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大隈重信とメロン、盆栽


 大隈重信は晩年メロンの栽培に凝り、大正9年ごろ自邸でメロンの品評会を開いている。大隈は、当時は貴重品で王侯貴族以外にあまり目にすることのなかったメロンを、スイカのように普及させ、一般庶民の食卓にも上らせたいと考えた。費用を惜しまずにいくつもの種を交配させて、ついには「ワセダ」という新しい品種を作り出したという。

大隈の温室1
大隈の温室2
大隈の温室3
大隈の温室4
▲ 大隈の温室
盆栽置場
盆栽置場

 大隈はまた盆栽も好み、少しでも葉の色が悪くなっているのを見つけると、すぐに植木屋を呼んで注意し、色が鮮やかなのを見ると植木屋の心遣いを誉めたという。

  また大隈邸に伏見宮殿下を迎えて盆栽をご覧に入れた際は、殿下が“芽生え”から育てられた楓の盆栽をいただいて大いに喜んだという話も伝わっている。伏見宮家からは、大隈が病に臥した大正10年の秋にも、名物“錦性の松”の盆栽が届けられている。最晩年になって重い病の床についてからも大隈は、文明協会に関係のある一校友から贈られた台湾の胡蝶蘭を大層喜び、「いつ頃咲くだろう」と周囲の者に尋ねるのが日課であったという。皮肉なことにこの蘭が清らかな白い花を初めて咲かせたのは、大隈が薨去(こうきょ)したその朝であったという。


参考文献:『大隈侯八十五年史』、『大隈侯座談日記』
写真提供:早稲田大学大学史資料センター


(2004年6月17日掲載)

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First drafted 2004 June 17.