早稲田大学は2025年11月6日、創立150周年記念事業の一環として、「日本被団協 ノーベル平和賞受賞 記念講演会」を開催。日本原水爆被害者団体協議会(以下、「日本被団協」)の田中聰司氏(1967年第一政治経済学部卒業)と濱住治郎氏(1969年第一政治経済学部/1971年教育学部卒業)、元・赤十字国際委員会(ICRC)ユース代表の高垣慶太氏(2025年社会科学部卒業)によるパネルディスカッション「ノーベル平和賞受賞、その先へ ヒバクシャとつなぐ世界人類への未来」を開催しました。
本記事では、パネルディスカッションの内容をお届けいたします。
※各登壇者の発言は、抜粋や要約によるものです
世代を越えて受け継がれた、平和への思い
大隈記念講堂で行われた「日本被団協 ノーベル平和賞受賞 記念講演会」では、前半部にて田中氏と濱住氏による基調講演を実施。ノーベル平和賞受賞に至る日本被団協の軌跡、早稲田大学卒業生の尽力、核兵器や戦争のない人類社会に貢献するためのビジョンなどが、多くの来場者に伝えられました。
同イベントの後半部では、「ノーベル平和賞受賞、その先へ ヒバクシャとつなぐ世界人類への未来」と題したパネルディスカッションが行われました。日本被団協の両氏と、若手校友(卒業生)である高垣慶太氏が、朝日新聞社 戦略部次長の藤えりか氏(社会科学研究科 博士後期課程在学)の進行のもと、未来へのビジョンを語り合いました。
広島出身の高垣氏は、早稲田大学に在学中、赤十字国際委員会(ICRC)ユース代表として、第1~3回の核兵器禁止条約の締約国会議に派遣されています。高校時代は新聞部に所属して被爆者を取材するなど、さまざまな活動をする中で、田中氏と濱住氏にも出会いました。

左から田中氏(1967年第一政治経済学部卒業)、高垣氏(2025年社会科学部卒業)
高垣氏「早稲田大学の社会科学部では国際関係論を専攻し、堀芳枝先生の平和学研究ゼミでは構造的暴力などの平和学について、核兵器を中心に研究しました。学外では赤十字国際委員会のユース代表という役割も与えていただき、国連で一年半に一度のペースで開催の核兵器禁止条約の締約国会議で、核兵器被害者への支援に関する提言を行ってきました。日本被団協の田中さん、濱住さんにも、今日までお世話になってきました」
濱住氏「高垣さんとの出会いは、コロナ禍におけるオンラインイベントでした。『幼い頃に広島の原爆資料館を訪れ、被爆を再現した蝋人形がトラウマになったことから、原爆のことを考えられない時期があった』と話されていたのを覚えています。高垣さんは被爆者を取材する運動にも携わってきましたが、現在もさまざまなことに挑む行動力や熱情は、過去の経験がエネルギーになっているのではないでしょうか?」
高垣氏「被爆者の方々に出会い、自分たちが抱えなければならない問題に触れたことは、大きかったです。お二人の勧めで、日本被団協の創設に尽力し、早稲田大学の卒業生でもある故・藤居平一さんの本も読みました。皆さんとの出会いを通じ、戦争による苦しみがまだ終わっていないこと、被爆者の方々と出会えない世代のためにすべきことを、より深く考えるようになりました」
田中氏「核実験などの被害者は、海外にも存在します。そうした方々と連携し、“世界被団協”を形成して、核兵器禁止条約を普及させていくように、運動の力を高めていくことも重要です。国際的に活動する高垣さんのように、若い人たちが中心になって課題に取り組んでいくことは、非常に頼もしいと感じます」
核抑止の問題に対し、人類はどのように向き合うべきか
藤氏「世界中の被爆者とつながる“世界被団協構想”は、昨年のノーベル平和賞受賞を受け、加速するように思われる一方で、障壁も多いと感じます。濱住さんは、核保有国に対し、何を訴えていきたいと感じますか」
濱住氏「ノーベル平和賞が日本被団協に贈られた背景には、現代世界で起こっている紛争に対し、80年前の悲劇を思い起こしてほしいというメッセージも込められていたと捉えています。しかし核保有国、その同盟国の多くは、核兵器禁止条約に批准していません。理由となっているのは『核抑止のために、核保有は必要である』という考えですが、それは私たち被爆者にとっては、絶対に許せない論理です。その思いを、どのように伝え、広げていくかは、私たちが直面する課題でもあります」

濱住氏(1969年第一政治経済学部/1971年教育学部卒業)
藤氏「核をめぐる国際情勢においては、本日来場した学生からもさまざまな意見が寄せられています。『核抑止論は真の安全ではないと考えるようになりました。しかし、核兵器という大きな問題に対し、自分の無力感も強く抱いています』『核保有は許されないと思ってはいるものの、国連が機能せず、自分の国は自分で守ることが当然となった現状を見ると、核保有は避けられない気もする。われわれはどのような態度を世界に示すべきなのか』といった声を、近い世代である高垣氏は、どのように考えますか」
高垣氏「事実をベースに、さまざまな角度から見つめることも大切かもしれません。例えば、『核被害』というと日本人に限定してイメージされがちですが、ヒロシマ・ナガサキでは、朝鮮半島出身者が約3万人被爆死しており、捕虜の米国人、東南アジアや中国の出身者も被害死しています。また、核開発・核実験の被害者は世界中に存在しており、米国ではナバホ族など先住民族が、ウラン鉱山での労働によって多くの被害に遭いました。より身近な視点でいうと、核実験で放出される放射性物質は、海洋や雨水を通じ、遠く離れた地域にも食物の汚染などの影響をもたらします。経済面では、最近『核武装が最も安上がり』という発言が話題になりましたが、2024年に核保有国9カ国が核に関連する年間支出に費やした金額は、約14兆5000億円。1秒に換算すると約46万円です。別の用途に回して救われる命があることも想像すると、核抑止が本当に人々を守っているのか、見え方が変わってくるのではないでしょうか」
田中氏「核兵器により安全が保たれるという理論のもと、過去に核拡散防止条約が締結され、5つの核兵器保有国以外は、核保有をしない方針が決められました。しかし現実として核保有国は増加しており、『核兵器を持たなければ安全ではない』という抑止論が蔓延しました。それでは仮に、世界の約200カ国すべてが、核兵器を持ったらどうなるのか。最悪の未来も想像すべきでしょう。本来は、核兵器禁止条約に核保有国が参画し、着実に削減していくことで、はじめて“拡散防止”が可能になるのです。皆さんには、核抑止という虚構の理論に惑わされず、学習や研究を行っていただきたいと思います」
語り継がれる記憶を礎に、行動に移していくために
藤氏「記念講演会の翌年にあたる2026年には、核兵器禁止条約の再検討会議が開催されるなど、国際社会は転換点を迎えます。核の脅威のない未来に向け、人類はどのように歩むべきでしょうか」

モデレーターを務めた藤氏(朝日新聞社 戦略部次長、大学院社会科学研究科博士後期課程在学)
田中氏「核保有が進む現代の状況は、私たち運動家や政治家のみならず、多くの人々が共有すべき課題です。例えば、核を開発した科学の世界では、自然科学者や社会科学者が叡智を結集し、核をなくす方向を模索していくべきでしょう。私たち市民も訴えるだけでは不十分であり、『どのようにすれば、核をなくせるか』を、一人一人が考えなければなりません。忙しい中で考える時間を確保するのは難しいことです。しかし、考える人間になることは出発点でもあります。若い方々にも、方法を考え、行動に移してほしいのです」
濱住氏「まず私たちは、核兵器禁止条約に日本が署名・批准するよう、政府への働きかけを強化します。そして禁止条約の先には、“廃絶条約”があると考えています。未来を見据え、一歩一歩進んでいかなければなりません。被爆者がこれまで積み上げた遺産は、誰が引き継ぐのか。それは、すべての人間です。その一人一人が、核兵器や原爆について考えることが、何よりも大切だと考えています」
高垣氏「日本にいる私たち若い世代は、幸いにも戦争や原爆の被害を直接受けずに生きている人が大半である一方、被害に対する想像力が行き届かなくなりがちです。特に机の上の勉強だけだと、抑止論の必要性を、漠然とイメージしてしまうこともあるでしょう。そんな時こそ、実相を知る人々の声に触れることを、大切にすべきではないでしょうか。広島の平和記念公園や、東京夢の島にある第五福竜丸展示館などにもぜひ訪れていただきたいです。ぜひ皆で、いろいろな議論をしていきましょう」

講演後の記念撮影:左から、井上常任理事、松居GCCセンター長、藤氏、高垣氏、田中総長、田中氏、濱住氏、須賀副総長、齋藤副総長、松本常任理事









