日本人の姓の種類は10万種超え!
社会科学総合学術院 教授 笹原 宏之(ささはら・ひろゆき)
東京都出身。国立国語研究所主任研究官などを経て社会科学総合学術院教授。専門は日本語学、漢字学。博士(文学)。金田一京助博士記念賞、白川静記念東洋文字文化賞、早稲田大学ティーチングアワード受賞。文化庁、法務省、経産省、NHK、漢検、辞典、教科書、雑誌の委員等を務め、著書に『日本の漢字』(岩波新書、2006年)、『謎の漢字』(中公新書、2017年)『国字の位相と展開』(三省堂、2007年)など。
日本人は天皇家以外誰もが姓(名字)を持つ。日本人の姓の種類は10万種を超え、世界でもこれほど多い国は珍しい。近年、関心が高まりつつある日本人の「姓」について考える。
名字に見る日本文化・社会現象の多様性
毎日たくさんの人と接するため、びっくりする姓(名字)にも出会う。「勘解由小路」(かでのこうじ)、日本で一番漢字数が多い姓の一つだ。「東麻生原」(ひがしあそうばら)、読み仮名が最も長い姓の一つだ。2人、3人しかいない姓にも出会う。それに対して同じ漢字圏に生まれた留学生は、1字姓がほとんどで、それも中国ならば「王」「李」「張」で全体の2割以上を占める。韓国は「金」「李」「朴」で4割以上、ベトナムは「グエン(阮)」「レ(黎)」「チャン(トラン 陳)」で過半数と、特定の姓に集中している。

人口が日本一多い姓が何なのか、 実は政府からの発表はなく民間でさまざまに推計されてきた。 参照 http://www.taishukan.co.jp/kokugo/webkoku/series004_07.html
日本は、何事につけ文化・社会現象に多様性が見出せるが、姓も例外ではない。「佐藤」「鈴木」が多いといっても、それぞれ人口の2%にも及ばない。それも西日本に行けば、学校のクラスに一人もいなかったりする。姓の種類は10万種をはるかに超えており、世界でも指折りの多さを誇っているのである。10倍の人口を擁する中国は4,700種ほどしかなく、日本の半分強の人口の韓国・北朝鮮となるとその10分の1ほどにすぎない。
姓の由来
日本人の姓には、「田」という字が最も多く使用されている(『JIS漢字字典』初版)。日本は固有語である和語を訓読みにして大量に姓に取り込んだ。農村の土地に名が与えられて地名となり、それが姓とされたケースが多いためだ。続いて「藤」が2位。これは、古代に奈良の藤原という地名を中臣鎌足が天智天皇から姓(かばね)として賜ったことが起源である。こうした自然物が一族の姓に選ばれる傾向が強い点は日本らしい。
地名には見られない漢字や読み方も見られ、「木」の枝をもいだ「●※1」で「もぎき」、絞り染めの名の「纐纈」は「こうけつ」、さらに「はなぶさ」と読む家系もある。「月見里」は山がないから月が見える里という謎かけで「やまなし」(神社の名前にもある)、「小鳥遊」は鷹がいないから小鳥が遊べるということで「たかなし」。これらの姓は明治の新姓ではなく、江戸時代以前から存在した。

※1もぎき
自由に変えられる姓名の読み方
「坂本」姓は近畿では「阪本」、鹿児島では「坂元」といった地域差も見つかる。字体へのこだわりも発揮され、細分化が進む。「髙橋」などの「髙」は、江戸時代に普通だった字体が戸籍に記されたものだった。「吉田」も同様なのだが農家だったから「●※2」だ、武士だったから「吉」とよく後付けが説かれる。「山﨑」などの「﨑」はJIS漢字になかったために文字化けしてラーメンの絵文字で表示されたと学生が嘆いていた。国字の「辻」の字が本家と分家とでしんにょうの点の数が分かれていると語った人もいる。同じ戸籍の中にある家族でさえも字体が異なる事態まで生じている。また、姓の「荒」は「亡」の部分が縁起悪いから「●※3」と祖母が書くのをまねしているという学生もいた。
- ※2よし
- ※3あらい

実際には複数の業者によって電子化された、あるいは手書きのまま残された「斎」の異体字は、100種類を超える。 出典:NHK「日本人のおなまえっ!」2017年4月13日(筆者監修)
「渡辺」の辺(邊、邉など)、「斎藤」の斎(齋など。斉(齊)は別字)は、異体字がそれぞれ200種、100種ほどある。もとは単なる書き間違いであったとしても、一族や一家のアイデンティティーと感じる人が増えている。「斉藤」と書いてナカジマと読ませる人までいるそうだ。姓名の読み方は実は自由に変えられる。「中島」も、「中嶋」「中嶌」などバリエーションが豊富だが、その読みも東では「なかじま」、西では「なかしま」となる傾向がある。こうした各レベルでの細分化が、時代ごと、地域ごと、さらに一族、家族、ついには個人ごとになされるのが日本なのである。
姓をめぐる問題
近年、議論されている夫婦別姓だが、実は明治中頃までは夫婦の姓は別であることが多く、夫婦同姓は明治政府が制度として決めてから定着したものだ。ちなみに、同姓同士の結婚は日本では問題ない。結婚によって「入口」さんが「出口」さんに、といったケースも起きる。びっくりするような漢字が使われていることがある。「髭」姓から「鼻毛」姓に変えた人さえいた(さらに一部で改姓がなされたようだ)。珍奇と裁判所で認められて改姓、跡取りがおらずに断絶といった理由で、消えていった姓も少なくない。一方、帰化する人たちが新たな姓を設けている。
こうした個々の状況は一般に関心が高く、テレビ番組で取り上げられるほどだが、かつてほとんどの家庭で無関心だったようで、いまだに総体が捕捉できていない。政府も、マイナンバー制度のために多様な姓のコンピューターへの登録でいろいろな困難に直面しているところである。
(『新鐘』No.84掲載記事より)
※記事の内容、登場する教員の職位は取材当時(2017年度)のものです。