佐藤琢磨さん
佐藤琢磨
(さとう・たくま)
1977年東京都生まれ。高校時代に自転車競技と出会い、高校3年時、担任の教師と自転車部を設立。インターハイ優勝に輝く。96年本学人間科学部入学後、レーシングドライバーの道を志し、98年中退。SRS-Fのスカラシップを獲得後、単身渡英。2001年イギリスF3で年間12勝を挙げ、日本人初海外F3チャンピオンになると同時に、アイルトン・セナの持つ年間最多勝利記録と並ぶ。02年DHL JORDAN HONDAからF1参戦。03年LUCKY STRIKE B.A.R HONDAのリザーブドライバーを務め、10月に鈴鹿で行われた世界選手権日本グランプリからレギュラードライバーに昇格した。
 痛快! 校友インタビュー

F1ドライバー(B.A.R HONDA)
佐藤 琢磨さん

世界16カ国を1年かけて転戦していくF1グランプリは、人とマシンが限界に挑むモータースポーツの大舞台だ。 そこでは最新の自動車テクノロジーが惜しみなく使われ、時速300kmにも及ぶ未知のスピードの戦いが繰り広げられている。 知力・体力・精神力。そのすべてをかけたモータースポーツの魅力をF1レースドライバーの佐藤琢磨さんに語っていただいた。

自分を信じて、ベストを尽くせば、必ず結果が付いてくる。
そんなスポーツの潔いところが好きですね。

―今回の『新鐘』はスポーツがテーマですので、佐藤さんが活躍されているモータースポーツの世界についてお話をうかがっていきたいと思います。モータースポーツと言えば自動車やオートバイといったモーターを使ったレースですが、「モーター」という他の動力源を使うのにどうしてそれが「スポーツ」と言われるのか、よく理解できない読者も多いことと思います。まずは、モータースポーツのスポーツ性について教えてください。

 そうですね、スポーツ性についての誤解があるとすれば、それはたぶん、ドライバーが実際に何をしているのか分からない、というところから始まるんだと思います。例えば、ものすごいスピードでカーブを曲がっているところを見ても、ドライバーにどれだけの負荷がかかっているかというのは、外からでは想像しづらいですからね。ヘルメットを被っているから表情も見えないし(笑)。今のF1は、走行中に4Gから5Gというとてつもない重力加速度が発生します。例えば60kmの体重であれば、300kmにも及ぶ力が、頭のてっぺんからつま先までを襲います。他のスポーツ選手同様に、強靱な心臓と筋力がなければ、体中に十分な血液が流れなくなってしまうでしょう。1レースを終えると、2〜3km分の汗を失うこともあります。その中で1000分の1秒を争い、約90分間のレースに集中力を持続させなければならないわけですから、精神的にも肉体的にも非常に過酷なものなんです。

 ですから、レーシングドライバーにとって、日々のトレーニングはとても重要です。レース中は心拍数も急上昇するため、心肺機能も強くなければなりません。スタート前はシートに座っているだけでも、緊張感で心拍数は180近くまで上がるし、走り始めるとストレートでは落ち着きますが、コーナーに入るとまた180ぐらいに跳ね上がります。また、肩と首の筋肉の鍛錬も欠かせません。レーシングシートは、完全に自分の体にそった形状なので、身体は完全に固定されます。しかし、首を固定するわけにはいかず、しかもヘルメットを被っているので、かなりの重さになります。そんな状況で横Gがかかったり、縦Gがかかったりするわけですから、首にものすごい負担がかかるんです。

―佐藤さんはモータースポーツの中でもF1の世界に入っているわけですが、そういったトップクラスのアスリートになるためには、もちろんご自身の努力以外にも、持って生まれた資質というものが必要だと思います。F1ドライバーに必要な資質とはどんなものなのでしょうか。

 要は自分がそのことをどれだけ好きかどうかだと思います。好きなことであれば、苦しいことでも楽しいと思えるだろうし、得意にもなるでしょう? 僕もとにかくクルマが大好きで、その熱意だけは誰にも負けないと思っていますから。

 F1ドライバーに必要な資質は、クルマを速く走らせられること(笑)。身体的なことで言えば、動体視力はかなり重要でしょうね。それから、反射神経はもちろん、見たまま、感じたまま、思い通りに手足が動くハンドコーディネーションなどの正確さ、そして、予測して動くという能力が必要です。時速300kmのスピードで走っていると、一瞬の瞬きの間にクルマはものすごい距離を進んでしまいます。例えば、コーナーがあって、そこにバンプがあったとします。バンプを越えればどうしても車の挙動が乱れてしまうという状況のときに、あらかじめ越える前からステアリングやアクセルを操作して、修正を始めていかないと間に合わなくなってしまう。目からの情報、そして自分が何周か走って得た情報をフルに活用して、あらかじめ予測しながら運転しなくてはいけません。

 あと少し技術的な話になりますが、走行中にクルマが受ける慣性モーメントを敏感に感じ取ることも必要です。自動車には3次元方向、つまりX(roll)、Y(pitch)、Z(yaw)のそれぞれの軸に回転する力がかかります。その中でもZ軸回りに回転する「ヨー」は、ドライビングにとって最も重要な要素となります。例えば、クルマが右に曲がっている時には、時計回り方向のヨーモーメントが発生していますが、これを正確に察知できなければ、クルマが滑ったときに簡単にスピンしてしまうといった具合です。クルマを限界域で安定させるためにはこの微妙な動きを感じ取る力が求められます。

―レース中はすべての感覚を研ぎ澄ませているわけですね。頭の中ではどんなことを考えているのでしょうか?

 運転するという動作に関しては一切考えません。これはすべてのスポーツに言えることだと思いますが、スポーツをしている時、基本的に心の中は無だと思うんです。フットボールでも「あそこにパスを出そう」という細かい戦略はあるでしょうが、そのアクションに対する動きを、例えばボールのどこを蹴って、足首の角度をどうして、という風にいちいち考えて行動に移すことはしないでしょう。運転も同じです。意識して考えていることはない。と言うか、クルマはものすごいスピードで進んでいるし、考えていたら間に合わないんです。自然に感じ取ったままに手足を動かし、最もクルマが速く走るように動物的に反応するだけです。ただし、レース全体の流れなどを考えることはあります。走行中もさまざまな情報を得るためにエンジニアと無線で話しますし、ピットインのタイミングなど、レース戦略を変更する場合もあります。その場合はタイヤを労ってペースコントロールしたり、リスクはあっても、究極に攻めてラップタイムを削ったりということはしますね。

―佐藤さんは、20歳の時に鈴鹿サーキット フォーミュラレーシングスクール(以下SRS―F)に入られましたが、そういったスクールなどで学ぶ理論は、レースを走る上で必要なものなのですか?

 理論は大事ですが、レーシングドライバーは教えられて速くなるわけでもないんです。僕はパフォーマンスの向上につながるものであれば、何でもやりたいという気持ちから理論的なことも学びましたが、実際にコースを走って自らが学んで得たことには何事も替えられません。

 僕がSRS―Fに入った理由は、スカラシップのシステムがあったからです。モータースポーツというのは、自分のやりたいという思いだけではどうにもなりません。道具も必要だし、金銭的なこともそうだし、たくさんの人のサポートがないとできない競技です。でも、僕にはそんな環境がなかったから、なんとかしてチャンスを掴む必要があった。SRS―Fは、そういうサポートが得られなかった人たちにもチャンスを与えてくれる、素晴らしい体制が整っていました。スカラシップを獲得すれば、後は自分次第でどんどんステップアップする道が開ける。SRS―Fは僕の出発点でもあり、あれがあったからこそ今の僕があるのだと思っています。

―それまでは自転車競技で活躍をされていて、高校時代はインターハイ優勝。大学に入ってからも全日本選手権で1位になるなど、輝かしい成績を収めてきたわけですが、自転車を捨ててモータースポーツの世界へ飛び込んで行こうと決心された時、とまどいなどはありませんでしたか?

 自転車も好きでしたが、根底には自動車をやりたいという気持ちがずっとありました。自動車をやりたいけれど、できないから、身近にあって、車輪が付いているものということで自転車に乗っていたわけです。だから、ペダルを漕ぎながらも、頭の中はいつも車を運転するイメージでしたね(笑)。

 でも、SRS―Fには当時年齢制限があって、20歳までしか入れなかった。僕がその存在を知った時には本当にラストチャンスでした。これを逃したらおそらく自力でモータースポーツの世界に入っていくことは、また年齢を考えても、F1まで到達することは難しいだろうと思っていました。とにかくSRS―Fに入って自分の可能性を見つけられれば、夢にまで見たF1の世界がグッと近付くと思ったので、自転車を辞めることにとまどいはありませんでした。

 モータースポーツの世界は、音楽の世界にある絶対音感に少しだけ似ています。早い子では、3,4歳ぐらいからゴーカートに乗ったり、ポケットバイクに乗ったりしています。世界で活躍するようなドライバーの場合、少なくともローティーンのころからレースに親しんできたというのが圧倒的に多い。僕がスクールに入った当時も、20歳は自分だけで、みんなは17歳から19歳。しかも、その年齢ですでにヨーロッパ選手権に行っていたり、全日本チャンピオンだったり、ゴーカートでは将来を約束されたようなドライバーが多かった。でも、何でもやってみなければ分からないじゃないですか。小さい時からやっていなかったからダメなんていう考えは打破したかった。だからこそ、そういう中に飛び込んでいって余計に燃えましたね。もともと負けず嫌いな性格でしたし(笑)。認められている人たちがいて、それを上回れば自分の評価も高められる。そういう意味では、良いライバルに恵まれて嬉しかったです。

―お話に出ました音楽の世界などは、年齢を重ねるごとに出る味のようなものも評価されますが、スポーツの世界では肉体的な衰えが、そのまま結果として現れてしまいます。その辺が、たとえトップアスリートと呼ばれる人たちにとっても大きな障害になりますね。

 そうですね。芸術というのはそれぞれの価値観があるから、「良い」と言ってくれる人がいれば成立します。しかし、スポーツには順位があり、勝ち負けがある以上、ある意味厳しい世界ではあります。でも、僕にしてみればそれが潔いというか、その分シンプルで分かりやすい。1番速ければそれでいい(笑)。常にベストを尽くして、1番であれば、必ず上まで行けるわけですから。

―幼い頃から英才教育を受けてきた手強いライバルたちを押し退けて、SRS―Fを主席卒業した後、21歳の時に早稲田大学を中退。F1ドライバーの登竜門と言われるイギリス・F3に参戦した佐藤さんですが、イギリス行きを決意した理由などを聞かせてください。

 1番大きな理由は、F1で勝負がしたかったからです。そのためには、ヨーロッパのシステムで認められるかたちでステップアップしていかなければ、良いチームにも所属できない。F1チームは、現在10あるうちの6割がイギリスをベースにしています。そして、第1回目のF1選手権が始まったのもイギリスであり、F1は常にイギリスを中心に回っています。それから当然、日本人の僕には言葉という大きな壁もあります。それを克服するためにも、F1に上がる前のどこかのステージで英語を学ぶ必要がありました。文化の面も含めて、すべてを吸収するためにはイギリス以外に選択肢はないと考えていました。

 F3というカテゴリーは、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス、そして日本と、一つの統一された企画とルールの中で、それぞれが国内選手権として開催しているレースです。そしてシーズン中に数回、各国屈指の競争相手が集まるF3世界統一戦も開催されます。(注:現在はイタリア、ドイツ、フランスは合併してユーロシリーズとなっている)その中でイギリスF3というのは歴史的に見ても、F1ドライバーを最も輩出した伝統のカテゴリーで、世界中からF1を目指す若いドライバーたちが集まってきます。だからF1界も当然注目するし、地理的にも1番情報が伝わりやすい。自分がF1という、モータースポーツで最高のステージを目指すのなら、やっぱり最高の環境のところへ入らないといけないと考えていました。

―ものすごいスピードで車を走らせているわけですから、ちょっとしたミスやトラブルが死につながるリスクと常に隣り合わせなのではないかと思います。にもかかわらず佐藤さんをそこまで引き付けるF1の魅力は何なのでしょうか?

 現在、F1の安全性はとても高いレベルまで到達しています。マシンはカーボンという軽くて頑丈な素材でできていて、まず軽いということで、ぶつかってもエネルギーが小さくて済みます。そして、特にコックピットの周囲は、「ドライバーシェル」と呼ばれていますが、文字通り貝のような堅さで守られているのです。昨年、コントロールを失ったクルマが200kmぐらいのスピードで真横から衝突してきたアクシデントがありましたが、信じられないことに打撲程度で済みました。世界最高のメディカルチームも常に待機していますから、今は致命的な事故になる確率は本当に低くなっているんです。そういう意味では一般道の方がずっと危険だと思いますね。

 ほんの小さな部品が壊れて、車がコントロール不能に陥る状況もあり得なくはありませんが、僕はそんな心配をすることにエネルギーは使いません。クルマを組み立てるのは、人間の仕事。だからこそ、チームを信じなくてはいけない。優秀なスタッフ、道具、そしてチームとの絶大な信頼関係を構築していかなくては、自分の力も発揮できなくなってしまうでしょう。

 モータースポーツは、表舞台に立っているドライバーに注目が集まりますが、実際には自分1人では何もできません。常にたくさんのスタッフたちに支えられているのです。今のF1は、1チームあたり700人前後で構成されていて、大きなトップチームでは1000人にも届こうかとする大所帯です。その全員が2人のドライバーのためにマシンを作り、レースで勝つために、前進し続けていく。人と人とのコミュニケーション、チームの信頼関係の上に成り立っているのがモータースポーツです。だから、そのチームと一丸となって開発を進め、最終的に良い結果が残せたときには、何物にも替え難い喜びがあるのだと思っています。

―F1はチームワークが大切ということですが、イギリスのチームに所属していれば当然、チーム内のコミュニケーションは英語が中心になると思います。佐藤さんが細かなニュアンスを他のメンバーに伝えたいときに何か苦労されたことはありますか?

 特に苦労したということはなかったですね。あちらには日本人独特の相手の気持ちを察するとか、1言って10を知るみたいな考え方はありません。逆に10言って1しか分かってくれませんから、言いたいことは思い切り言わないといけない(笑)。別に難しいことを言わなくても、気持ちがあれば伝わる。

 最初は、もちろん英語はしゃべれませんでしたが、イギリスに来た直後は毎日英語学校に通って、イギリス人家庭にホームステイしながら、徐々に親しんでいきました。たとえ英語がうまくしゃべれなくても、自分の身振り手振りを使って伝えようという気持ち、熱意さえあればなんとかなるんですね。それはもう経験して学んでいったことです。相手の方も自分が外国人であるということで、お互いに2重の意味で確認をしたい。「本当にそうだよね」という確認を必ずするようにしていますね。それが良い方向に働いて、間違いも少なくなっていきました。

―今日は短い日本滞在時間の合間を縫って、お時間をいただきありがとうございました。最後に、夢に向かって努力している早大生に、何か励ましのメッセージをお願いします。

 偉そうなことは言えませんが、好きなことをとことん続けてもらいたいですね。そして自分を信じて、どんどんチャレンジしてみる。そうすれば、きっと何か可能性を見つけられると思いますから。たとえ失敗しても、そこから新しいことが見えてくるし、そういうときこそチャンスだと思って、決してあきらめないでもらいたいですね。

(2003年12月15日掲載)




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First drafted 2003 December 15.