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環境保全につながる行動へのモチベーション ― 環境経済学可能性

福井県立大学経済学部准教授
中井美和

オーストラリアで「環境」を意識

私が環境経済学を専攻することになったルーツは、学部生時代を過ごしたオーストラリアでの経験にあると思っています。
例えば、2007年に大干ばつが起きましたが、私がいたブリスベンは水道代が安かったため、人々はあまり節水しなければならないと思わないようでした。この出来事は、私に「環境」と「価格」というものを意識させることになりました。また、オーストラリアでは当時、すでにエコツーリズムが盛んでした。「環境」と「経済」という、一見両立しないように思えるものが両立していることを知り、環境経済学という分野への関心を深め、大学院より本格的に専攻しました。

省エネ効果の高いエアコンは選択されるか?― フィリピンの事例

私が最近行った研究の1つは、フィリピンの消費者のエアコンの選び方についての調査です。東南アジアは、これからますます経済成長し、エアコンの需要が増すと考えられる地域です。私は、選択型実験という手法を用いたアンケート調査によって、どのような要因を考慮して消費者がエアコンを選ぶかを定量化することにしました。この研究は、早稲田大学理工学術院の齋藤潔教授から、RIEEM所長の有村俊秀教授にお話があり、アテネオ・デ・マニラ大学のマハ・ラバゴ教授のご協力のもと行いました。

まず、消費者がエアコンを選択する際の重要な決定要因を、家電量販店での調査や、少数のモニターによるディスカッションを通して選別し、アンケート回答者に提示する質問票(図1)を作成しました。

(図1)選択型実験の質問例

選択型実験では、各回答者に対し、図1のような質問を、票中の「本体価格」など4つの要因の情報を変えて複数回繰り返します。そうすることで、各要因が意思決定にどのように作用するかについてのデータがたまり、そのデータを用いて定量的解析を行うことができます。

フィリピンでは、店頭に並ぶエアコンに、エネルギー効率を示すラベルがつけられています(図2)。この調査では、ラベルの機能の仕方についても実験しました。ラベルの種類は現在2種類あります。1つ目はエネルギー省が出しているラベル(図2中の黄色いラベル)で、数字が大きいほどエネルギー効率が良いことを、つまり省エネ効果が高いことを示しています。2つ目はマニラ電力が出しているラベル(図2中のオレンジ色のラベル)で、エアコンを使用した時の1時間当たりの推定コストが表示されています。さらに、エネルギー省が新しく出す予定のラベルがあり、そのラベルは星の数で省エネ効果を表します。
実験では、それぞれのラベルの表す内容を4つ目の要因として入れ、消費者が省エネ効果の高いエアコンを選択することを、各ラベルがどれくらい促すかを調べました。
図1の4番目の「1時間当たりの電気料金」は、オレンジ色のラベルの情報ですが、回答者によっては、黄色のラベルや星のラベルの情報が表示されます。各ラベルにつき200人、計600人の回答者を対象に実験しました。

 

(図2) ラベルのついたエアコン

選択型実験の結果

実験の結果、省エネ効果の高いエアコンの方が購入されやすく、同じ省エネレベルの場合、星のラベルが最もよく機能し、次にオレンジ色のラベルが機能するということがわかりました。また、追加機能として、携帯電話やタブレットを用いて電力消費量の確認を行なったり、電源のオンオフが可能なスマート機能がついているエアコンも選択されやすいという結果が出ました。

この調査にはラベルを出しているエネルギー省も強い関心を示してくれ、調査結果が政策に活かされるうる有意義なものになりました。今後、調査の範囲を拡大していければと思っています。例えば、フィリピンにはマニラ、セブ、ダバオの三大都市圏があり、所得層などが少し異なりますので、他の2つの都市にも調査を広げたいと考えています。また、インドネシアの研究者から、同様の調査をしてほしいというお話をいただいています。インドネシアはフィリピンと異なり、電気代が非常に安いので、調査を展開できれば意義のあるものになるでしょう。

ESG投資の投資要因をデータで分析

RIEEMではドイツのカッセル大学と共同研究をしており、3つのプロジェクトが進行しています。私もこの共同研究のメンバーの1人です。プロジェクトの1つは、私が博士論文のテーマとしても扱った、ESG投資に関する研究です。このプロジェクトは、私とグナー・グッチェ研究員とで進めています。

ESG投資とは、従来の投資のように財務情報だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の要素も考慮して行う投資のことです。
ESG投資の前身であるSRI(社会的責任投資)の起源は、ギャンブル、アルコール、軍事などに関連する産業など、キリスト教倫理に反する活動に従事する企業を投資対象から排除する、「ネガティブ・スクリーニング」という手法だとされています。その後、環境に配慮した生産プロセスを採用していたり、人権を考慮していたりと、環境、社会的側面において優れた企業に積極的に投資しようとする、「ポジティブ・スクリーニング」が登場しました。
SRIでは、これらの手法を用いて、以前は望ましくない企業あるいは優れた企業のみを投資の際に考慮していましたが、近年では、全企業を対象として“E”、“S”、“G”の側面を考慮する点が大きく異なります。

日本におけるESG投資の市場は、これまで非常に小規模で、個人投資家による投資がほとんどでした。ところが、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、投資にESGの視点を組み入れることなどを規定した国連責任投資原則(PRI)に署名したことを期に、GPIFから委託されたファンドマネージャーによる運用が広がり、市場規模が急激に拡大しました。
しかし、研究に関しては、市場の様相の変化に反し、日本のデータを用いたESG投資の定量分析は現在に至ってもほとんど行われていません。

ESG投資拡大の要因とは?

ESG投資を増やすことは、まわりまわって、より良い環境、社会を作る手助けになります。そこで私たちは、ESG投資を拡大するための要因分析をすることにしました。個人投資家やファンドマネージャーが、どのような要因でESG投資をしたいと思うようになるかを、“E”、“S”、“G”それぞれの要素に分けて分析する予定です。その際、ファンドや株価のデータ、そしてトムソンロイターが発表している世界の主要企業のESGスコアを用いて、データ分析を行います。考察する要因の例としては、東日本大震災後や、気候変動に由来する重大な異常気象の後で、ESGへの認識や、それらを重視する機運に高まりがみられたか、投資までつながっているのかなどを考えています。

グッチェ研究員との共同研究では、日本、ドイツそれぞれのデータ分析、そして比較を行う予定です。ヨーロッパはESG投資の先駆けです。そこで、ESG投資が進んでいる国であるドイツと、追いかけている国である日本の間で、投資家のマインドにも違いがあるのかなど、比較できたらと思っています。
昨年8月にドイツに滞在した際、フランスからもESG投資の研究者を招き、ワークショップを開催しました。また、オーストラリアの研究者とのコラボレーションも開始しました。今後、ESG投資の研究が多方面に広がり、研究者同士のネットワークが構築されることを期待しています。

(図3)カッセル大学での会議の様子

取材・構成:押尾真理子