【2018年度・共同研究U-D】日豪犯罪処理システム比較研究会

 
  ◇研究概要
   1.研究組織
     研究会代表   石川 正興(WIPSS所長)

     研究会構成員 小西 暁和(WIPSS研究所員)
               石田 咲子(同上)
               柑本 美和(WIPSS招聘研究員)
               小長井 賀與(同上)
               宍倉 悠太(同上)
               生島 浩(同上)
               廣瀬 健二(同上)
               吉開 多一(同上)
               キャロル・ローソン(同上)
               鷲野 薫(同上)

   2.研究期間 2018年8月〜継続中

  ◇活動報告
  (1)「日豪犯罪処理システム比較研究会」の発会式の実施
   2018年11月17日(土)に、研究会代表の石川正興WIPSS所長及び研究会構成員9名(小西暁和、石田咲子、柑本美和、小長井賀與、宍倉悠太、
  生島浩、廣瀬健二、キャロル・ローソン、鷲野薫(敬称略))が集まり、「日豪犯罪処理システム比較研究会」の第1回会合を開催して発会式を行い
  ました。

  (2)オーストラリア国立大学ロースクールHeather Roberts准教授を囲んだ意見交換会の実施
   「日豪犯罪処理システム比較研究会」の一環として、2018年12月3日(月)に、来日していたオーストラリア国立大学ロースクールHeather
   Roberts准教授を囲んで、キャロル・ローソン氏とともに意見交換会を実施しました。

  (3)オーストラリアにおける矯正・保護関係機関等の聞き取り調査・意見交換
   WIPSSの以下のメンバーは、2018年8月4日(土)から11日(土)までの期間、オーストラリアの首都キャンベラを訪問し、司法機関および
  矯正・保護関係機関の担当者の方々に対して聞き取り調査を行うとともに、意見交換を実施した。
   【訪問メンバー】
    石川 正興(WIPSS所長)
    小西 暁和(WIPSS研究所員)
    石田 咲子(同上)
    柑本 美和(WIPSS招聘研究員)
    宍倉 悠太(同上)
    生島 浩(同上)
    廣瀬 健二(同上)
    鷲野 薫(同上)
    津田 雅也(静岡大学人文社会科学部准教授)
   なお、キャンベラは、立法・司法・行政上一定の自治権が認められている「オーストラリア首都特別地域(Australian Capital Territory〈ACT〉)」
  に属しているので、今回の調査対象はACTにおける司法機関および矯正・保護に関する行政機関が中心であった。

   (A)ファミリー・リレーションシップ・センター関係者との意見交換(オーストラリア国立大学にて実施)
     日時:8月6日(月)10:00−11:30
     応対者:Althea Brunskill氏(NPO「リレーションシップス・オーストラリア」キャンベラ地区離婚後部局マネージャー)
     調査事項:ファミリー・リレーションシップ・センターが行う調停等の取組みに関する現状と課題
      「ファミリー・リレーションシップ・センター」(Family Relationship Centre)(URL:https://www.relationships.org.au/what-we-do/family-relationship-centres)は、家族問題に関して情報を提供し、離婚等に関わる問題(親権・財産分与など)を抱えた家族に対して解決手段についての
     相談に当たる民間機関である。当センターの調停部門では、夫婦間で調停をすべきかどうか判断し、そのうえで裁判所に調停を求めるための
     証明書を発行することによって、家族問題に関する裁判所の加重負担の軽減に寄与している。こうしたセンターがオーストラリア全土に65か所
     設置されており、今回聞き取り調査を行ったのはそのうちの一つで、キャンベラ地区を管轄するセンターである。

   (B)ACTにおける少年裁判所の聞き取り調査・意見交換
     日時:8月6日(月)12:00−13:30
     応対者:Robert Cook氏(ACT下級裁判所裁判官)
          Lourane Walker氏(ACT下級裁判所裁判官)
     調査事項:ACTにおける少年裁判所及び下級裁判所の仕組み
      ACTには、そこが管轄する「特別裁判所としての少年裁判所(Children’s Court)」が存在する。これは日本の家庭裁判所と異なり、少年事件
     のみを扱う裁判所であり、家事事件については連邦が所管する家庭裁判所(Family Court)が扱う。
      ACTにおいては刑事法令上18歳未満が少年で、刑事責任年齢は10歳であり、したがって、少年裁判所では犯行時10歳以上18歳未満の者で、
     司法システムからダイバージョンされない者が対象となる。裁判には裁判官、検察官、弁護人が出席するほか、保護者の出頭が義務付けられ
     ている。
      なお、初犯でかつ常習の危険性が高い少年にはダイバージョン・プログラムが用意されており、ACTの少年司法システムからダイバージョン
     される。

     <ACTの少年裁判所が置かれている建物の外観>
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   (C)ACT矯正局のスルーケア・コーディネーターとの意見交換(オーストラリア国立大学にて実施)
     日時:8月7日(火)9:30−11:00
     応対者:Nicki Giannaros氏(ACT矯正局スルーケア・コーディネーター)
     調査事項:ACT矯正局が採用する「スルーケア」の取組みに関する現状と課題
      ACT矯正局が採用する「スルーケア」(Throughcare)制度とは、刑の執行に関する計画策定と継続的・統合的なケース管理の全体を指す
     活動であり、犯罪者が矯正部局と最初に接触する時点から、その犯罪者が裁判所から命じられた事項を完遂し社会に再統合される時点まで
     を一貫して取り扱う。
      ACT矯正局では、「延長スルーケア」(Extended Throughcare)のプログラムを2013年7月から実施している。「延長スルーケア」は任意
     参加のプログラムで、アレクサンダー・マコノキー・センター(成人刑務所)からの「釈放者の支援」のために社会資源をコーディネートする
     ことを通じて、「社会の安全の促進」を目的とするものである。
      「延長スルーケア」は、対象者の様々なリスクを管理しながら社会への再統合を図る一方で、終局的に再犯の減少を目的とするものであ
     るが、その実施はあくまでも本人の自発的意思による。本プログラムにおける支援は釈放3か月前から開始され、釈放後12か月間に及び、
     この間対象者は住居、健康、雇用、社会資源への斡旋、食料・衣類等の必需品という5つの柱を内容とする支援を受けることができる。ちな
     みに、昨年度の対象者は451名であった。

   (D)アレクサンダー・マコノキー・センター(成人刑務所)聞き取り調査・意見交換
     日時:8月7日(火)13:30−16:00
     応対者:Ian Robb氏(アレクサンダー・マコノキー・センター所長)
          Mark Bartlett氏(アレクサンダー・マコノキー・センター処遇部長)
     調査事項:アレクサンダー・マコノキー・センターにおける処遇の実際
      アレクサンダー・マコノキー・センター(Alexander Maconochie Centre)はACTが管轄する唯一の成人刑務所で、2009年に開設された。当
     刑務所が開設される以前は、ACTの裁判所で有罪判決を受けた受刑者は、ニューサウスウェールズ州が所管する刑務所へ委託収容されて
     いたとのことである。
      本施設の名に冠せられているアレクサンダー・マコノキーは、18世紀終わりにスコットランドで生まれた海軍将校で、当時イギリスの流刑地
     であったオーストラリアのノーフォーク島において累進制度等の改革的な処遇を導入した人物である。彼の「罰することよりも改善させること
     に主眼を置く」哲学に敬意を表し、施設名にその名を冠したとのことである。
      本施設の定員は300名であるが、訪問時の収容人員は494名であった。施設には、既決の者の他、未決の者も収容されており、また男女とも
     に区画を分けて収容されている。ACTにおける唯一の成人矯正施設のため、あらゆる種類の被収容者を処遇しなければならない(ただし、被
     収容者に精神疾患があり、必要な場合には後述のドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニットに移送される)。生活棟の約半分が1棟5床からなるコテ
     ージの形態である。作業は受刑者に奨励しているが、強制的なものではなく、本人の意思による。作業を行った場合には、1週間当たり最低
     25オーストラリア・ドルが支払われる。面会については、月・火曜日が弁護士との面会日とされており、家族とはそれ以外の曜日に週2回まで、
     1回当たり1時間の面会が可能である。
      また、「トランジショナル・リリース・センター」(Transitional Release Centre)が本施設のフェンスの外に併設されていて、釈放が近い段階
     の者が生活し、外部通勤作業を行っている。定員は15名で、最長12か月利用可能である。

     <アレクサンダー・マコノキー・センターに併設されているトランジショナル・リリース・センター>
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   (E)ビンベリ・ユース・ジャスティス・センター(少年刑務所)聞き取り調査・意見交換
     日時:8月8日(水)9:30−11:30
     応対者:Megan Valler氏(ビンベリ・ユース・ジャスティス・センター所長)
     調査事項:ビンベリ・ユース・ジャスティス・センターにおける処遇の実際
      ビンベリ・ユース・ジャスティス・センター(Bimberi Youth Justice Centre)は少年を対象とする、ACT管轄の刑務所である。収容定員は
     未決・既決合わせて40名、10歳以上21歳未満の者が収容可能である。訪問時の収容人員は8名(男子7名・女子1名)であった。
      成人刑務所のアレクサンダー・マコノキー・センターに比べると、居室の窓に格子をはめないことや、隣室の被収容者と会話できるようにする
     など、刑務所独特の閉鎖的色彩を弱め、出所後の社会環境に近づけるよう配慮されている。また、施設内にある教育棟も、オーストラリアの通常
     の学校と類似した構造になっている。
      被収容者の特徴としては、ACTの管轄区域が狭いために、@ある非行グループの構成員の大半が逮捕されると、一時的に収容人員が増加
     すること、A犯罪の世代間連鎖があり、親子二代にわたって収容される者などが見出されることなどが挙げられる。
      また、被収容者の年齢が21歳を超えた場合には、処遇の途中でビンベリ・ユース・ジャスティス・センターからアレクサンダー・マコノキー・セ
     ンターに移送しなければならず、それ故少年刑務所で行ってきた「開放的で、個別な改善処遇」の存在意義が希薄になるのではないかという
     疑問が、我々から指摘された。

     <ビンベリ・ユース・ジャスティス・センターの本部棟>
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   (F)ドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニット(精神障害者収容施設)聞き取り調査・意見交換
     日時: 8月9日(木)10:30−12:30
     応対者:Tash Lutz氏(ドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニット看護部長)
          Ahmed Mashhood氏(ACT司法精神保健臨床部長)
     調査事項:ドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニットにおける処遇の実際及びACTにおける精神医療の仕組み
      ドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニット(Dhulwa Mental Health Unit)は、ACTの「精神医療・司法医療・アルコール及び薬物局(Mental
     Health, Justice Health and Alcohol & Drug Services)」が管轄する閉鎖的な精神医療施設で、2016年に開設された。
      精神医療のニーズを持つ18歳から65歳までの成人に対して、24時間体制の治療とケアを提供し、リハビリ用と治療用の個室が計25床ある。
     常勤の精神科医や看護師、心理学者等が治療にあたり、精神医療ケアを提供するほか、社会性を身につけるための働き掛けや木工やガーデ
     ニング等の職業訓練が行われている。
      対象者は主に、@有罪判決を受け、アレクサンダー・マコノキー・センター及びビンベリ・ユース・ジャスティス・センターに収容されていたが、
     精神病が重篤なため移送された者、A心神喪失のため、裁判所から無罪を言い渡された者、Bコミュニティにおける司法精神医療のサービス
     を受けていたが、病状が悪化した者、C一般の病院の精神科病棟から移された者、である。
      これらの対象者の収容決定に当たっては、詳細な学際的精神医療のアセスメントが行われるとともに、入院基準、セキュリティの程度、精神
     医療のニーズが判断されるが、これを行うのが、ACAT(ACT Civil and Administrative Tribunal)と呼ばれる行政審査委員会である。なお、
     上記対象者のうちAについては、必ず本施設に入所するものとされる。

     <ドゥルワ・メンタル・ヘルス・ユニットの本部棟>
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   (G)ACT矯正監査官事務所の職員との意見交換(オーストラリア国立大学にて実施)
     日時: 8月9日(木)14:00−15:30
     応対者:Rebecca Minty氏(ACT矯正監査官事務所職員)
     調査事項:ACT矯正監査官事務所における取組みの現状と課題
      ACT矯正監査官(Inspector of Correctional Services)は、アレクサンダー・マコノキー・センターにおいて2009年のその開設以来生じて
     きた数多くの重大事故に鑑みて、昨年その根拠法が制定され、本年から活動を開始するに至った。
      矯正監査官は、アレクサンダー・マコノキー・センターや身柄拘束が行われる他の施設で生じる重大事故を調査することを責務とする。また、
     矯正監査官は、アレクサンダー・マコノキー・センターに関する定期的な検査と、その他の施設において被収容者に提供される矯正上の諸サー
     ビスに関する定期的な検査をも行わなければならない。さらに、収容施設で発生する事故や、施設関係者から挙げられる懸念など、様々な情報
     源から浮かび上がる施設の構造的な問題を突き止めて検討することも期待されている。その目的は、事件発生後の事後処理よりも、事件発生
     の防止に焦点を当てられている。
      矯正監査官はACTの政府からは独立しており、ACTの立法議会に対してのみ報告を行う。それ故、矯正監査官には以下の広範な権限が認め
     られている。
      @矯正施設のいかなる場所にも立入り、訪問することができること。
      A被収容者又は職員と直接会話をすることができること。
      Bすべての記録・文書を調査し、搬出し又は謄写することができること。
      C施設職員に対して、矯正監査官の聞き取りに出席し、その質問に答えるよう要求することができること。
      さらに付言すれば、オーストラリア連邦政府は2017年に国連の議定書の一種である「拷問等禁止条約選択議定書(OPCAT)」を批准しており、
     ACT矯正監査官はOPCATの下での「国内での防止メカニズム」(National Preventive Mechanisms)の一つとして機能することが期待されて
     いる。

   (H)オーストラリア家庭裁判所キャンベラ庁舎聞き取り調査・意見交換
     日時: 8月9日(木)15:45−16:30
     応対者:Shan Gill氏(オーストラリア家庭裁判所裁判官)
     調査事項:オーストラリア家庭裁判所における裁判の実際
      オーストラリア家庭裁判所は連邦裁判所の一つとして位置づけられており、日本の家庭裁判所とは異なって家事事件のみを管轄する。現在、
     当裁判所では、遠隔地にいる当事者間の紛争事件に対応するために、ビデオリンク方式による裁判を採用している。この採用により、ハーグ
     条約に基づく子どもの返還等の手続対応が可能となっているとのことである。

     <オーストラリア家庭裁判所キャンベラ庁舎が設置されている建物>
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   【追記】  WIPSS所長 石川 正興
    今回のオーストラリア調査は、キャロル・ローソン(Carol Lawson)氏の存在抜きに語ることはできない。ローソン氏は、オーストラリア国立大学
   東洋アジア文学部及び法学部を卒業し、英国国立シェフィールド大学大学院日本研究科及びニューサウスウェールズ大学大学院日本法科で修士
   号を取得した後、得意な日本語を生かし長年名古屋大学などで日本法についての研究・教育活動に従事されてこられた。この数年はオーストラリ
   ア国立大学のマーク・ノーラン(Mark Nolan)教授の指導の下で博士論文の執筆に専念していたが、その博士論文のテーマが「塀の中からの声:
   刑務所の市民監視―日本とオーストラリア首都特別地域との比較研究」ということもあり、3年前にWIPSS所長の石川が大学院法学研究科で担当
   する刑事政策の講義や論文指導の授業に出席するようになった。
    WIPSSの一部のメンバーによる今回のオーストラリアの刑事司法制度に関する調査研究の企画は、ローソン氏とのこうした学問的交流が礎になっ
   ている。我々の企画に対しローソン氏は献身的な協力を厭わず、我々が調査対象として提示した刑事司法機関とのコーディネート役をノーラン教授
   に依頼してくださった。これを受けたノーラン教授は、コーディネート役を果たしてくれたばかりでなく、諸機関訪問の際に大学のミニバスを自ら運転
   して我々を運ぶとともに、聞き取り調査の場に出席して我々の疑問を機関担当者に伝える役割も担ってくださった。こうしたローソン氏とノーラン教授
   の行き届いたご配慮に対して、この場を借りて、我々の心からの感謝の気持ちをお伝えしたい。また、今回訪問した諸機関において我々のために貴
   重な時間を割いてくださった方々に対しても、深くお礼申し上げる。さらに、ANJeL(The Australian Network for Japanese Law:オーストラリアの
   日本法ネットワーク)には今回の調査を支援していただき、その共同代表者であるHeather Roberts博士(オーストラリア国立大学法学部上級講
   師)には懇談の場でも歓待していただいたことに、心より感謝申し上げたい。Scanlon Williams氏(オーストラリア国立大学法学部生)、Veronica
   Oh氏(同大学法学部学生)、Timothy Magarry氏(同大学法科大学院学生)、そして金澤 ゆきの氏(同大学法科大学院研究助手)は、ANJeLに
   参画しており、我々の調査の際に通訳の労を取ってくださった。これら学生の皆さんには、将来「日豪両国の懸け橋」となっていただくことを祈念
   するとともに、感謝申し上げたい。
    かくして、今回の調査は多くの方々のご協力を得て、実り多いものとなった。しかし、その成果は、「日豪の犯罪処理システムに関する比較研究」
   という広範囲にわたるテーマの、ほんの一部でしかない。今回の調査が端緒となって、オーストラリア国立大学(ANU)法学部と早稲田大学社会安
   全政策研究所(WIPSS)との間で更なる研究が進展していくことを願って止まない。



以上