とっておきの話 

茶房早稲田文庫のはなし―第225回―

商学学術院教授 藤田 誠


 近頃はだいぶ少なくなったが、以前は早稲田界隈には多くの喫茶店があった。そのなかでも独特の存在感を誇ったのが『茶房早稲田文庫』である。早稲田キャンパス南門を出た路地に面してあったその店は、古い日本家屋を改築したもので、床は石敷き、中央には囲炉裏があり、裏手に回ると小さな竹林のある庭と和室があった。筆者が学部生だった1980年代前半でさえ、この店に入ると一瞬、異空間に足を踏み入れたような感覚を覚えた。

 携帯電話もメールもmixiもなかった当時は、喫茶店がサークルのたまり場であり連絡拠点であった。筆者の所属していたサークルもここをたまり場にしていたが、井伏鱒二、五木寛之らの稲門文士もこの店の常連だったそうだ。

 私のサークル仲間には、注文もせずに時間つぶしや連絡係として席を占拠する者もいたため、よくマスターに「お前ら注文しろ。」としかられていた。こうした我々の「意図せざる営業妨害」も影響してか、惜しくも早稲田文庫は1984年に閉店してしまった。

 その翌年、閉店時に早稲田文庫のマスターであった本学卒業生の日下さんが、吉祥寺に『茶房武蔵野文庫』を開店した。早稲田文庫の雰囲気を再現した内外装で、今も早稲田の卒業生や現役生が数多く足を運んでいる。喫茶店とは、単に飲食をする場所ではなく、読書したり友人と談話したりしながら人間を熟成する空間でもある。個性的な喫茶店で過ごす時間は良いものである。




 

 

 カレーも人気メニューの『茶房武蔵野文庫』は、武蔵野市吉祥寺本町2-13-4、東急百貨店の裏手にあります!

早稲田の懐かしい味を堪能したい方は足を運んでみては。


 
1212号 2010年4月15日号掲載