政治経済学部教授 高橋世織
政治経済学部教授
高橋世織
(たかはし・せおり)
早稲田大学政治経済学部卒業、大学院文学研究科博士課程満期退学。文学部助手、北海道大学助教授を経て1993年から現職。文学研究科日本語日本文化専攻の研究指導教授も兼任。専門領域は、映像文化論、モダニズム研究、日本文化論。著書に『感覚のモダン』(せりか書房)などがある。
 column

映画の中の〈食〉風景

政治経済学部教授 高橋世織

チャールズ・チャップリン監督 「黄金狂時代」1925年
チャールズ・チャップリン監督 「黄金狂時代」1925年
成瀬巳喜男監督「めし」1951年
成瀬巳喜男監督「めし」1951年

 映画はリュミエール兄弟によって1895年に誕生した。彼らの最初の映画の中に既に「赤ん坊の食事」風景があった。自分たち夫婦とその子どもを撮った、今でいうホームビデオに当たるものだ。リュミエール社が派遣した2人のフランス人映画技師は、早くも翌年に来日。日本紹介のフィルムを何本も撮影していった(1900年のパリ万博に使うためだったとも言われている)。その中にも日本人の食事風景が記録されている。

 映画は出発時から演出(やらせ)を伴っていた。まだ映画1本が40秒余りのフィルムでしかなかったこともあって、およそ日本人が一遍に口にしないような、食べっぷりが、食べ物の取り合わせが、しかも日の当たっている縁側で披露されている。当時は電灯もないような薄暗い室内で御膳で食事をとったのだから、間違った〈食〉風景、食文化が海外に伝わったことになる(フィルムの感度が低く、明るいデイライトの下でないと撮影不可能なためにそうなったのだが)。

 映画王チャップリンもほとんど飲んだり食べたりのシーンで、映画を作っている。飢餓状況の末に革靴をナイフとフォークで食べる「黄金狂時代」(1925年)。〈食事〉という最も人間的な文化行為が、効率優先思想によって機械化され、コーン摂食マシーンが考案される「モダンタイムズ」(1936年)など、〈食〉という根源的な文化や行為を介して文明批判や風刺を繰り広げた。

 ビールやお酒、コーヒーなどを飲む名場面は挙げていったら切りがないが、タバコの喫煙風習も映画が世界の人々に教えてしまったものだと言われている。スモークは光や翳りを操作調節でき、効果(エフェクト)白黒映画には欠かせない小道具のため、スターたちは頻繁に紫煙を燻(くゆ)らせた。観衆もスター気取りで煙草を吹かし、ブームが形成されていった。映画の功罪の1つである。

 飲食をすれば人は元気になり、肥満体にもなればときには毒で死ぬこともある。〈変身〉や〈身体毀損〉も映画の大事な主題であったので、必然的に映画史は、飲んだり食べたりの食事シーンがボキャブラリーとして増大し、進化・蓄積されていった(「デリカテッセン」など)。松田優作主演の、横長1列に並んで食べる食卓テーブルが象徴的な森田芳光監督「家族ゲーム」、タイトル自体が〈食〉を表象する小津安二郎監督「お茶漬の味」や「秋刀魚の味」、林芙美子原作・成瀬巳喜男監督で原節子演じる「めし」など、家族のかたちや関係が食卓風景に雄弁に語られていた。

(2004年7月7日掲載)




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First drafted 2004 July 7.