好きなことを磨いて自分の武器にすることで、楽しい人生に
株式会社髙島屋 MD本部食料品部・和菓子バイヤー 畑 主税(はた・ちから)

髙島屋グループ本社ビルにて
髙島屋全店の和菓子を担当するバイヤー、畑主税さん。買い付けを担う「銘菓百選」は、北から南まで日本全国の銘菓が一堂に並び、ここ10年で売り上げが倍増した、デパ地下の中でも大盛況の一角。和菓子を紹介する畑さんのSNSや手掛けるイベントも人気で、和菓子界に新風を吹き込む立役者となっている。早稲田大学卒業後に入社した髙島屋で洋菓子売り場担当になったものの、実は辛党だったという畑さんがいかにして「カリスマバイヤー」となったのか、その軌跡をたどってみた。
サークル活動で学んだリーダーシップ
大阪府出身で当初は関西の大学に進学するつもりだった畑さんだが、早稲田大学を訪ねた際にあまりの人の多さに圧倒され、「これは東京に出ないとダメだ」と上京を決意。翌年、商学部に入学した。
「管理会計のゼミは楽しかったのですが、学部の勉強はそれなりにという感じで(笑)、どちらかというと合唱サークルの活動に夢中になっていましたね。3年次には幹事役として合宿の手配や演奏会のステージマネジメントなどを担当しました。その経験が今、リーダーシップをとってイベントを行うことに生かされていると思います」
就職活動は、母親が阪急百貨店で働いていたことで身近に感じていた百貨店を中心に受け、2003年に株式会社髙島屋に入社、洋菓子売り場担当となる。
「実は社会人になるまで甘いものをほとんど食べなかったんです。食料品でもお酒や総菜、生鮮の担当を希望していたのですが、まさか洋菓子担当になるとは。でも仕事にのめり込むうちにスイーツが大好きになっていました」

洋菓子売り場担当となった際、早く戦力になるためにと、洋菓子関連書籍を読むだけでなく、毎日売り場のケーキを食べて研究していたそう
数軒だった取り扱い和菓子店が80軒に! 自力で新規開拓した突進力
2006年には和菓子売り場の担当になり、2007年の新宿髙島屋全館改装をきっかけに、畑さんの「カリスマバイヤー」としての道が開き始める。
「和菓子売り場のリニューアルを、当時の部長が入社4年目、26歳の僕に全部任せてくれたんです。その頃、新宿髙島屋の和菓子売り場には京都の和菓子屋さんの商品の取り扱いが4、5軒ほどしかなかった。そこで、休暇で帰省した際に自転車で京都のお店を回って交渉し、一気に80軒に増やしたんです。そこから始まり、47都道府県全ての和菓子屋さんの商品をそろえました」
当時はまだバイヤーではなく、出張費は出ない。仕事が休みの日に旅行を兼ねて和菓子店を訪ね、ほぼゼロの状態から自力で新規取引先を開拓していった。
老舗が多く、敷居が高いように思われる和菓子店だが、飛び込みでの営業活動に大変なことはなかったのだろうか。
「お店の方は10代から100歳くらいまで、世代も人柄も本当にさまざまなんです。優しい方が多いですが、中には『申し訳ないんやけど、うちはデパートには出さないんや』というようなことを言われたこともあり、若造の僕では丁重に相手の懐に飛び込んでいかないと道が開けない。きちんと話を聞いてもらえるような人間力、コミュニケーション能力をつけるためには、当然いろんなことに興味を持たないといけないなと。和菓子以外の話もできるように、野球を見たり、ゴルフをしたり、美術館へ行ったり…。他にも音楽や映画、伝統芸能についてなど、とにかく知識を広く持つことを心掛けました。それが肥やしとなって、今の僕を支えてくれています」
写真左:富山県・引網香月堂(古沢本店)にて。髙島屋で開かれるイベント「WAGASHI 和菓子老舗 若き匠たちの挑戦」(通称、ワカタク)のメンバーである4代目・引網康博さんと
写真右:飯田橋・いいだばし萬年堂にて。バイヤー自ら和菓子店で商品を受け取り、髙島屋各店舗へ届けることも
リニューアルが功を奏し、2009年からは髙島屋全店の和菓子担当バイヤーに。話題のイベントなどを手掛け「カリスマバイヤー」と呼ばれるようになった今でも、自身で和菓子店を駆け巡る地道な活動を続けているという。そうして足で稼いだ「生」の情報を発信する畑さんのブログやSNSは、和菓子好きのみならず、全国のスイーツファンから熱い支持を受けている。
「髙島屋は全国に店舗があるので情報の共有が難しく、年に数回のテレビ会議などでは一つ一つのお菓子の詳細までなかなか共有できません。どういうお店で、どういうご主人がいて、どういうお菓子なのかというのを売り場の人に伝えるため、というのがブログを始めたきっかけなんです。和菓子はあらゆるジャンルにつながる実に奥深い食べ物。その背景にあるものを知って、和菓子の世界をより楽しんでもらいたいです。現在はTwitterやInstagramでもお菓子のことやイベント情報を発信しているので、SNSを通じて若い世代にも和菓子の魅力を感じてもらえたらうれしいですね」
9/16開催の #横浜高島屋 の #京都航空便 のオンライン予約が、本日8/31よりスタート。#亀屋良長 さんの季節の生菓子は、素敵なピーチリキュール入りの錦玉羹の「#行き合い」やきんとん製「#こぼれ萩」に、茶巾しぼりの「#栗きんとん」、練切製「#菊日和」の詰合せです。 pic.twitter.com/27cSf7XjBP
— 畑 主税(髙島屋 和菓子バイヤー公式) (@wagashibuyer) August 31, 2022
Twitterのフォロワー数は2万人超で、個人アカウントとして始めたが、途中から髙島屋公式に。新たな発見をしてほしいと、季節に合わせた和菓子やイベントの様子など、日々多くの情報を発信。畑さんの仕事やプライベートの様子が投稿されることも
次なる目標は次世代の育成
とはいえ、大学生のような若い世代に和菓子が縁遠いのも確か。産業としても経営者の高齢化や後継者不足などの問題を抱えている。そうした業界をもっと盛り上げようと、近年は次世代の応援に力を入れている。
「『和菓子離れ』という言葉が出てきたように、僕と同世代やさらに若い世代が和菓子屋さんに出向いてまで和菓子を食べるかというと、ほとんど食べない。そこで、和菓子屋さんの若旦那・若女将(おかみ)たちをバックアップするイベントなどを企画しています。同世代が同じ目線で遠慮なく意見を交換し、時にけんかをしながらも、一緒に作り上げていく。そこにお客さまが来てくださって、『和菓子って意外とおいしいね』と思っていただければ最高ですね」

2014年から始まった「ワカタク」は、全国各地9軒の老舗和菓子店の若旦那9人によって結成。和菓子の楽しさや可能性を新しい形で伝えることを目指したイベント(畑さんは前列右から4人目)
「“一代一菓”という、各代で代表的なお菓子を作るという考えがあるんです。この数年で和菓子屋さんの世代交代が始まっていて、『私の和菓子を作りたい』と熱意ある若旦那や若女将が、新しいデザインや得意な材料を使って新作を生み出しています。しかし、全国各地に点で存在していてはお客さまにはなかなか見えにくい。そこで、それらを線でつなげて面にして見せられるようなイベントを開催するようになりました。メディアにも取り上げていただき、おかげさまでイベントは和菓子業界が疲弊しているとはとても思えないにぎわいとなっています。作る人間も、売る人間も、そして買うお客さまも、みんなで盛り立てていきたいです」

2022年2月、新宿髙島屋で開催した「旅する和菓子」では、全国各地の若旦那・若女将による実演販売を実施(畑さんは前列左から2人目)
自分の手で道を切り開き、今や業界をけん引する存在になった畑さんが、今の大学生に向けて楽しく生きるヒントを教えてくれた。
「今の時代は好きなことを徹底的にやるのがいい時代になってきていますね。好きなことを見つけて、そこに一極集中でのめり込んで、自分のキャラクターになるようなものにしていけばいいのかなと思います。僕はずっと歴史が好きだったんです。小学生の頃の百人一首から始まり、大学受験も日本史だけが得意で。和菓子を仕事で扱うことになってからも歴史の知識が役に立ち、今では他の人が寄り付けないくらいの知識量になった。だから好きなことを磨いていって自分の武器にしていけば、楽しい人生になるんじゃないかなと思いますね」
取材・文:小堀芙由子(2009年、政治経済学部卒)
撮影:布川航太
【プロフィール】
大阪府出身。髙島屋MD本部食料品部・和菓子バイヤー。早稲田大学商学部卒業。2003年髙島屋に入社し、2006年に和菓子売り場担当に。京都の和菓子を作り立てのままでお客さまに提供したいという思いから、人気店の上生菓子を自身が京都に行って朝一番で受け取り、新幹線で運び、夕方には店頭に並べた。これが大好評を博し、2009年に和菓子担当バイヤーとなる。フィールドを全国に広げ、和菓子店を駆け巡る日々。 自分の足で稼いだリアルな和菓子情報は、ブログやSNSなどで発信中。著書に『ニッポン全国 和菓子の食べある記』(誠文堂新光社)。
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