政治経済学部教授 西川潤
政治経済学部教授
西川潤
(にしかわ・じゅん)
台湾台北市生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科およびパリ大学高等学術研究院卒業。国連開発計画『人間開発報告』諮問委員、外務省ODA研究会委員、総理府男女共同参画連携会議委員等を勤める。現在、早稲田大学政治経済学部および大学院アジア大平洋研究センター教授。近年アジアの内発的発展の事例発掘に努める。『アジアの内発的発展』(藤原書店)、『仏教・開発・NGO』(新評論)等を2001年に刊行。同年、『人間のための経済学』によって、国際開発・大来賞を受賞。早稲田大学に「西川満記念奨学金」を設け、台湾先住民の子女を招き、留学生の多様化を進めることで、自らの学問をワセダの場でも実践している。
 21世紀を読み解くキーワード 経済を学問する最前線!!

開発経済学

世界経済のグローバル化に伴い、どんな開発政策が必要になるのか。

開発経済学の起こりと展開

 開発経済学(development economics)は、経済学の中でも比較的新しい分野の学問である。第2次大戦後、欧米や日本の旧植民地・従属国が独立するとともに、これらの国・地域の「発展・開発」(development)が課題となってきた。ここに開発経済学が生まれた。

 この学問が脚光を浴びるようになった1960年代以降の発展については、三つの時期に区分できる。第一は、1960〜70年代の国家主導型開発の時期であり、新興国独立とともにいわゆる近代化論と経済計画論が栄えた。アジアでは、後発国のキャッチアップ可能性を肯定する「雁行的発展論」が出てくる。

 第二の時期は、1980年代の新自由主義期であり、市場経済・民営化による開発路線が進むのに比例して、貧困・環境等への問題に関心が高まり、「人間の基本的必要」(Basic Human Needs=BHN)や「持続可能な開発」(Sustainable Development)といった新しい開発政策が生まれた。

 第三の時期は1990年代になって、世界経済のグローバル化と地域主義の流れが強まるとともに、人間開発、社会開発、文化と開発など、新たな一連の開発路線が登場した時期である。つまり、開発経済学はそれぞれの時代の動きと不可分に展開してきたのである。

資源中心から人間中心へ

 第一の時期は、南北問題という言葉が生まれた時期だが、植民地独立の波を受け、一方ではソ連、中国にならい、国家が経済計画を策定し、資源を優先的発展部門に集中することにより、先進国へのキャッチアップを急ごうとする開発政策が途上国で主流を占めた。これに対し、アメリカからは途上国近代化のためには先進国市場への統合と先進国援助が不可欠である、とする近代化論が提起された。この時期には、開発経済学も東西冷戦のコンテキストの中で発達した。

 また、第三世界ではプレビッシュやフランク、アミンらの従属論が生まれ、先進国への市場統合こそが低発展の原因だと指摘して、ウォーラースティンらの世界システム論の土台となった。また、アジアからは鶴見和子らの内発的発展論が出て、各地域はそれぞれの文化伝統に従い、地元資源を活用した独自の発展が可能であることを主張した。

 第二の時期は、戦後のケインズ経済学をベースとした国家主導型の開発路線が行き詰まり、新自由主義、民営化の大波が世界を席巻した時期である。新古典派の市場経済学が正統派の位置を占め、同時に国家経済のフレーム自体を、個人、市場経済を基礎に再構成しようとする合理的選択の理論が提起された。

 市場経済の世界的展開とともに、南北・地域格差、それに伴う貧困や環境破壊問題がクローズアップされてきたことから、この時期に国際機関の場では、衣・食・住、保健、教育等、人間の基本的必要の充足を重視すべきであるとするストリーテンらのBHN理論が出てきた。しかし、BHN論は国家の手による資源配分を政策手段としたため、市場経済化の流れの中で、国家の力が相対的に弱まるとともに、間もなく人間開発論に席を譲るようになる。

 他方、開発に伴う生態系悪化、環境破壊の問題に対応するために、開発と環境の調和を主張する「持続可能な開発」路線が国連の場で出てきた。これらの新しい開発政策、路線が、次の時代に国際開発の新しい正統派思想を形作ることになった。

 第三の時期は90年代に、80年代の市場経済化を踏まえ、東西冷戦解体をきっかけに経済グローバル化が著しく進展した時期である。一つにはBHN論の延長線上に「人間開発論」が登場し、国連の場での「人間中心型」「民衆中心型」発展政策の基礎となる。A・センの倫理経済学に発して「人間の選択能力拡大」をキーワードとする人間開発論は、民衆参加型、非政府組織(NGO)重視という開発政策の新しいトレンドを導いた。

 また、世界の多様化に対応して、多系的発展を主張し、文化要因を考慮に入れた内発的発展論と地域主義の大きな流れが出てくる。

 21世紀当初の今日、世界的に市場経済をベースとした経済グローバル化が進んでいるが、開発経済学は一方ではそのような多国籍企業主導型の市場経済化、自由化、グローバル化を推進する役割を持っている。だが他方では、開発目的を国家から人間、民衆、社会主体にシフトさせつつ、市民社会の自己発展を重視する新しい開発経済学も現れてきている。

 今日の世界と同じく、開発経済学も著しく多元化した学問として、21世紀世界を動かす歯車の1つとなっているのである。

 オススメ入門書

西川潤著
『人間のための経済学―開発と貧困を考える―』
岩波書店、2000年

(2002年1月10日掲載)




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First drafted 2002 January 10.