• Top
  • research
  • 福島第一原子力発電所(1F)という負の遺産を21世紀の原爆ドームに変える
Article

福島第一原子力発電所(1F)という負の遺産を21世紀の原爆ドームに変える

原子力災害の被災地・福島で、新たなコミュニティを形成するために

環境経済学や環境政策論を専門とする国際学術院・松岡俊二教授は、福島浜通り地域の復興を、地元の人々と協働で進めている。「目指しているのは、世界に提示できる普遍的な災害復興モデルです。最大の課題である福島第一原子力発電所(1F)の廃炉をどう捉えるか。私たちは未来世代から試されています」。松岡教授の取り組みは、30年後、50年後、100年後の福島をどのように変えるのか。現地で生まれた構想を聞かせてもらった。
※写真上 上空からみた福島第一原子力発電所(1F)(2019年11月5日)提供:東京電力ホールディングス株式会社

Profile
松岡俊二
国際学術院教授
1957年兵庫県生まれ。1988年京都大学大学院学修認定退学。博士(学術)。広島大学総合科学部講師、広島大学大学院国際協力研究科教授を経て、2007年より早稲田大学国際学術院教授。編著『社会イノベーションと地域の持続性』(有斐閣、2018年)。

研究者としての前提がくつがえされた福島原発事故という体験

東日本大震災が起きた2011年3月11日、松岡教授はスリランカで廃棄物行政の調査を行っていた。BBC国際放送のテレビを通じて見た仙台平野を進む巨大津波を、「SF映画のような衝撃を受けた」と振り返る。

「東北の震災だと知った時はただならぬ焦燥感に迫られましたが、翌日の福島第一原発事故は、環境経済・政策学の研究者としてのこれまでの学者人生を、根底からくつがえすものでした。自分は、何かとんでもない勘違いをしていたのではないか……? そう感じたんです」
※写真左:スリランカ中央州におけるゴミ問題に関する住民対話会合(2013年9月5日)

以来、松岡教授は、社会科学の研究者・教育者として、「“専門知”をどのように社会に還元していくか」を模索し始める。2011年5月に設置された早稲田大学の連携研究プロジェクト「東日本大震災復興研究拠点」では、福島の原子力災害について学際研究を推進。同プロジェクトを継承し、2014年5月に設置された「早稲田大学レジリエンス研究所」では所長を務め、原子力安全規制と福島復興、都市環境イノベーションの研究を指揮してきた。

「外部から受けたストレスに対する抵抗力を指す『レジリエンス』は、災害復興の基本概念ですが、『回復力』と『適応力』に分けて考えなければなりません。住民の避難・移住によって、社会が元に戻れなくなる原子力災害は、『回復力』よりも『適応力』の方が重要です。地球規模で考えても、今後人類社会は気候変動や感染症などの多くの災害リスクに直面するでしょう。福島から普遍的な災害復興モデルを世界に提示するために、元に戻すではない、新たな形でのコミュニティ再建が必要だと考えました」

松岡教授は、現場でのコミュニティづくりに、軸足を置くことを選んだ。
※写真右:スリランカ中央州におけるゴミ問題に関する住民対話会合(2013年9月17日)

住民との議論で進める福島の復興計画

2017年5月、早稲田大学は福島県広野町に「ふくしま広野未来創造リサーチセンター」を設置。原発事故の直接的な被害が及んだ福島県浜通り地域の復興拠点として、持続可能な未来社会を地域の人々と考える取り組みを進めてきた。松岡教授は同組織のセンター長に就任。現地での活動を進めている。

「『論文や調査だけでなく、もっと形になることを福島へ返してほしい』という声を受けたのがきっかけで、地元の住民、国や自治体、東京電力など、あらゆる関係者が議論をして復興を考える活動をスタートさせました。時には感情や意見が衝突することもありますが、だからこそ大学が果たすべき安全で自由な議論の場づくりという『触媒』としての責務は大きいと考えています。現在は、現地の中高生も交え、世代・地域・分野を超えた150名ほどの多様な人々が集まる『ふくしま学(楽)会』も半年に1回行っており、復興に向けた具体的な構想も生まれています」
※写真左:福島県楢葉町における第5回ふくしま学(楽)会(2020年1月26日)

”フクシマモデル”の鍵となる復興と廃炉の両立

16万人を上回る住民が避難し、現在も3万6000人の避難者がいる福島の復興は、宮城・岩手の復興と性質が異なる。家族・地域コミュニティの形自体が変貌してしまったからだ。「30年、50年、100年という長期的な視野が必要」と語る松岡教授は、ふくしま広野未来創造リサーチセンターで、2050年に向けたコミュニティ形成に挑んでいる。現在構想されている「ふくしま浜通り社会イノベーション・イニシアティブ(SI構想)」には、三つの柱があるという。

「一つ目は、事故を起こした福島第一原子力発電所の、事故遺産・記憶遺産としての活用。二つ目は、地域アートの展開による、新たな魅力・価値の創造。三つ目は、原発事故の教訓を踏まえた、国際的な学術・芸術の知の拠点の創設です」

松岡教授が特に注力しているのが、「復興と廃炉の両立」だ。福島第一原子力発電所では廃炉作業が進んでいるが、単に解体するのではなく、「遺産として未来世代へいかに残していけるか」が課題だという。

「1F廃炉に終止符が打たれなければ、福島の復興は実現しません。終止符を打つというのは、負の遺産である事故を起こした原子炉を、未来世代への教訓に変えることだと考えています。原発を観光資源として活用する『ダークツーリズム』が流行しましたが、私たちが考えているのは、もっと人類社会全体に役立つような遺産です。広島の原爆ドームは、戦争の悲劇を次世代に伝え続けています。21世紀は『災害の世紀』だといわれますが、原爆ドームのように、福島原発事故の教訓も未来に継承しなければなりません」

かつて広島大学に勤務していた松岡教授は、原爆ドームと平和記念公園という遺産に、日常の中で触れていた。その価値を改めて実感したのは、オバマ元大統領が現地を訪れた2016年だったという。松岡教授は、同年の8月6日、早稲田大学の留学生20名とともに平和記念式典に参加した。
※写真右:留学生と出席した平成28年広島平和記念式典(2016年8月6日)

「70年以上前の悲劇が式典によって伝えられている。平和公園は日々、地元の人々がボランティアで清掃をして守り続けている。残された資料に若い世代や外国人留学生が触れ、平和を学んでいる。こうしたことに、深い意義を感じたんです。地震と津波により、三つの原子炉が連鎖的に事故を起こすという福島の経験は、人類にとって初めてのものでした。日本人だけでなく、世界全体が学ばなければなりません。もし事故を起こした原子炉が無くなってしまったら、後世の人々は、何から学べばいいのでしょうか」

1F廃炉はさまざまな意見が衝突する問題であり、松岡教授の構想は容易いものではない。しかし、立場の異なる人々が、意見をぶつけ、情報を交換することで、新たな知恵が生まれていく。その知恵によって社会イノベーションが起こる。もしイノベーションが起こらなければ、「復興も廃炉も、どちらも実現できず、共倒れする」と松岡教授は予測する。

次世代育成に必要なことは科学と芸術による想像力

ふくしま浜通り社会イノベーション・イニシアティブ」の柱の一つである、国際的な学術・芸術の知の拠点の構想も進んでいる。学術(Sciences)と芸術(Arts)を結び、新たな文化を創出することで、災害に強く、持続可能な地域を形成していくという構想だ。そのプロジェクトの一つとして、早稲田大学を含む複数の大学が集まり、国・復興庁の進めている国際教育研究拠点構想と国際的な学術・芸術の知の拠点構想との統合を進めている。松岡教授が人材育成のモデルとしているのは、500年前に芸術と科学の双方で偉大な功績を残した、レオナルド・ダ・ヴィンチだ。

「原発事故は、20世紀の科学万能主義の結末でもあります。研究者も、原子炉にいる技術者も、専門とする領域のことだけを考えていたために、複合災害と地域社会への影響を想像できなかった。そうした意味で、大学の責任も大きいのです。これから私たちは、人間と自然、技術と社会など、多角的な視点で問題に立ち向かうべき時代を迎えます。文化芸術が与えてくれる巨視的な視点、感受性は、次世代にとって不可欠なのです」
※写真左:福島県広野町

提供:東京電力ホールディングス株式会社

提供:東京電力ホールディングス株式会社