収できないということでもある。しかし、津波やテロによる航空機衝突、それらに伴う炉心メルトダウンなどの従来の設計の想定を超えた事故など、あらゆる事象を想定することが求められるようになり、設計・建設コストが増大。日々の株価や株主の声が電力会社の経営に及ぼす影響が過去に比べて圧倒的に大きくなり、大きな投資に伴うリスクを、電力会社が許容できない時代になってきたと山路准教授はいう。

「研究領域では、シミュレーションモデルなどが発達していますが、原子炉の設計は時代の変化に追いついていません。新しい時代に対応する原子炉を開発しなければ、原子力発電が抱える課題を解決できない。その可能性を示すのが、私の役割だと考えています」

目指すのは小型かつシンプルな原子炉

山路准教授が目指す新しい原子炉には、二つの重要な機能がある。一つ目は柔軟性だ。

「東日本大震災に代表されるような想定外の事態は、今後も起こる可能性はあります。プルトニウム保有量に制限がかかるような、核燃料サイクルをめぐる情勢が変化することもあるでしょう。しかし、その都度廃炉を迫られるリスクがある炉を開発していては、リスクが大き過ぎます。プルトニウムの増殖・消費量をコントロールできるなど、設計段階では想定できないような事態や社会ニーズに応じて、稼働後も方法を変えながら運用しつづけられる原子炉システムが、求められているのではないでしょうか」

もう一つが、万が一事故が起きても復旧しやすい性質だ。事故が起きた福島の原子炉は巨大で複雑な構造のものであった。これを極力小型でシンプルな構造にすることで、原子炉を取り換えながら持続的に発電することができるようになるという。シンプル化において鍵を握るのは、水冷却システムの発展だ

「原子炉の中で起こる核分裂の構造は全て同じですが、それを冷却する方法にはバリエーションがあり、水を使用することが最もシンプルな方法です。軽水炉は今よりもずっとシンプルにできます。岡芳明先生(元早稲田大学理工学術院特任教授)が考案した水冷却炉システム『SCWR』の研究を進められれば、かなり簡素な構造の原子炉ができるでしょう。もちろん事故が起こらないように開発を進めるのが前提ですが、復旧のあり方を提言できる技術力も求められているのです」

原子力を正しく恐れ一人一人が選択する

原子力発電の是非が問われる中で、新たな発電方法も普及している。未来に向けて原子力発電を研究することに、どのような意義があるのだろうか。

「そもそも、人間には将来にわたって絶対に事故を起こさない工学システムを開発することは不可能ではないでしょうか。だからこそ、これまで原子力は限りなく『絶対安全』に近づく『究極安全』を目指してきました。しかし、近年の社会変化はそれだけでは不十分であることを示しています。一方で、資源の少ない日本における、エネルギー維持の課題は深刻です。島国であるため、EUのような電力の輸出入もできません。さらに今後は、地球環境配慮の視点がますます重要になっていくでしょう。どのようにエネルギーを作り出していくかは、社会全体が考えるべきこと。私たち研究者の仕事は、その際の選択肢をできる限り広げていくことです。客観的事実に基づき、専門知識を総動員しながら、真に社会と共存する原子力を開発する。そのことが、人類の未来を開くのだと考えています」

山路准教授は、未来社会を担う世代が、原子力に対する理解を深めることも重要だと語る。原子力政策は、国によって判断が進む部分も大きい。私たち国民が盲目的にならないために必要なのは、「原子力を“正しく恐れる“」こと。原発や放射能に対する正確な知識を身につけ、偏った情報に左右されずに、自身の考えを持つ能力だ。

「『必要/不要』の単純な二元論では、原子力に対する答えは出ないと思います。多様な意見を集めながら、常に議論を重ねていくことが重要です。大学は教育機関として、多角的な視点と正しい知識を若者に伝え、日本の将来像を自らが考えられる人材を育てる役割を果たさなければなりません。早稲田大学は、人文・社会科学と自然科学の意見・知見を融合できる総合大学。教育でも研究でも、新たな時代のニーズに応えるポテンシャルがあると信じています」