映画プロデューサー 澁澤 匡哉(しぶさわ・まさや)
澁澤匡哉さんは、『神様のカルテ』(2011年)などの話題作を手掛けた経験を持つ、東宝株式会社の映画プロデューサー。2013年3月公開作品『プラチナデータ』『だいじょうぶ3組』が待機中の澁澤さんだが、その歩みは決して順調なものではなかった。学生時代からプロデューサーとしてのデビューを果たすまでの道のりを中心に、お話を伺った。
ドアマンのアルバイトで見出した信念
「基本的にミーハーです」。澁澤さんは自らをそう評する。小学生のとき、母親が見ていた『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)をきっかけに、トレンディドラマにはまった。高校受験で早稲田大学高等学院を受けたのも、早稲田大学が放送や映画などの世界で活躍する人材を数多く輩出しているイメージがあったからだ。その後、興味はテレビドラマだけでなく映画へも広がり、ハリウッド大作はもちろん、いわゆる単館上映の作品も好きで、ミニシアターにも足しげく通った。
そんな経緯から、大学では演劇映像を専攻した。映画や演劇の成り立ちを体系的に学ぶことができ、「楽しかった」と振り返る。だが意外なことに、学内に無数に存在する映画サークルには興味がなくて所属しなかったという。「もちろんいくつかのサークルは見学しましたが、ピンとこなくて」。自分には、作品づくり以外にやりたいことがあるような気がしていた。
もともと人と接することが大好きだった澁澤さん。“やりたいこと”は、新宿の高級専門店でのドアマンのアルバイトをしているときに見つけた。ドアを開けるというほんの一瞬の仕事だったが、買い物客に気持ちよく店に入ってもらうことに、ことのほか面白みを感じた。限られた時間で相手を喜ばせるために研究を重ね、「例えば常連客相手なら“いつもご利用いただき、ありがとうございます”ということを表情や態度でさりげなく伝える」といったサービスのコツを体得するに至る。「何はさておき、サービスマンでありたい」。現在につながる信念が芽生えたのも、この頃のことだ。
プロデューサーデビューは遅いほうだった
その後、就職活動を経て希望していた東宝株式会社へ入社。最初の配属先はテナント管理部門で、3年目に映画調整部に配属され、新作映画の企画立案が澁澤さんにとっての主な仕事となる。作品の原作や題材となる小説や時事ネタなどを発掘するために、書籍や新聞、テレビをこまめにチェックするほか、さまざまな人物と会ってネットワークを広げるよう努めた。日々の業務を一言で表すなら、「読む・見る・会うに尽きますね」と澁澤さんは話す。ちなみに最初の年の読書量は300冊に上ったのだとか。この数からも情報収集への力の入れ具合がうかがえる。
当初はなかなか企画が採用されず、焦りを感じた時期もあったが、2010年に初めて企画が通り、『神様のカルテ』でプロデューサーデビューを果たすこととなる。澁澤さんは「先輩方に比べれば遅いほうだと思います」と話す。その分企画が採用された喜びは大きかったのもつかの間、恐怖感に襲われた。
監督や出演者の調整を行う傍ら、脚本家から上がってくる台本をチェックしたり、あるいは宣伝部と協力してプロモーション戦略を練ったり、映画づくりの舵取りを担うのがプロデューサーの仕事。何億円にも上る製作費について、一切の責任を背負うことになるほか、行動力や信頼感と言葉で伝える力が周りから何よりも求められる。そのプレッシャーは相当なものだった。それでも「プロデューサーは行動力が一番大切」と、とにかくがむしゃらに動き回った。

企画会議には、映画企画部ほか他部門のメンバーも顔をそろえる。打合せから実際の製作など個々の動きも大事だが、ベテラン・若手と分け隔てなく意見交換することで、さまざまな切り口の企画を生みだしていくのが東宝のよいところだと澁澤さんは言う
お客さまの笑顔を見られる瞬間が醍醐味
そうして迎えた一般客向けの完成披露試写会。「六本木の会場ですごく盛り上がった」という当時の光景は、いまだに目に焼きついている。やはり根っからのサービスマンなのだろう。「お客さまの笑顔を見られる瞬間が、この仕事の醍醐味だと感じます」と頬を緩ませる。プロデューサーとして一つの山場を乗り越えた今では、仕事に欲が出てきたらしい。「寝るとき以外、働いていたい」。そう思えるくらい、楽しみながら仕事に没頭している。
夢は「いい作品をつくり続けて、お客さんに楽しみや喜びを提供すること」。そのためにもプロデューサーとしてのスキルをもっと磨きたいと考えている。「僕はついつい熱くなっちゃうタイプ。より冷静に物事を俯瞰できる能力を身に付け、信頼されるリーダーを目指したいですね」。
最後に、澁澤さんのこれまでの歩みを支えてきたものは何か聞いてみた。「僕は社会人になってからはもちろん、大学在学中も友達や先輩を通じて各分野で活躍するすごい人たちと会ったり、話をしたりする場を積極的につくってきました。ここまで来ることができたのも、そこで知り合えた多くの人々に助けられたから。早稲田の学生にも、たくさんの人との出会いと、出会った仲間を大切にしてほしいです。そうすれば世界がどんどん広がるはずだから」。
1982年生まれ。2005年早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後に東宝株式会社に入社。2007年に映画調整部に配属され、『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』(2008年)にプロデューサー補として携わったほか、『ハゲタカ』(2009年)の製作委員会などにも参加。2011年公開の『神様のカルテ』で初めてプロデューサーを経験。2012年に映画企画部配属となり、『プラチナデータ』『だいじょうぶ3組』のプロデュースを担当した。