Alumni's Voices


各界で活躍する卒業生たちが語る早稲田での青春の日々と、未来へのエールを綴るインタビュー。

福岡ソフトバンクホークス球団統括本部付アドバイザー

和田 毅 氏

2003年人間科学部卒
福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団後、投手として日米通算165勝を挙げ、MLBや国際大会でも活躍。現役引退後は、球団統括本部付アドバイザーとして野球界に携わる傍ら、野球解説やYouTube発信を通じて野球界発展に貢献している。

2032年に創立150周年を迎える早稲田大学。今回、この150周年記念事業のアンバサダーとしてメッセージを寄せてくださったのは、福岡ソフトバンクホークスのエースとして、長年活躍された和田毅さんです。新人王獲得や、最多勝、MVP、ベストナイン、MLBへの挑戦など、現役時代に数々の実績を積み重ねてきた和田さん。「早慶戦で投げることが目標だった」と語る和田さんに早稲田での学びや野球部での思い出について伺いました。

エンジ色に彩られた人生

──早稲田大学150周年事業がスタートしました。卒業生としてどのような想いでしょうか?

150年という長い時間の中で、歴代の大先輩たちが卒業されてきましたが、自分も一卒業生としてその歴史に刻まれているという事実を、あらためて感慨深く捉えています。そして、自分がこのような形で参加させていただくことも非常にうれしく思います。

早稲田大学はこれから先、さらに時を重ねて175年、200年という節目を迎えていくことになりますが、その歩みを担っていくのは今の現役生やこれから入学してくる皆さんです。大学が重ねてきた年月と歴史の重みをしっかりと心に刻みながら、早稲田大学の名に恥じない人間として成長していってもらえたらと思います。

──プロ野球選手として活躍していた頃にも、早稲田大学野球部で活動していた4年間を思い出すことはありましたか?

大学時代は僕にとって、まさに人生が変わった4年間でした。当時の野球部の野村徹監督をはじめ、トレーナーの方々、同期、そして先輩や後輩など、実に多くの出会いがあり、多大な影響を受けました。プロ入りしてからも、野球部でつながった先輩、後輩たちとの交流は続き、常に自分にとって大切な財産だと感じていました。

僕が早稲田大学の野球部に入部した頃を思い返すと、日本全国のさまざまな地域から、多様なバックグラウンドを持つ仲間たちが集まっていたと感じます。そうした仲間たちと出会えたことでいろいろな考え方や価値観に触れ、自分も多様な考えを身につけて成長することができたと思います。

今でも早稲田大学の野球部に対する思い入れは強く、高校野球を見ていても「この選手、早稲田に入ればいいな」といったことをつい考えてしまいますね。

──現在、野球部以外の早稲田大学の動向に関心はありますか?

はい、とても強い関心があります。早稲田大学に関係するイベントは1年を通して数多くありますし、野球に限らずラグビーや駅伝などで「早稲田」という名前を見ると興味が湧きます。

街中で偶然、燕脂(えんじ)色を目にした時も、高揚する感覚を覚えてしまうほど(笑)。「この人、早稲田が好きなのかな?」と勝手に想像を膨らませてしまうなんて、完全に僕は早稲田大学のファンですね。

プロ入り決断に至った大きな転機

──早稲田大学を志望した理由はどのようなものだったのでしょうか?

中学3年生の頃から、大学に進学するのであれば関東、特に東京方面に行きたいと考えていました。東京六大学や東都リーグの加盟大学は、神宮球場を本拠地として試合を行っています。高校野球では甲子園が、大学野球では神宮球場が「聖地」であり、神宮球場で試合をするチームの一員として野球がしたいとずっと思っていました。
また、父が日本体育大学の野球部出身で、幼い頃から早慶戦の話をよく聞いていました。「自分も早稲田に行きたかった」という父の言葉や、「早慶戦の雰囲気は他の試合と全然違う」というエピソードが強く印象に残っています。

──人間科学部ではどのような学びがありましたか?

卒論でも取り組んだ「動作解析」をはじめ、スポーツ医学やスポーツ生理学といった授業を履修しました。授業を通じて、筋肉や骨の構造などスポーツに関わるさまざまな知識を学ぶことができ、それまでは意識していなかった身体とスポーツの関係について強い興味も芽生えました。

「肘が痛くなるのはなぜか」「筋肉はどのようについているのか」といった疑問に対して体系的に向き合うことができ、そこで得た知識と経験はプロ選手となってからも大いに役立ちましたね。今、あらためて思い返してみても「自分にとって最高の科目が揃っている学部だった」と感じます。

──歴史もあり、日本を代表する名門として名高い野球部への入部後、どのような心境でしたか?

入学してまず驚いたのは、みんな、体格がとてもよかったことです。僕自身はそれほど体が大きくなかったので、「本当にとんでもないところに来てしまった」と感じました。

入学直後の春は、早稲田が8連勝で完全優勝を決めたシーズンでした。先輩方の投げるボールは速く、打撃も力強い。想像していた以上のレベルの高さに圧倒されつつも、「自分はこの環境の中で、4年間のうち一度でもいいからマウンドに立ちたい。早慶戦のマウンドに立ちたい」と目標を掲げるようになりました。

同時に、「本当にできるのだろうか」という不安も強く感じていました。ブルペンに入っても、周りの投手はみんな140キロ前後の速球を投げています。当時の自分は130キロ出るか出ないかという状態。希望より不安が大きかったですね。

──そのような心境から、プロ入りの意思を固める大きな転機となった出来事は何だったのでしょうか?

技術面での一番大きな転機になったのは、同じ学年で野球部に所属していたトレーナーとの投球フォームの見直しでした。自分の中に、このままでは周囲のレベルに追いつけない、という焦りがずっとあり、投球フォームを根本から見直すことにしたのです。もしフォーム改造で怪我をしてしまったら、それは自分の野球人生のポテンシャルがそこまでだったと受け入れよう、と覚悟を決めていたほど、自分にとっては大きな決断でした。

そのトレーナーは、ある時、「140キロは出せる体なのに、今のままではもったいない」と声をかけてくれたのです。当初は半信半疑でしたが、「お前なら出せる」と言ってくれて、勇気が出ましたね。

実際に、彼に教えてもらったことを取り入れて投げてみると、ボールの走りが一気に変わり、自分でも驚くほどスピードが上がりました。1カ月半くらいの短い期間で、球速が約10キロも上がることになったのです。

それまでは「自分のフォームはこうだ」と決めつけ、人のアドバイスによって考え方を変えることはほとんどありませんでしたが、この出会いをきっかけに、自分の中の常識が大きく変わりました。2年生春のリーグ戦からは、先発としてマウンドを任せてもらえるようになり、冬を迎える頃には「よし、本気でプロを目指そう」と気持ちが固まったのです。

張り詰めた緊張の中で迎えた、憧れの早慶戦

──今、あらためて野球部で学んだことは何だったと感じますか?

本当にたくさんあってどれを挙げるか迷うのですが、まずは「チームとして戦う」という意識を強く持つようになったことです。ひとつのチームとして戦う以上、お互いにダメなものはダメと、きちんと言える人間でなければいけないと学びました。また、その関係性を構築できなければ良いチームにならないということも実感しました。

もうひとつは、物事に対してみんなで一生懸命取り組む姿勢です。何かを成し遂げるときには、全員で同じ方向を向いて力を注ぐことが大切だと実感しました。そうした一体感が生まれたのも、チームの風通しが良く、メンバー全員が良い雰囲気をつくろうという意識を持っていたからだと思います。

そう考えると、レギュラーではなかった同期の選手たちの思いや振る舞いには、感謝しかありません。

──「早慶戦で投げる」という大きな目標が、初めて現実になった時のことについて聞かせてください。

早稲田大学の野球部に入部した瞬間から「早稲田は慶應に負けてはいけない」という共通認識のもとで育ってきました。そんな中で、初めて早慶戦のマウンドに立ったのは、1年生の秋。延長戦となった12回裏、同点の場面で最後のイニングを任されたのです。その試合は4年生にとって最後の大会、最後の早慶戦でもありました。とてつもない緊張感の中でマウンドに上がったことを今でもよく覚えています。

正直、1年生の自分に出番が回ってくるとは思っていなかったので、急に登板することになり、一気に緊張が押し寄せてきました。

「もしここで打たれて負けてしまったら、4年生の先輩方の最後の試合を自分が台無しにしてしまうかもしれない」と考えると、そのプレッシャーは相当なものでした。

実際、ノーアウト二塁というピンチを招いてしまったのです。そこから先のことは、ほとんど記憶がありません(笑)。恐怖に近い緊張の中で、とにかく必死に投げていたと思います。

結果としては、無失点で切り抜けることができましたが、記憶が飛ぶほどの極限状態で抑えたのは、後にも先にもあの一度きり。それが僕にとって初めての早慶戦でした。

──最後に、早稲田大学や在学生、未来の早稲田生に向けてメッセージをお願いします。

早稲田大学にはこれまで以上に世界的に知られる大学になってほしいと願っています。これからますます国際化が進んでいく中で、海外でも「早稲田大学で学びました」と言えば、「おお、すごいね」と認められるような大学であってほしいですね。

在校生や「早稲田に入りたい」と思ってくれている皆さんに対しても、「ぜひ世界に出ていってほしい」と伝えたい。早稲田大学に入学してからも、さまざまなことに挑戦して、自分の可能性を広げていってほしいです。一人ひとりの挑戦によって早稲田大学の名が世界に広まってくれたら、校友(卒業生)としてこれほどうれしいことはありません。

NEW

早稲田大学創立150周年特設ウェブサイト 新着記事

早稲田大学
創立150周年記念
事業募金への
寄付のお願い

次の時代を切り拓くための挑戦を続けるために──。皆さまからのご支援や期待が、進化を力強く後押しします。ぜひともお力添えいただき、ともに未来を築いていただけますようお願い申し上げます。