職業柄、「良い授業とは何か」について少なからず考える。
3月上旬のよく晴れた土曜日、40年以上にわたり教鞭を執られたK先生の最終講義が開かれた。案内にあった会場に少し早めに到着すると、定員207名の扇形の教室は既にほぼ満席だった。みんながワクワクしながら始まりを待っている。
定刻になると、K先生がいつも通りのラフな格好で教壇に上がられた。最後のライブを一目見ようと会場に詰めかけたのは、多くが卒業生たちだ。講義の途中、赤ちゃんの大きな泣き声が会場に響くと、「今日はずいぶん若い人も話を聞いてくれているようで、とってもうれしいです」などとおっしゃり、会場を沸かせていた。どんなに大きな教室でも、全員を飲み込んでしまう熱量と迫力がK先生の持ち味だった。
最終講義から2週間後、きれいに片付いたK先生の研究室を訪ねた。短いあいさつの後に、身もふたもない質問を投げ掛けてみた。「結局のところ良い授業とは何でしょうか」と。すると、すぐに返事が戻ってきた。「せっかく授業に来てくれているのだから、その時間はたっぷり楽しんで帰ってもらいたい」のだと。
K先生の話を伺いながら、ブリア・サヴァラン(1755~1826年)とその晩年の著作『味覚の生理学』が頭に浮かんだ。現代に続くフランス美食言説の起源とも考えられる。巻頭には、ガストロノミー(※)の真髄を語った20の箴言(しんげん)が並ぶ。最もよく知られているのは、「君が食べているものを言ってみたまえ、君が誰だか当ててみよう」だ。そして、ほとんど知られていないが、最後にあるのが次の言葉である。
「誰かを自分の家に招くとは、その時間はその人の幸せに責任を持つことである」
皆さんは一緒にいる人の幸せに責任を持てていますか? 私はまだまだです。
※食を通じて文化や科学、美学を探求すること。
(J.N.)
第1177回