Waseda Weekly早稲田ウィークリー

特集

人はなぜ謎に惹かれるのか 秋の夜長のミステリ小説のすすめ

一度読み始めると、ページをめくる手が止まらない「ミステリ」。小説の枠を飛び越えて、アニメやゲームなどでも根強い人気のジャンルですが、早稲田大学とゆかりの深いことをご存じですか?秋の夜長に最適な「ミステリ」の魅力をあらためて探るべく、作家の北村薫文学学術院教授とワセダミステリクラブの皆さんにお話を伺いました。

隠された謎を解き知的快感を得るのは、
人間の根源的な欲求なのです。

文学学術院教授 北村 薫(きたむら かおる)

ある日、外出先から戻ると妻がいない。「お星さまひとつ ぷちんともいで~」と意味不明なフレーズが書かれた紙が床一面に散らばっている。何があったのか?主人公は、帰宅した妻に尋ねます。「あの、この紙どうしたの?」。これは、歌人の穂村弘さんのエッセイ集『にょにょにょっ記』に収録されている掌編のあらすじ。妻の口から語られる脱力系の答えはぜひ本書で。

名探偵が次々と人々が頭を抱える犯罪の謎を解いていく─。それが狭義のミステリ小説だとすれば、曖昧模糊(もこ)とした謎の前に主人公が立ち尽くすような作品も、広義のミステリ小説だと私は考えます。ミステリ小説とは、謎を解明する物語。謎とはつまり隠されたもの。それをdis-cover(カバーを外す)して、知的快感を得るのは、人間の根源的な欲求だと思うのです。なので、私にとっては、穂村さんのエッセイも珠玉のミステリといえます。

『にょにょにょっ記』
穂村弘・フジモトマサル/文藝春秋/1,620円

妄想全開、日記形式で書かれた掌編にミステリが潜む。北村先生のお薦めは、「2月1日」の項。

他にもいくつかミステリ入門といえる短篇をご紹介しましょう。

数年前まで早稲田大学で教壇に立っていた宮沢章夫さんの『考えない人』の一編に、ひょんなことからヤクルト・広島戦の消化試合のチケットを手に入れたOLのエピソードが出てきます。何の気なしにそれをヤフーオークションに出品してみると、1,000円でスタートした価格が瞬く間に4万円以上に。いったい何が起こったのか?そこには、野球好きなら思わず納得してしまう答えが軽妙に描かれています。

『考えない人』
宮沢章夫/新潮文庫/594円

劇作家ならではの独特な語り口で、「二〇〇二年十月十七日(木)」の項に幸福なオチが待っている。

また、私が大好きな短篇の一つに阿川弘之さんの『鮨』があります。出張帰りの体験談で、帰京すると会食の席が待っている。しかし、小腹がすいた阿川さんは出張先でもらった折り詰めの海苔(のり)巻きを一つ、上野行きの列車の中でつまんでしまいます。こうなると、残りを人にあげることもできないし、捨てるのもはばかられる。さあどうしたものか。上野公園のホームレスの人に差し上げたらどうか、いやそれは不遜なのでは…と妄想は膨らむばかり。ハラハラする読者を道連れにしたまま、物語は思いも寄らない着地をします。

『鮨そのほか』
阿川弘之/新潮文庫/594円

著者晩年の随筆集には、何げない一瞬の出来事に人生がにじみ出る。「鮨」は必読の一編。

謎解きのスリルは、決して特別なものではなく、日常生活のいたるところで探せるのです。私の近著『太宰治の辞書』では、主人公の女性編集者が本の謎を追い求める旅に出ます。執筆の着想を得たのは、太宰治の代表作の一つ『女生徒』に出てくる辞書でした。─ロココという言葉を、こないだ辞典でしらべてみたら、華麗のみにて内容空疎の装飾様式、と定義されていたので─(太宰治『女生徒』より引用)

『太宰治の辞書』

北村薫/新潮文庫/1,620円

これを見て、ずいぶんと斜に構えた解説をするな…と不思議に思った女性編集者は、太宰が愛用していた辞書を突き止め「ロココ」の項をこの目で確かめるために、国会図書館に当たり、最終的に群馬県の図書館まで出向きます。その一部始終を、「小説」として書きました。私にとって、それが表現の必然でした。評論やエッセイにはならないこと、それでは書けないことを書いたわけです。一方、評論も人が気付かない謎との向き合い方を教えてくれる。謎が解け心が動くという点では、優れた評論もミステリになり得るのです。人は年齢を重ね、経験を積むことで視野が広がりますが、本を味方に付ければ、読書を通じて他人の頭の中を覗き見ることができる。つまり、作家の目を借りて、違った角度から物を見る経験を積むことができるというわけです。

※表示価格は全て税込み価格です。

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