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戦前の「早稲田の大学生」という文化

早稲田大学歴史館 常勤嘱託 雨宮 史樹(あめみや・ふみき)

「難関大学に合格」という表現があるように、日本社会では大学や大学生に一定の憧れを持つ場合が多い。早稲田大学は、その中でも受験生のみならず多くの人々が強い憧れを抱いている大学なのではないだろうか。

しかし、戦前の日本社会における大学生に注目すると、現在ではおおよそ想定できない文化を形成していたことが分かる。

戦前の大学生は、見た目からして容易に識別が可能であった。当時の大学は圧倒的に男子学生で占められており、彼らは詰め襟の制服(学ラン)を着用し、制帽(角帽)をかぶっていた。特に角帽はそのデザインで、どの大学の学生かを判別できた。

1901年頃に撮影された大隈重信夫妻(前列中央)と学生たちの写真。鍔(つば)がない初期の角帽を着用している学生の姿が収められている

当時の大学生は、自らが大学生であることを社会に対して誇示し、彼らが持つ権威は大きかった。例えば、1910年代に東京帝国大学の学生が伊豆に旅行した際、彼らは地域の名望家の紹介で由緒ある旅館の一番上等の奥座敷に案内されたが、同じ頃に宿泊した漁業の有力者であり代議士を務めていた夫妻は、それよりも格の低い座敷に通されても不平を言わなかったそうだ。年長の有力者までもが、若者に最上級の客室を使用されても違和感を抱かない状況、これが戦前の大学生が持った権威であった。

1920年代半ばに撮影された、教育学者の中島半次郎(1894年文学科卒)と哲学者の田中王堂(1885年前後に在籍)と学生の写真。こちらには鍔つきの角帽と制服を着用した学生の姿が収められている

早稲田大学の学生も、一定程度の権威を持っていた。ただし特徴的なのは、ある種国家への対抗文化ともいえる要素を保持したことである。

戦前の日本は、国家が主導して帝国大学を頂点とする官製の教育体制が形成されていった。他方で、早稲田大学(当初は東京専門学校)は、政権から追放された大隈重信の状況も相まって、政府による幾多の圧迫に耐え、かつ、対抗しながら発展してきた。その過程で、発足当時は耳慣れなかった政治経済学を学問として確立し、坪内逍遙が率いる文学部(当時は文学科)も早稲田の代名詞となった。

校友で内閣総理大臣も務めた石橋湛山(1907年文学科卒)によると、早稲田の学生は卒業後も、帝大出身者が影響力を持った官界や教育界、実業界での大成は困難な状況におかれていたが、それに屈することなく新聞界や文壇、文芸を拠点にして活動を展開したとしている。これも早稲田出身者の特徴であり、社会に対して多くの影響を与えてきた。

しかし石橋は、帝大の学生は制服を着用せずとも角帽はかぶることを好んだのに対し、早稲田の学生の中には角帽よりも、世間より早く早稲田で浸透していたと思われる中折帽を着用するのを好んだ者がいたことを批判的に捉えている。もっとも、それは早稲田の学生の一側面のみを指摘しているにすぎないのではないだろうか。

1920年代に撮影された、中島半次郎と学生の写真。角帽の他に、中折帽を着用した学生の姿が見受けられる

1930年代に早稲田大学で学生時代を過ごした作家の八木義徳(1938年文学部卒)は、授業への出席は一着の制服を苛酷に使用して乗りきったと回想している。彼は、角帽は質屋に入れる品質を確保するためにまれにしか着用しなかったが、学外では、かすりの着物に黒い中折帽をかぶりステッキをついて出掛けており、これが“ワセダ”の文学部生のファッションスタイルとして確立していたとしている。角帽に頼ることなく、自身の選択した大学の独自性を表現できる方法を見つけたことは、時代状況に従順たることを是としない、早稲田の学生の文化と通底するものとして評価できるだろう。

 

【参考文献】
林要『おのれ・あの人・この人』(法政大学出版局、1970年)
石橋湛山『石橋湛山全集』第15巻(東洋経済新報社、1972年)
『早稲田学報』第644号・八木義徳「学帽とステッキ――私の学生時代――」(早稲田大学校友会、1954年10月)
早稲田大学百五十年史編纂委員会編『早稲田大学百五十年史』第1巻(早稲田大学、2022年)

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