特派員・現場レポート

 オール早稲田文化週間2003 現場レポート
つつじ能を鑑賞して〜大隈講堂が大隈能楽堂になった日〜


虫の音に耳を傾ける座頭(盲人)。演者は野村万作師

平家の行く末を悲観して自ら命を断った清経が、妻の夢枕に現れる

大隈講堂が「大隈能楽堂」に
理工学部3年      金城 均

 五月二十日、大隈講堂で「早稲田の杜 つつじ能」が催された。昨年度は大隈庭園で催されたのだが、今年は大隈講堂での能ということで、果たしていかなるものかワクワクしながら大隈講堂に向かった。当日はあいにくの豪雨であったが非常に多くの人が開演前から列を作り、関心の高さがうかがい知れた。

 さて中に入るとそこはもう能楽堂であった。私は二階席から鑑賞したが、真上には大隈講堂の天井がそびえ、眼下には普段のステージと能舞台とが違和感なく融合している有様が独特な雰囲気を醸し出していた。

 演目は、狂言が「月見座頭」、能が「清経」である。「月見座頭」は設定が秋の夜に月見をしながら虫の音を聞くという場面であったが、見ていると本当に自分が月見をしており、そしてどこからか虫の音が聞こえてくるような気がするから不思議なものである。狂言を楽しみながら同時に風情も楽しむことができるのはありがたいことである。そして「清経」では、清経と妻の互いの愛情、やりきれない思いがひしひしと伝わってきた。最後の修羅道での刀を抜いての立ち回りは迫力満点であり、これがまたたまらないのである。

 能は、観る者を日々の喧騒から解き放ち、独自の幽玄な世界へと誘うものであり、また、同じ演目であっても、異なる能楽堂、そして異なる位置から鑑賞すると、観る者はまた違った新鮮味を感じると思う。今回私が大隈講堂で観た能は、ゴシック様式の建造物と能舞台とが調和し醸し出す独特の能であり、講堂内に響き渡る演者の謡と囃子の音色は心に深く残った。まさしく「大隈能楽堂」ともいうべき素晴らしい場所で、このような素晴らしい能楽を堪能できて本当に良かった。今後も大隈庭園や大隈講堂でこのような催しに接する機会が増えることを願うばかりである。

(2003年6月5日掲載)