「ピラティスを通じて、少しでもけがに苦しむ選手を減らしたい」
大学院スポーツ科学研究科 修士課程 2年 市川 いずみ(いちかわ・いずみ)

市川さんが所属する金岡研究室にて
2010年、山口朝日放送に入社後、アナウンサーとして活躍し、現在はフリーアナウンサーとして高校野球やプロ野球の取材を中心に活動を続ける市川いずみさん。そんな市川さんは、ピラティスインストラクターの資格を保有しており、大学院スポーツ科学研究科ではピラティスを通じた野球選手の障害と予防について研究しています。フリーアナウンサー、ピラティスインストラクター、大学院生という三つの肩書を持つ市川さんに、大学院進学を決めたきっかけ、学び続けるモチベーションなどについて聞きました。
――早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学したきっかけを教えてください。

フリーアナウンサーとして、ドラフト会議で指名を受けた選手を取材することも。2018年、大阪桐蔭高等学校から指名を受け、現在はプロ野球で活躍する根尾昂選手(中日ドラゴンズ)、藤原恭大選手(千葉ロッテマリーンズ)を取材した
進学のきっかけは、アナウンサーとして12年間、高校野球やプロ野球などの取材を行う中で、けがに苦しむ選手の姿を多く見てきたことが影響しています。
中でも、甲子園の常連校のある1人の選手との出会いが印象に残っています。体格にも恵まれ、大学進学後の活躍も期待されていたその選手が、「けがで肩がボロボロで、大学では野球を続けられないんです」と一言。彼をはじめ、多くの選手がけがによって選手生命が絶たれる現状に対して、私自身、歯がゆい思いを抱いていました。
同じタイミングで、私も腰をけがしてしまって…。治療の一環として、ピラティスに通い始めたんです。教室には、たまたまアスリートの方が多く通われており、ピラティスが腰痛治療のみならず、アスリートの障害予防やトレーニングに効果があることを知りました。
教室で学んだピラティスを、いざ取材時に阪神タイガースの選手に勧めてみたものの、「何なん、そのデザートみたいなやつ」といった反応で(笑)。当時、私はピラティスに関する学術的な知識を何も持ち合わせていなかったため、説得することができず…。このままではいられない! とやる気に火がつき、ピラティスと野球選手の障害について研究し、少しでもけがに苦しむ選手の役に立ちたい、そんな思いから大学院進学を決意しました。
――大学院では、どのようなことを学んでいますか。
大学院では、金岡恒治(スポーツ科学学術院教授)研究室で野球選手の障害と予防について研究しています。現在は、「ピラティスベースのモーターコントロール(※)エクササイズ介入による大学野球選手の骨盤前後傾可動性および腰部障害へ与える影響」というテーマで、修士論文を執筆しています。
(※)運動するために必要なさまざまな機構を調整する能力。
研究にあたり、早稲田大学野球部の選手たちに被験者として協力していただきました。腰痛を抱える選手12人に、ピラティスを中心としたモーターコントロールエクササイズに約3カ月間取り組んでもらい、エクササイズによって腰痛がどれほど軽減されるのか計測しました。アンケート調査のほか、腰痛の誘因に挙げられる骨盤前後傾の可動性の変化も計測しました。計測では、3次元の動作解析装置を使用。身体の各関節に反射マーカーを付け、8台のカメラで取り囲み撮影し、各関節の可動域を計測することで、モーターコントロールエクササイズの効果検証を行いました。

早稲田大学野球部協力の下、行った実験。実際の打撃フォームで各関節の可動域を計測した。計測1回につき3時間ほどかかり、野球部の選手には感謝してもしきれないという
実験前後に身体所見を行った結果、エクササイズによって腰痛がほとんど解消されたことに加え、多くの部位で実験前に比べて可動域が広がりました。研究を通じて、ピラティスが腰痛に一定の効果があることを確認することができました。
写真左:2022年4月、金岡先生の還暦を研究室のメンバーでお祝いした(後列中央が市川さん)
写真右:2022年11月には、修士論文のテーマで「第33回日本臨床スポーツ医学会学術集会」シンポジウムに登壇。アナウンサーとして人前で話すことに慣れている市川さんでも非常に緊張したという
――市川さんが研究テーマにも掲げているピラティスや、ピラティスインストラクターとしての活動についてもう少し詳しく教えてください。

阪神タイガース2軍春季キャンプでピラティスを指導した際の一枚。ピラティスのレッスンでは、選手のパフォーマンス向上のために、ハムストリングスのストレッチなどを行っているという
ピラティスは、第一次世界大戦の戦時中に、ジョセフ・ピラティスによって負傷兵のリハビリテーションのために考案されたエクササイズです。現在はピラティスインストラクターの資格を取得し、プロ野球選手のパーソナルトレーニングや、高校の野球部に出向き定期的にレッスンを行っています。2022年2月には、阪神タイガースの2軍春季キャンプでピラティスの指導を行いました。
ピラティスは体幹がかなり鍛えられるトレーニングのため、「想像以上にキツイ」といった声が多数。トレーニングを組む際は、選手一人一人の投球フォームなどを事前に観察し、選手の悩みを聞きながら、けがの要因を解消できるようなエクササイズを取り入れることを意識しています。
特に投手は、自分の身体の変化に対して繊細な感覚を持っている方が多く、効果をすぐに実感してくれて。「ピラティスをやった翌日にブルペンに入ったら、いつもより骨盤が動いて、投げやすかった」などうれしい声をたくさんいただきました。
――アナウンサーとしてキャリアを築きながら高みを目指し、大学院へ進学するそのモチベーションは何ですか。
私自身、これまでの人生、野球のおかげで楽しく過ごせているんです。そんな野球界に、少しでも役に立てることをしたいという思いが一番のモチベーションですね。今、振り返ると、手元にあった仕事を手放し、自分で学費を払い大学院に通うことはわれながらかなり思い切った決断でした。ですが、人生一度きり。「やりたい」と思ったときに、すぐに行動しないと、きっと後々後悔することになると思ったんです。
仕事との両立では、その日の優先順位を決め、絶対に後回しにしないことを心掛け、行動しています。毎朝必ず6時には起き、ウオーキングをしながら考え事をしたり、YouTubeを聞きながら情報をインプットしたり…。その後、朝食を食べ、午前中に優先度の高いタスクを終わらせる、そんなルーティンを過ごしています。午前中にタスクを終わらせることで、スッキリとした気持ちで1日過ごすことができるので、皆さんにもお勧めです。
ご縁あって、初めて医学雑誌に寄稿致しました🙇♀️
金岡恒治教授、研究室の先輩方に助けていただきながらなんとか書けました。
ありがとうございます😭野球選手の障害予防の一助になればと思いますので、よろしければ手にとってください☺️ pic.twitter.com/NGEOUC2gW0
— 市川いずみ(年125冊以上読むフリーアナウンサー&pilates instructor &大学院生) (@ichy_izumiru) September 24, 2022
大学院で行っている研究について、医学雑誌に寄稿した
――市川さんのTwitterのプロフィールには「年間125冊以上本を読むアナウンサー」とありますが、こちらについて詳しく教えてください。
局アナを退職し、フリーアナウンサーになって間もない頃、私は全く自信を持てずにいました。フリーアナウンサーは、自ら仕事を取る必要がある厳しい世界。プレッシャーを抱え、うまくいかない日々が続いてモヤモヤを抱えていたとき、日頃から取材でお世話になっている阪神タイガースの矢野燿大前監督にも自信のなさを指摘され、「何事でもトップ1%に入ることはとても難しいこと。でも、日本の大人で年間100冊以上本を読む人は1%しかいないとか。読書家の君だったら100人に1人しかできないことを達成して、自信が得られるんじゃないか」と言われたんです。
幼い頃から読書が好きだった私。年間100冊以上を目標に読書を始め、翌年には、年間125冊読破を達成。トップ1%を達成し、自信を得られたのはもちろん、読書を通じて、いろいろな人の考え方や生きざまなどを学び、人間関係や仕事に対する向き合い方が変化し、人生が変わりました。

2018年11月、矢野燿大さん(当時、阪神タイガース2軍監督)のトークショーでMCを務めた際の一枚
――最後に今後の目標を教えてください。
大学院修了後は、学んだことを野球の現場に還元していきたいと考えています。私自身、これまでアナウンサーとして野球の現場を取材し、かつ大学院でアスリートの障害などを研究してきました。そんな私だからこそできることをしていきたいです。また、指導者など野球に関わる方に向けてのセミナーなども開催したいですね。少しでもけがに苦しむ選手を減らせるよう貢献したいです。

実験で使用する3次元の動作解析装置のソフトを実際に見せながら、論文内容について解説する市川さん
第834回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
教育学部 4年 長谷川 拓海
【プロフィール】
京都府出身。関西大学法学部卒業。PHIピラティスインストラクター。2010年に山口朝日放送に入社後、アナウンサーとして5年間、野球実況、Jリーグ取材などを務めた後、フリーアナウンサーに転身。現在は株式会社オフィスキイワード所属。読書家の市川さんお勧めの本は、喜多川泰作『運転者 未来を変える過去からの使者』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。この本を読み、市川さん自身人生が変わったと語り、大学生にぜひ読んでほしいという。
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