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聴覚障がい学生への支援を充実させるITツールを開発

畠山卓朗 人間科学学術院 教授

早稲田大学では障がい学生支援室を設け、身体に障がいのある学生に対する支援を行っている。その一例として、聴覚障がいのある学生のために支援者が教員の話を書き取るノートテイクという支援がある。畠山教授は、このサービスをより被支援者の立場になったものに充実させるため、障がい学生支援室と共同でITツールを活用したシステムを開発中だ。

支援を受ける立場でも、主体的に授業に参加させたい
畠山先生

ノートテイクとは、2名のノートテイカー(支援者)が聴覚障がい学生の両隣に座り、教員の話や学生の発言などの音声情報を交替で書き取っていく支援だ。支援される学生は、両側に座ったノートテイカーの手元をのぞき込むことで教員の話を追い、授業に参加することになる。

次々と書き込まれる文字を追い続けなくてはならない上、角度によってはノートテイカーの腕の影に隠れてノートが見づらいときもある。これらの制約があるため、支援を受ける学生はノートをのぞき込むのに必死で、教員の顔や表情を見る余裕もなく、板書やスライドなどの映像資料を使用しても目を向けられないことも多いというのが現状だ。

自身の授業でこのような姿を目にした畠山教授は、大きな違和感を抱いていたという。「書き取るノートをただひたすら見ているだけならば、極端に言えば離れたところでテレビ講義を見ているのと変わりません。もっと彼らに、その場の一体感を感じてもらいながら授業に参加させられないものかと、強く感じていました」。

障がいを持つゼミ生と協力し、支援システムの開発に挑む

漠然とそんな思いを抱えていたところ、たまたま2010年に1人の聴覚障がいのある学生が畠山教授のゼミに入ってきた。教授と2人で話をするときは、口元や表情を見たりして意思の疎通を図ることができるが、グループワークなど学生同士で議論をする際には、発言のタイミングも難しく、なかなか参加できない。いわば「お客さん状態」になってしまっている状況であった。「ゼミでは参加者が好きなことを自由に語り合ってこそお互いに高められるものなのに、それができないことをとても歯がゆく感じました」。そこで、教室の中での座る位置をはじめ、どんな方法がベストなのか、その学生とゼミ生全員で相談しながらさまざまな点について試行錯誤を重ねていった。そのひとつとして浮かび上がってきたのが、今回の支援ツールの導入だ。

さまざまな障がいを持った人の支援を行う装置やシステムの開発を専門としてきた畠山教授は、既存のツールで応用可能なものはないか、アンテナを張り巡らせていた。そんな中で目に止まったのが、プレゼンテーション中にホワイトボードなどに書いた内容をそのままデータとして保存できるシステムだ。

メーカーと協力しつつ、聴覚障がいの支援に特化したシステムの開発を開始。既存のシステムはプレゼン中などにゆっくり書くという利用を想定したものであったため、授業のノートテイクのように大量に手書きされるデータを処理するにはさまざまな問題が生じた。改良を重ね、翌2011年の4月に原形が出来上がり、初めて授業で試験的に利用してみるところまでこぎつけた。

デジタルペンで書いた情報を、被支援学生のタブレットに送信

こうして出来上がったシステムは、ノートテイカーがデジタルペンで書いた内容を、システムがセットアップされたパソコン経由で被支援学生のタブレット端末に映し出すというものだ。デジタルペンの先端に内蔵されたCCDカメラがペン先の動いた軌跡を読み取り、それをBluetooth無線技術でパソコンに送信する。パソコンでイメージ化されたデータはWiFiで学生の手元にあるタブレット端末に送られ、画面に表示される。

デジタルペンで書いた内容が被支援学生のタブレット端末に映し出される。両側をノートテイカーに挟まれた従来のノートテイクと異なり、授業への参加感が向上。
【デジタルペンで書いた内容が被支援学生のタブレット端末に映し出される。両側をノートテイカーに挟まれた従来のノートテイクと異なり、授業への参加感が向上】

データ通信はすべて無線で行われるため、支援を受ける学生はノートテイカーの隣に座る必要がなくなる。また、自分の見やすい位置や角度にタブレットを持つことができるので、ノートテイカーの腕に隠れて見えなくなることもなくなるだけでなく、教員の顔や板書なども見やすくなる。

このシステムを利用する最大のポイントは、支援を受ける被支援学生が支援者と物理的に切り離されるところにあると、畠山教授は強調する。「ノートテイカーに挟まれて座っている状況は、まるで教室内で保護者に付き添われているような空気がありました。座る位置に制限がなくなったことで、親しい友人の近くに座ることもできるし、他の学生と同じように教室にいるという一体感を感じながら授業を受けられるようになるのです」。

教室での一体感を感じて、授業参加する環境を保障する

従来、教室内での着席位置は、少しでも情報を受け取りやすくなるようにと教室の最前列であるのが一般的である。障がいを持つ学生からは「いつも最前列に座っていることが、周囲からは優等生のように見られることに抵抗もあった。本当は自分の友人の近くに一緒に座りたいとは思うけれど、わがままは言えないと思っていた」という声が聞かれたという。支援を受けている学生にしてみれば、「助けてもらっている」という負担感から、さまざまな面で主体的になりにくい状況にある。「そんな思いが、彼らをお客さん状態にしてしまう一因になっていると思います。せっかく授業に出るのならもっと主体的に参加できる環境を用意するべきではないでしょうか」。

教場での試験運用風景。右端に被支援者が位置し、タブレットで情報保障を受ける。左2名は支援者。
【教場での試験運用風景。右端に被支援者が位置し、タブレットで情報保障を受ける。左2名は支援者】

これまで、教員の話していることをなるべく正確に伝えることが教育の場における情報保障だとされてきた。「しかし、教室の中で一体感を感じながら授業を受けられるような環境を用意することこそ、本当の意味での情報保障だと私は考えています」。

開発に協力したゼミ生の名前をとって「Sakiシステム」と名付けられたこのシステムは、授業で実際に当該学生に使用してもらいながら改良を重ね、2012年の秋学期には、教授が一切関わらなくてもノートテイカーが独自に利用できる段階にまで至り、一応の完成形が出来上がっている。

タブレットを活用した軽量小型化への挑戦

さらに、2013年度からは3年間の科研費を獲得し、より小型軽量化したモデルの開発に取り組んでいる。従来のモデルではシステムを動かす本体としてパソコンを利用していたが、これを授業のたびに持ち運ぶのは重くてかさばるため、パソコンの代わりにタブレット端末を利用しようというものだ。これを実現するために、従来Windowsのソフトとして運用していたシステムを、Android用のアプリとして開発。これにより、持ち運ぶシステム用の一式セットは書類袋に入るほどのコンパクトサイズになる。

今後開発を進める、より小型軽量化を目指したタブレット型モデル
【今後開発を進める、より小型軽量化を目指したタブレット型モデル】

この小型版はまだ試用版ができた段階であり、完成に向けて今後教室での実験を重ねていくことになる。「現時点での完成度は35~40%というところでしょうか。ツールとしてはもう少し完成に近いのですが、実際に使ってみて初めて洗い出される問題もたくさんあると思うので、まだまだここからがスタートですね」。

今後の改善項目としては、手書き入力とパソコン入力の併用も検討中だ。パソコン入力は速度で勝るものの、手書きならではのニュアンスが好まれる傾向もあるため、これをミックスした形も視野に入れているという。また、記録したノートのデータをクラウドに保存する構想もある。現在は授業の終了後に書いたノートを被支援学生に渡しているが、クラウドからダウンロードできるようになれば、ひとりのノートテイカーが複数の学生を支援することが可能になるからだ。

「今回いただく科研費は、研究をして報告書を提出して終わりというものではありません。モノとして完成させて、必要としている人たちが使えるように届けるところまで、ぜひ到達したいと考えています」。

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