早稲田大学政治経済学術院教授を務めた田中愛治氏が2018年11月5日、第17代総長に就任しました。
早稲田大学は今後どう変わっていくべきか、展望を聞きました。
必要になるのは、全関係者の〝覚悟〟。
総長として積極的に取り組みたい「Waseda Vision 150」の具体化
総長として、まず取り組むべき大きな仕事は、早稲田大学を「世界でかがやく大学」にしていくことです。そのためには、鎌田薫前総長の下で策定された「Waseda Vision 150(※)」を「NEXT STAGE」へと昇華させ、具体化を進めなければなりません。ただし、「Waseda Vision 150」では、研究・教育から組織運営まで、幅広い分野におけるこれからの早稲田大学の在り方を取り上げているので、取り組みが総花的にならないようにプライオリティーを明確にし、実効を上げる工夫が求められます。具体的には研究、教育、社会貢献の順に取り組みを進めたいと考えています。
研究のレベルや教育の質をこれまで以上に高めるには、何といっても、より優れた人材を登用することが必要です。そこで、若手の研究者を、特に海外から積極的に招聘(しょうへい)したいと考えています。大学の教員は人材を育てることも仕事の一つですから、自分を超える研究者の登用に躊躇(ちゅうちょ)することがあってはなりません。私自身も日頃から、修士や博士課程で学ぶ学生諸君に「私を超えろ」と言い続けています。
教育の面では、カリキュラムの体系化を図ることが重要です。内容が重複しないように似通った科目を整理したり、科目を履修する順番を決めたりすることで、学生がより効果的に学ぶことができる体系を構築します。それによって教員の負担も軽減できるはずです。
WAVOC(平山郁夫記念ボランティアセンター)の登録者が9,000人を超えているように、早稲田大学の学生はボランティアや社会貢献への意識が高く、独自の文化として根付いています。その文化をさらに広め、学生の「人間的力量」を高める後押しをすることが必要です。
そして、研究・教育・社会貢献それぞれの取り組みをより効果的に進めるためには、国内外への広報活動と、予算の裏付けが欠かせません。研究や教育の成果などを英語だけでなく、中国語などでも海外に発信することによって、さらに優秀な研究者や学生を招くことにもつながります。また、予算については、海外からの寄付やファンドを募ることも検討する必要があるでしょう。
※ 2012年度に早稲田大学が掲げた中長期計画
世界でかがやくWASEDAを目指して求められる「覚悟」と「思い」の共有
「Waseda Vision 150」の具体化に当たって心掛けたいのは、私たち教職員をはじめ、学生の保証人や校友までも含めた関係者全員が、「世界でかがやく大学」になるという「覚悟」を決め、その「思い」を共有することです。ハーバード大学のある教授によると、教授たちは普段バラバラの方向を向いていて、学長の演説といえども、あまり関心を示さないそうです。しかし、世界の優れた研究者をリクルートすること、優れた学生を選抜することには、一転して全員が時間とエネルギーを惜しまないそうです。ハーバード大学が世界を代表する大学であるのは、このような共通認識を関係者がしっかりと持ち続けているからにほかなりません。
もう一つ例を紹介しましょう。アメリカの大学が世界をリードする存在になったのは、1930年代に、当時はかなわなかったヨーロッパの有力大学に追い付くという覚悟を、アメリカの有力大学が決めたからです。アメリカでは、今では私たちも使っているシラバスや、大学院を出た若手研究者を雇用するテニュアトラック制度を導入したり、学生による授業評価制度を取り入れたりするなど、さまざまな新しい試みを行い、体系的な大学教育を進めた結果、70年代になってようやくヨーロッパに追い付くことができました。
早稲田大学を「世界でかがやく大学」に導くのは、関係する皆さんの覚悟であり、継続的な取り組みと努力です。より良い大学にするための方向性を私が示していきますので、ぜひ皆さんにご協力いただきたいです。
「たくましい知性」と「しなやかな感性」身に付けてほしい二つのこと
「世界でかがやく大学」に向かう中で、学生諸君には、「たくましい知性」と「しなやかな感性」を身に付けてほしいと考えています。大学入試の問題には必ず答えがありますが、世の中の問題は答えがあるとは限りませんし、そもそも何が問題なのか分からない問題すらあります。そうした難しい問題に立ち向かうことができるのが、「たくましい知性」です。問題の解決に向けて自分なりの答を仮説として立て、考察して検証する。課題を見つけて、また考える。そのような姿勢を身に付けてほしいと考えています。
また、大学入試のためには効率的な学習が重視されましたが、大学では、時には無駄な勉強をすることも必要です。その無駄が、いつかは無駄でなくなる時が来ることを忘れてはなりません。
「しなやかな感性」とは、ダイバーシティー、多様性を認めることといってもいいでしょう。早稲田大学では、性別、国籍、宗教や信条などに関係なく、誰もが平等に教え学んでいます。異なる価値観を持った教職員や学生たちと交わる中で、多様性を考え、認めて受け入れてほしいと思います。
さまざまな国籍の学生が学び、英語での授業も増えていますが、英語で学ぶだけでは、早稲田大学で学ぶ意味はありません。日本語と英語、日本人の学生と外国籍の学生が交流することによって、早稲田大学らしさが生まれ、真の国際化も図ることができるはずです。
そして学生諸君には、可能であれば、一度は海外に出掛けて、外から日本を見ることをすすめます。卒業後は国内で働くにしても、この情報化社会にあってはグローバルな視点が必要であり、グローバルな視点を獲得するには外から日本を知ることが重要だからです。
早稲田大学には、社会の役に立つために必要な知識・技能を、しっかりと身に付けたいという学生が少なくありません。そうした学生が学びやすい環境を、私たちは今後も整備していきます。
『早稲田学報』(2018年12月号)より
取材・文=牧浦豊
撮影=小泉賢一郎(2000年政治経済学部卒)