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「ワセダ山」で地図を変えた! カムチャツカ 未踏峰登頂 探検部 遠征隊 の価値ある挑戦

「隊長の仕事は、信じることと、全員無事帰還」

政治経済学部 4年 井上 一星(いのうえ・いっせい)

昨年8月、公認サークル「探検部」6名による遠征隊が、ロシアのカムチャツカ半島にある標高1,300メートルの人類未踏峰に初登頂。その山は「ワセダ山」と名付けられました。地図に名前を残すという偉業を成し遂げた遠征隊の隊長・井上一星さんに、遠征までの道のりや、探検の魅力について聞きました。

――今回の遠征について聞かせてください。

当初の第1目標は、コリャーク山脈の最高峰レジャーナヤ(標高2,453メートル)に外国人隊として初登頂すること、第2目標が周辺の人類未踏峰に登頂することでした。ところが、豪雨による川の氾濫で、手配していたキャタピラ装甲車が走行不能になったり、ボートに乗ることになって、重量制限のために持っていた食糧の半分を捨てることになったりと、トラブルが続発しました。計画を変更せざるを得なくなって、レジャーナヤ登頂の夢はかないませんでしたが、未踏峰初登頂の目標は達成することができ、3月22日に「ワセダ山」命名の申請がロシア連邦政府より正式に承認されました。2018年中には「ワセダ山」と記載された地図も発行される予定で、今は達成感でいっぱいです。

山頂目前。岩稜の道を踏みしめながら歩く

ロシア地理協会、ロシア連邦政府、そして現地住民の協力により「ワセダ山」と命名された。この書類は、ロシア第10代首相ドミトリー・メドベージェフが政令に署名したもの

――隊長として、どんな思いで遠征に臨んだのでしょうか。大変だったことは?

隊長の最大の仕事は「成功」を信じ続けることと、隊員全員を無事に帰還させることです。探検部では、在籍中に海外遠征を成し遂げることを目標に、部員たちは自分なりの「探検」を探します。模索していた中で僕が目を付けたのが、ソ連末期の1990年代初頭まで、外国人の入域が規制されていたカムチャツカでした。「ここで学生の僕らができる探検をしたい」と思い、2年生の秋に部内で計画を発表して、それに賛同してくれたのが今回同行した5人の隊員でした。

準備は、資金調達や安全対策、入域許可の取得など、どれも暗中模索でした。部員からは「本当に行けるのか?」「このままでは失敗する」と繰り返し言われましたし、現地にクマが生息することを知った隊員のご両親から「やめてくれ」と泣きつかれたこともありました。でも、「この遠征は自分たちにしかできない」「信じなければ前に進めない」と思い、可能な限りの資料を集めて勉強し、安全対策を講じて周囲を説得し続けました。最終的にレジャーナヤ登頂を断念することになり、また、途中でケガをした隊員を未踏峰登頂へ連れていくことができなかったのは、隊長として悔しくつらい決断でしたが、全員無事に帰還するという最大の使命は達成できました。

――早稲田に入学したのは、探検部に入るためだったのですか?

撮影=笹津 敏暉(2018年 商学部卒)

そういう部員もいますが、僕は探検部のことは知りませんでした。小規模の中高一貫の男子校だったので、人数が多くて多様な学生がいる大学に行きたいと思い、早稲田大学に入学しました。1年生のときに南谷真鈴さん(※1)と同じクラスで受講する機会があり、とても刺激を受けましたし、これまでに数多くの多彩な才能を持つ学生と巡り会うことができました。

探検部に入ったのは、入学初日の新歓で山のようにもらったビラの中に、「巨大アナコンダを追ってアマゾンへ」とか「ナイル川の最初の一滴を探す!」とか、他とはあきらかに違う、毛筆で書かれたビラが目に留まったからです。10ほどのサークルの説明を聞きましたが、「夏は○○をして、冬は○○をして…」と、規定の活動をするサークルが多い中で、探検部では「お前はどんな探検がしたいんだ?」といきなり聞かれ、正直驚きました。でも部室に行くと、「探検」を熱く、真面目に考えている先輩たちがたくさんいました。結論が分からないことにこそ挑戦する価値があると感じ、入会しました。

※1 現在、政治経済学部3年在籍中。七大陸最高峰日本人最年少登頂記録保持者。北極・南極点を制覇し、エクスプローラーズ・グランドスラムを達成。

――井上さんは、遠征の様子を衛星電話を使ってライブ情報配信したり、「ワセダ山」の命名をしたり、探検部の中でも新しい取り組みをされたのですよね。

今回の遠征では、資金の援助をしていただくなど、たくさんの方に協力していただきました。何かお返しがしたいと考え、お話を伺う中で、「自分も学生時代にそんな経験をしてみたかった」「探検してみたい」という声を多くいただきました。そこで、遠征中も衛星を介して情報をライブ配信することで、支援者の方たちに自分たちの体験を共有してもらいたいと考えました。

また、僕は今回の遠征を自己満足の経験に終わらせたくないという思いがあり、形に残すために「ワセダ山」の命名を考えたり、準備期間から帰還までの一連をストーリーとしてビデオや報告書にまとめたり、報告会をあちこちで開いたりしました。マスコミにも取り上げていただき、新しいリーダー像を作ったとも言われますが、その根底にはアマゾンでの痛ましい事件(※2)以降、探検部が安全対策を強化していることを知ってもらいたいという思いと、探検の魅力を広く伝えていきたいという思いがあります。

※2 1997年にペルーで発生し、探検部の学生2名が犠牲になった殺害事件。

※3 知識や感覚、地図やコンパスなどの情報を元に正しいコースを見つける技術

――井上さんにとって探検の魅力とは何ですか?

コロンブスの新大陸発見が三角貿易を生み、産業革命を引き起こしたように、近世を近代へと転じさせたのは探検でした。日常を抜け出し、常識の外に出ることの積み重ねが、いつか世界を変えるような行為になります。僕は登山家のような体力も技術も持ち合わせていませんが、スマホで検索すればすぐに情報が出てくる時代に、地理的な未知を探す、その不合理こそ探検の魅力だと思います。

左:沼地にはまって身動きがとれず、計画を大幅に見直すことに
右:自生するきのこは大切な食糧。図鑑で調べ、きのこスープにして食べた

――最後に、今後の目標を教えてください。

僕の探検は始まったばかりですが、ワセダ山から見たあの絶景を思い出して、社会に出ても誰も思いつかないような新しい価値を創出していきたいです。

今は就職活動中ですが、この夏にヒマラヤ最奥地の未踏ルートへ行き、6,000メートル級の未踏峰に挑む予定です。これまで調査も十分にされていない地域なので、決して楽な挑戦ではありませんが、探検は本来学術的意味を持つものなので、結果を論文として学会へ提出できればいいなと考えています。

第696回

写真提供:早稲田大学探検部

【プロフィール】

先輩たちの残した資料が詰まった探検部の倉庫で 撮影=笹津 敏暉(2018年 商学部卒)

東京都出身。立教池袋高等学校卒業。中学・高校ではテニス部に所属。「筋肉質でもなく、名前もある意味”きらきらネーム”なので、『探検部』『隊長』と言うとよく驚かれる」のだそう。尊敬する人は、早稲田大学探検部OBでノンフィクション作家の高野秀行さん(1992年、第一文学部卒)と、角幡唯介さん(2001年、政治経済学部卒)。大学では「政治とメディア」に関するゼミに所属。ゼミ長を務め、機械学習を用いたSNSの内容分析を行っている。井上一星 (@isseinoue) | Twitter

 

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