2024年度入学記念号
“自ら考えて行動する”を繰り返す中で発見できるものがある
株式会社ICHIGO 代表取締役 近本 あゆみ(ちかもと・あゆみ)
一期一会の出会いやドラマが待ち受ける大学生活。その経験は、後の人生にも大きな影響をもたらすと語る人は多い。海外向けのお菓子のサブスクサービスで急成長を遂げる注目ベンチャー「株式会社ICHIGO」代表、近本あゆみさんもその一人。大学在学中に学生起業に携わった経験が今の仕事にも生きているという。そんな近本さんの、大学時代の一期一会の日々を聞いた。
学生起業で発見できた自分の中のリーダーシップ
「サブスクリプション元年」と呼ばれた2015年、そのサブスクに目を付け、「日本のお菓子は海外で売れる」と市場を先読みして創業した「movefast(現・ICHIGO)」。海外消費者向けにお菓子の詰め合わせボックスを毎月届けるサブスクサービスは現在世界180カ国・地域にまで広がり、わずか数年で急成長のICHIGOをけん引してきた近本さんは、まさに先見の明を持つ人物といえる。だが、早稲田大学入学当初は、そんな「先読み」の意識は皆無だったという。
「早稲田大学の自由な雰囲気、多様性にあふれた校風に憧れて入学してみたものの、在学中に何をするか、卒業後に何をしたいかなんて明確には考えていませんでした」
ただ、時流が近本さんの背中を押した。近本さんが入学した2005年、早稲田大学では「ベンチャー起業家養成基礎講座」が創設されるなど、学生起業支援の機運が高まっていた時期。近本さんも友人に誘われる形で学生起業に参画したのだ。
「メンバーは10人ほど。学生向けのサービスを展開したい企業に対して、学生向けコンテンツを企画したり、アルバイトを集めたり。今考えれば起業のまね事みたいな小さな企画だったと思いますが、学生なのに企業の方々と接することができるのは勉強になりましたし、とにかく毎日が楽しかったです」

入学したての頃。人間科学部だが、興味のあるさまざまな授業が受けられるのが魅力で早稲田キャンパスの授業も多く受けていたという
その中で、近本さんが担当したのは大学生向けファッションECサイトのコンテンツ制作だった。
「どんな服を売るか、モデルはどうするか、写真撮影や文章の編集とそのスケジューリングも含め、自分がコンテンツの責任者として担当することに。読者モデルの友人にモデルを依頼し、撮影は早稲田大学写真部(公認サークル)にお願いするなど、伝手(つて)も頼りながらプロジェクトを前に進めていきました」
この日々こそが、近本さんにとって「未知の自分」との出会いとなった。
「自分から動かないと何もできないような状況の中、“自ら考えて実行する”を繰り返しました。高校時代まで、私はリーダータイプではないと思っていましたが、学生起業を通して、何かを計画して人を動かし、形にするというリーダーシップが意外とあるのかも、という発見がありましたね」
ちなみに、近本さん自身も学生時代、読者モデルの経験をしたことがあるという。撮影する側とされる側、両方を経験したからこそ見えてきたこともあった。
「読者モデルの延長線でレポーターも経験しましたが、『自分は出る側ではなく、作る側をやりたい』という気持ちが強くなりました。“出る側”としての技量よりも、コンテンツ全体をどう作るか、何を伝えたいか、どんな反応が返ってくるかを考えながら全体を俯瞰(ふかん)して構成することが好きなんだと知ることができました。それはまさに、今の仕事に通じることでもあります」
自分の苦手な分野でも飛び込めばきっと有意義な時間に
学生起業の経験を通し、「いつか自分自身でも起業したい」という思いが芽生えた近本さん。卒業後の進路に選んだのは、多くの起業家を輩出してきた株式会社リクルートだった。
「同期にも将来起業を志している人がいましたし、私自身も30歳くらいまでには起業したい。もしくは、独立に生かせるための何かをつかみたいと思って入社しました」
採用面接時から希望した部署は、学生時代にも経験したコンテンツ制作に関われる企画部。だが、まず配属されたのは営業部であり、失敗ばかりのスタートになった。
「リクルートは研修期間がほとんどなくて、4月からすぐに営業に駆り出されました。昔のリクルートは営業志望で入ってくる人が多く、私以外の同期はどんどん新規の営業を取ってくるんです。でも私は、『高いお金出して買ってもらうなんて…』という抵抗もあり、なかなか営業活動ができなかったですね」

リクルート時代の一枚。写真中央が近本さん
初めて営業に成功したのは入社から3カ月がたった7月。苦労したからこそ、営業に対しての意識改革ができたという。
「『HOT PEPPER Beauty』という美容室向けの媒体営業でしたが、その媒体を使ってお客さんが来てくれることにオーナーさんはすごく喜んでくれる、と初めて気付いたんです。『売りつけて申し訳ないな』という気持ちから、『これは喜んでもらえる商品なんだ』と気持ちが切り替わりました」
媒体の魅力や価値を理解した近本さんは、すぐにコツをつかんでいった。
「営業といってもただ売るだけでなく、原稿を書いて写真も撮って、媒体掲載後にどれだけ集客できたかの効果分析をして最適な営業プランやオプションを提案する、コンテンツ作成的な仕事でもあったんです。慣れてからは楽しく、前向きに取り組めました」
その後、国内向け通販の新規事業で企画担当を務めるなど実績を積んだ近本さんは2012年、28歳でリクルートを退社。独立のための準備期間で外国人旅行者がこぞって買う日本の市販のお菓子に目を付け、2015年、ICHIGOの前身である海外向け通販会社「movefast」を起業したのだ。

ICHIGOでは海外消費者に人気の高い日本のお菓子、和菓子やお茶、キャラクター雑貨などを詰め合わせ、サブスクで海外へ販売している
学生時代、そしてリクルートで培った「顧客と消費者をイメージしてのコンテンツ制作」は、ICHIGOの事業にも生かされている。
「情報があふれている今の時代、お客さまは『買う理由』を探しています。そこで私たちは、日本のお菓子にはどんな歴史があるか、メーカーさんはどんな思いでモノ作りに励んでいるかなどをオリジナルマガジンとしてまとめ、商品と一緒に封入しています。海外の方は特に日本の文化を知りたがっています。今後はもっと多様な方法で日本文化を発信していきたい。それは、自分の人生のミッションだと考えています」
写真左:さまざまな日本のお菓子を詰め込んだ人気商品「TOKYO TREAT」。現在は、国内地方の老舗和菓子メーカーや地方自治体とコラボした商品なども手掛けている
写真右:オリジナルマガジンでは、そのお菓子が作られた背景や日本の文化などを紹介
現在は代表取締役CEOとしてはもちろん、2児の子育てをしながら忙しい日々を過ごす近本さん。だからこそ、学生には「時間を有意義に活用してほしい」と言葉を続ける。
「学生の特権は、自分で自由に使うことができる時間が多いこと。私は起業するときも仕事をしながらでは無理と思って1度会社を辞めて、準備のための時間を作りました。社会人になると時間が足りません。だから、学生時代にたくさんの人と出会い、いろんな場所に行って、自分が人生を賭けてやりたいことを見つけられる時間にしてほしいです」
特に新入生は、さまざまな出会いのチャンスにあふれている。
「高校までは親の庇護(ひご)の下、決められたことをしてばかりの時期だと思うんです。でも、大学では自由度が大きく増します。そこで意識してほしいのは、今まで関わったことのない人とも積極的に交流すること。自分が苦手だと思うものに飛び込むのもきっと有意義な時間になります。居心地のよい世界に居続けないでほしい。大学時代が何かにチャレンジする機会になれば、すごくすてきなことだと思います」

ICHIGOのスタッフと近本さん(前列中央)。正社員の80%が海外出身だという
取材・文:オグマナオト(2002年第二文学部卒業)
【プロフィール】

『日経WOMAN』(株式会社日経BP)が各界で最も活躍した働く女性に贈る「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2023」に選出された
1984年、兵庫県生まれ。早稲田大学人間科学部を2009年に卒業後、株式会社リクルートに入社。入社2年目から国内向け通販の新規事業にて企画を担当する。2015年、海外向けの通販事業を手がける「movefast」を創業。その後、社名を「一期一会」を由来とする「ICHIGO」とし、現在は世界180カ国・地域に日本のお菓子を届けている。2児の母でもある。
◆X:@ICHIGO_CEO
◆株式会社ICHIGO Webサイト:https://ichigo.com/