スポーツ科学部教授 中村 好男
スポーツ科学部教授
中村 好男
(なかむら・よしお)
1957年東京都生まれ。87年東京大学教育学研究科博士課程修了。教育学博士。早稲田大学助手、日本学術振興会特別研究員などを経て現職、早稲田大学スポーツ科学部教授。運動生理学・行動科学を基盤とした健康スポーツ振興に関する実践研究に従事するかたわら、早稲田大学スポーツビジネス研究所において、総合型地域スポーツクラブ運営モデルの構築、スポーツ産業市場モデルの構築などの研究を推進している。日本スポーツ産業学会運営委員。JOC大学スポーツプロジェクト・サブチーフ。日本ウォーキング学会事務局長。
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トップスポーツビジネス

スポーツ科学部教授 中村 好男

「トップスポーツビジネス」とは

 スポーツの世界にはさまざまなビジネスが存在する。非営利の地域スポーツクラブのマネジメントからプロスポーツ組織のマネジメント、スポーツ用品の販売促進やロイヤルティーマーケティング、スポーツ選手の収入とテレビ放映権料などなど。例えば、昨年のサッカーワールドカップで日本代表チームの青いユニフォームが競技場を埋め尽くしたが、60万枚以上売ったといわれるアディダスの収益はまさに「スポーツビジネス」の賜物である。一方、全国10会場で通訳から駐車場整理までかかわった数多くのボランティアもまた、「スポーツビジネス」の貢献者なのである。スポーツ少年団から日本代表まで、さまざまなサッカーチームのマネジメントも「スポーツビジネス」であるし、冠大会のスポンサーやテレビ・新聞などのマスコミも「スポーツビジネス」の一翼を担っているのだ。

 このようなトップスポーツの世界を取り巻くスポーツビジネスには、強化や組織・施設のマネジメントをはじめとして、マーケティング、ファイナンス、権利問題、法務問題など、さまざまな要素が複雑に絡み合う。例えば、本年3月のこと。サッカーの日本代表チームはアメリカ遠征を取り止めた。アメリカがイラクと開戦し、テロの脅威が心配されたからである。ところがこの中止は、「はいそうですか」と簡単に済む問題ではない。その影響は、キャンセルされた旅行・宿泊のみならず、合宿・試合の会場や対戦相手にも及び、(もともとは代表チーム強化のための遠征だったから)その中止は代表チーム強化計画に支障を来す。それに代わる日本国内の合宿場所の確保もまた、緊急に必要とされたマネジメント(ビジネス)の一つであった。しかも、このキャンセルにかかわる損害は誰が弁済すべきなのか。それは、事前に想定された事態ではなかっただけに、緊急かつ慎重な対応が必要とされる問題であった。1昨年9月のようにテロが現実に発生して飛行機が運行されていなければ「不可抗力」といえるものの、その「脅威」だけでは航空会社が責任を取るはずもない。

 そのようなスポーツビジネスの真髄を解き明かしたいとの思いから、日本サッカー協会GS(専務理事)の平田竹男氏にお願いをして、「トップスポーツビジネスの最前線」という講座(オープン教育センター設置科目・秋学期)を開講した。この講座では、日本のスポーツビジネスを先進的にリードする日本サッカー協会を中心として、どのようなビジネスが展開され推進されているのかということを、その最先端で活躍する方々をお招きして、先進事例や業界の動向などの具体例を通じて学んでもらっている。

トップスポーツのマネジメントモデル

図1 スポーツビジネスマネジメントのトリプルミッションモデル

図1 スポーツビジネスマネジメントのトリプルミッションモデル

図2 トリプルミッションモデルの外的循環

図2 トリプルミッションモデルの外的循環

 日本サッカー協会に限らず、トップを目指すチームや組織のマネジメントにおいては、「勝利」が第一義に目標とされる。しかしながら、「戦に勝って国が滅びる」という事態は許されないわけで、経営・運営がうまくいくこともまた、トップスポーツビジネスの目標となる。つまり、トップスポーツチームのマネジメントにおいては、「勝利」と「収益」という2つの異なる目標が存在する。例えば、いつもは低迷していたプロ野球のチームが急に優勝したとする。その結果として選手年俸が高騰したがために主力選手を手放さなくてはならなかった、というようなことが起こったとしたら、明らかにマネジメントの失敗だ。強化に対応した収益の向上が実現しなければ、「勝っても滅びる」ということが起こり得るのだ。

 ところで、日本サッカー協会のような統括組織の場合には、トップチームが勝つだけではなく、Jリーグレベルから子どもたちに至るまで選手の裾すそ野を広げること、すなわち「普及」もまた組織の目標とされる。いくらトップチームが強くなっても、そのトップチームに憧れる子どもがいなければ、次代・次々代のトップ選手を生み出す選手層の厚みが整えられていなければ、「勝っても(将来的に)滅びるかもしれない」という不安は拭えないからだ。また、単なる1つひとつのチームの成功にとどまらず、サッカー競技・スポーツ文化の幅広い普及を視野に入れるとしたら、協会自体の収益というよりもサッカー界・スポーツ界を取り巻く市場環境の促進を目指すことが求められる。つまり、日本サッカー界のマネジメントにおいては、「勝利」のみならず「普及」と「市場の活性」もまた、その理念を達成するための重要な目標となる。これが、スポーツ組織マネジメントのトリプルミッションモデルである(図1、次頁)。

トリプルミッションモデルの内部構造

 「勝つための方法論」、「スポーツ振興のための方法論」、「収益向上/市場活性化のための方法論」については、これまでにさまざまな学問領域の研究によってモデル構築=理論化が進められている。例えば、スポーツ生理学に基づくトレーニング理論やコンディショニングの方法論は、あらゆるレベルのスポーツ選手に福音をもたらしている。また、1984年のロサンゼルスオリンピック成功に代表されるスポーツ価値の顕現は、スポーツにかかわるさまざまな事象の商品化を促進するとともに、既存のマーケティング理論をスポーツ現場に適用する機運をもたらした。チケットセールスや顧客満足向上をもたらすためのプロモーション、価格設定の方法論は現場で即座に応用され、スポーツビジネスにかかわる実務家の行動指針となった。スポーツの振興・普及に関する社会理論も同様であり、各々の個別領域での理論は、「スポーツの理念」から発するさまざまな業務(図1における3方向への矢印)の推進に貢献した。

 図1のモデルの重要な点は、「勝利」、「普及」、「市場」の各々の関係性(図中の点線)に着目していることである。例えば、日本サッカー協会に関していえば、サッカーの普及によってファンが増えると、Jリーグの試合や日本代表の試合の観客や視聴者が増えて入場料・放映権収入の増加に貢献し、協会の収益が潤沢であれば万全な強化・育成ができる。また、日本代表のレベルが上がればファンも増えてサッカー人口も増加する。このような「良好な循環」を作り出せるかどうかがマネジメントの要点であるが、日本サッカー協会の場合は80年代の低迷した時代があたかも夢魔であったかのように、Jリーグの設立(1993年)からワールドカップ開催(2002年)までの10年間で飛躍的にビジネス規模が向上した。

 このようなトリプルミッションモデルは、実は単独チームにも当てはまる。例えば、鹿島アントラーズではジュニアへの普及活動としてサッカースクールを開催している。このスクールの年間収入は約6000万円であり、経費(1,3億円)の半分にしかならない赤字事業である。しかしながら、そこに集まった子どもやその家族が試合を見に来たり、後援会に入会することによって、クラブの収益向上にも貢献し、スタジアムにたくさんのファンが集まることによって選手の士気も高まる。また、入場料収入が上がれば選手人件費を高めることができ、戦力確保に貢献する。ただし、アントラーズの場合は、1試合平均2万人の観客を集めているとはいえ、その入場料収入(約8億円)だけではチーム人件費(約13億円)を賄うことができない。このトリプルミッションモデルの歯車をうまく回転させられるかどうかは経営者の手腕にかかっている。

トリプルミッションモデルの外部循環

 ところで、前述のトリプルミッションモデルには、組織マネジメントにかかわる内的循環(図1に点線で示した3角形)に加えて、外部の循環もある(図2)。例えば、サッカー日本代表の勝利は、テレビや新聞などのメディアを通じて広く報道され、サッカーの普及に貢献する。「勝利」は報道価値を高め、その報道ニーズの向上がスポーツメディアのビジネス規模を増大させる。日本代表の人気がテレビ視聴率を高めれば、そのCM収入が増大するのだ。

 また、「普及」と「市場」との関連でいえば、サッカーの普及はサッカー用品の市場規模を高めるとともに指導や施設・設備のサービス産業を振興させる。これは、ただ単に選手が着用するシューズやウェアなどに限らない。観戦者が着用するユニフォームのレプリカもまた、スポーツ用品ビジネスのプロダクトなのであり、スポーツの普及こそがスポーツ産業の活性化の原点なのである。

 さらに、スポーツ産業の「市場」が大きくなれば、「勝利」ヘ結び付くサポートビジネスが経済的に成立するようになる。アスレチックトレーナーやエージェントなどのさまざまな業務(ビジネス)は、競技レベルの低い段階ではボランティアのビジネスにとどまらざるを得ないが、トリプルミッションの歯車がうまく回転するようになれば、職業あるいは企業ビジネスとして十分に成立するようになるのである。

 トップスポーツを目指すあらゆるマネジメントは、「強化/振興普及/マーケティング」というミッションのバランスを取りながら、内部循環のマネジメントをうまく回転させることによって、外部環境に間接的に影響を及ぼし、その外的循環がうまく回ることによってさらに大きく成長するということになる。

終わりに

図3 JOCが提案した「3C型」総合型地域スポーツクラブモデル

図3 JOCが提案した「3C型」総合型地域スポーツクラブモデル

 本稿で示したトリプルミッションモデルは、ただ単に日本サッカー協会、あるいはJリーグのクラブチームだけに当てはまるものではない。例えば、日本オリンピック委員会(JOC)・大学スポーツプロジェクトでは、大学(College)―地域(Community)―企業(Company)の3つの頭文字を取った「3C型クラブ」という構想を本年3月に提案した(図3)。これは、企業と地域との連携の中で大学スポーツを活性化できるのではないかとの期待から創られたものであるが、そこで示された「大学―地域―企業」という連携は、本稿で示したトリプルミッションモデルの「勝利―普及―市場」に相当する。本学に設立したワセダクラブ(NPO法人申請中)も、JOCが理想とした3C型クラブの先例であり、その理念は、トリプルミッションのマネジメントによって達成されるものであろう。

 ところで、図1・2のモデルは、先述の講座準備の過程で平田竹男氏のアイディアを筆者が聞きまとめるという共同作業によって創出された。まだまだ未熟であり、仮説モデルの枠を超えるものではないが、各々の関係性(線と矢印)の数値モデルの構築が進めば、スポーツビジネスのマネジメントに関する壮大な理論体系の骨格理論になり得るものと考えられる。現在、早稲田大学スポーツビジネス研究所では、スポーツ産業の市場規模(分類ならびに金額推計)に関する研究、あるいは、プロスポーツビジネスの金銭循環モデルの構築に関する研究を推進しているが、このような研究成果が蓄積されることで、スポーツビジネスの科学的マネジメントが可能になると信じている。

(2003年12月15日掲載)




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First drafted 2003 December 15.