ヨーロッパ中世・ルネサンス研究所 第十一回研究会報告


去る11月3日に早稲田大学にて当研究所の第十一回研究会が開催されました。

プログラムは以下の通りです。
それぞれのお名前は報告要旨にリンクしています。

全体のテーマ:「リヴァイヴァル―ヨーロッパ文化における再生と革新」

報告者:
伊藤 怜(早稲田大学大学院博士課程)
11・12世紀ラツィオ美術における「再生」(PDF版)

藤井明彦(早稲田大学文学学術院教授)
ドイツ初期印刷本の世界 ─ メディア史・言語史・芸術史の接点を探る(PDF版)


伊藤氏は、11世紀末トゥスカーニアのサン・ピエトロ旧司教座聖堂の壁画研究の背景として、11-12世紀のローマ文化圏、ラツィオ地方に残る聖堂壁画を紹介された。同聖堂のアプシス(1971年の地震により崩落)には、現存資料によれば、キリストを礼賛する天使が8体配されており、この点は類例が乏しいため同主題の広範な調査が必要である。そもそも、12世紀初頭のローマでの聖堂装飾研究においては、トゥベールにより初期キリスト教時代の美術の「再生(レノヴァティオ)」が論じられていた。グレゴリウス改革の一貫として美術も使徒たちの時代、初期キリスト教時代に回帰したという議論である。一方、モンテ・カッシーノに着目したキッツィンガーは、美術はむしろキリスト教の勝利の時代、コンスタンティヌス帝以降を目指したと論じ、ガンドゥルフォは古代趣味と教会改革を同一に論じることへの反論を唱えるなど、先行研究では歴史的な枠組みで美術の「再生」が論じられたが、実際の作品は多岐に渡り、これらの方法論そのものが検討されるべきである。以上を踏まえたうえで、伊藤氏は5世紀から12世紀末に渡るラツィオ地方の「天使の礼讃」図像作例を紹介された。


藤井氏は、15世紀の印刷都市アウクスブルク最初の印刷業者ギュンター・ツァイナーの工房より刊行された18点のドイツ語印刷本を、同時代の手写本と比較し詳細に分析され、書記法の集約的な傾向を発見された。報告では、印刷本において書記法の集約が生まれた背景を建築思想や木版挿絵という芸術史に求めた。例えば井上充夫はタゴベルト・フライの理論を引いて、ゴシック期からルネサンス期の建築空間の展開を論じているが、藤井氏によればゴシック期の空間の「部分継時把握」は手写本に、ルネサンス期の「全体同時把握」は活版印刷本に対応しうるものである。報告では書記法と芸術史との接点の例として、アウクスブルクで版を重ねた各印刷工房による『聖人たちの生涯(夏の部)』12点を分析された。木版挿絵に見られる「同存表現」、「正面表現」などの中世的な特徴(ウスペンスキーによる)は1480年代の版では「拡大表現」を僅かに残して姿を消し、その後は背景が加えられるなどの変化を見せた。書記法はその1480年代にやや乱れるものの、1500年前後の数年間にきわめて集約される。その後1510年代にかけて非集約的な書記体が明らかに増加する。同時期にはページ上の版面のレイアウトの崩れなども指摘され、マニエリスム的な表現の逸脱をも想起させる。時代の転換期において活版印刷本(メディア)と言語、芸術の変化の波が交差する一面を伺うことができた。




お運びくださった皆様、ありがとうございました。
盛況であり、また活発な質疑応答がなされたことも付して感謝申し上げます。
       
(文責:毛塚)

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