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使える!プランゲ文庫資料について

川崎賢子


 日本近代文学館に、残念なことに所蔵されていない資料について、書く。
 プランゲ文庫資料のことである。
 プランゲ文庫とは、敗戦後の被占領期にGHQ/SCAPに検閲のために提出された全国の印刷物をおさめる資料で、現物は米・メリーランド大学マッケルディン図書館に保管されている。同大学と国立国会図書館が協力してマイクロフィッシュ化をはかり、公開された雑誌関係のマイクロフィッシュはタイトル数13,787、マイクロフッシュ数63,131、推定ページ数610万にのぼるという。カストリ雑誌や、同人誌、ガリ版刷りの冊子のようなものまで含まれ、現物の大半は日本の研究機関・図書館に所蔵されていない。
 プランゲ文庫資料を使いこなすために「占領期雑誌記事情報データベース化プロジェクト委員会」(代表:山本武利・早稲田大学政治経済学部教授)は、2000年度より科学研究費補助金(研究成果公開促進費)を得て、占領期雑誌資料の目次データベース化を進め、ウェブ上で公開している。記事タイトル(本文小見出しレベルまで拾っている)・執筆者(アンケート回答などの類も拾っている)・雑誌ジャンル・発行地・発行者・雑誌名・発行年月・検閲情報などの項目で検索が可能である。
 研究の初期には、GHQ占領下の検閲の方向性を読む資料として、言論・表現の自由と抑圧といった枠組に限定して扱われることが多かった。けれども学際的な共同研究の積み重ねは、狭義の検閲研究以外にも、戦後の文学空間の実相を知るために、有益かつ必須の資料だと教えてくれる。
 質量ともに充実した資料であり、単行本未収録・全集未収録のテキストがそここに埋もれているということもあるが、それだけではない。
 データベースを活用することで、文芸誌だけではなくさまざまなジャンルの雑誌、地方誌など横断的に触れることができる。
 たとえば、データベースの記事タイトル「太宰治」で検索すると(2004年10月現在)320件ヒットがあり、そのうち太宰生前の記事は50件に満たない。1948年5月以前を指定して「斜陽」で検索すると、『新潮』連載の太宰のテキストを除けば、ヒット数14件。戦後ジャーナリズムの太宰治情死報道が、いわばメディアを通じて衝撃を広げたその死のありようが、「太宰治」を人気作家にし、そのイメージ形成に深くあずかり、「斜陽」をベストセラーにするのに大きな力をもったことがみてとれる。
 中央の文芸誌だけが太宰の死を取り上げているわけではない。むしろ文芸誌の追悼特集は文学研究者に知られているとおり、ジャーナリズムとにわかファンの騒ぎにたいして批判的だった。
 しかしながら、プランゲ文庫資料にあたってみると、職業的な文学者がかえりみることのなかったような媒体のなかに、太宰受容の興味深い手触りを伝える記事がいくつもある。文学が力をもちえた時代、そのリアリティは現代のわたくしたちから遠いものになってしまったのだけれども、プランゲ文庫は無名の文学愛好家の声を集積し、戦後の文学空間のエネルギーを伝えてもいる。
 たしかになかにはカストリ系のスキャンダル記事もあるが、相対的にはさほど多くを占めるものではない。目につくのは地方誌が多いこと。戦時中の疎開の縁などもあってか、プランゲ文庫資料には、この時期、作家と地方誌との関係が密接になっている。太宰の郷里である青森、東北地方の文芸誌はもちろん、疎開先の『文化山梨』、そのほか『九州文学』『名古屋文学』『女性エヒメ』『輿論岡山』など全国各地におよぶ。『働民』『わだち』『国鉄文化』といった職場関係の雑誌、サークル誌もある。『石川警察』など警察・教育関係の雑誌もある。『鹿火屋』『歌苑』『北日本短歌』『俳句と旅』など詩歌・短詩型ジャンルの雑誌にも追悼記事や追悼の作は多い。マス・メディアというよりは地域や職場、趣味に根差した、いまふうにいえばミニコミ誌的な手づくりの媒体のなかに、太宰の死を語りあうひとびとがいる。
 これはプランゲ文庫活用の一例にすぎないが、短い期間につぎつぎに新しい雑誌が登場した戦後の雑誌文化を概観できること、ジャンルを横断して探索できること、広く地方誌の情報を得られること、そのため文芸ジャーナリズムの言説を相対化する視角が得られることなど、プランゲ資料にはそこここに戦後文学研究の枠組を問い直す鍵がひそんでいる。
 近代文学館にはまだ所蔵されていないけれど、いつの日かかならず所蔵されるべき資料である。


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