Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

〈国際経営学〉多国籍企業とこれからの課題

経済のパラダイムを変える新しいモデルの誕生

グローバルな事業環境の変化に伴い、多国籍企業の形態も多彩な変容を続けている。多国籍企業の各モデルと、国との間の新しい関係性について、考えてみよう。

社会科学総合学術院 教授 長谷川 信次(はせがわ・しんじ)

フランス、エクス=マルセイユ第2大学経済学部、パリ第1大学大学院経営学部門博士課程修了。経営学博士。早稲田大学社会科学部専任講師、助教授を経て、社会科学総合学術院教授。専門は国際経営学。経済産業省対内投資等地域活性化委員、内閣府対日投資推進研究会委員、フランス政府給費留学生選考委員、リヨン第3大学招聘教授等を歴任。

多国籍企業とは

「多国籍企業」とは、販売、生産、調達、研究開発、経営管理など、企業活動の一部ないしは多くをさまざまな国で展開し、国境をまたいで経営する企業である。国外での事業展開を担う子会社や関連会社は、それぞれ異なる国籍を持つ、独立の別法人であるが、本社の戦略ビジョンの下、共通の目的を追求する。その意味で、本社と各国の現地法人からなる企業グループ全体を一つの経営単位と見なし、多国籍企業と呼ぶ。

国境の定義は別として、遠隔地の交易や商業活動それ自体は、古くから行われてきた。しかし研究対象としての多国籍企業は、啓蒙思想的国家の概念が確立し、産業革命を機に原料・食料の確保と販売市場を求めて海外進出を本格化させた、19世紀の英国企業が起源とされる。その後、2度の世界大戦を経て、主役の座は米国の製造企業へと移った。そして20世紀末までには、企業多国籍化の動きは欧米日の先進国だけでなく、NIEs(新興工業経済地域)、さらにはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の総称)に代表される新興経済圏の企業にまで広がっていった。業種で見ても、かつての天然資源や製造業だけでなく、サービス産業の幅広い分野においても企業の多国籍な事業展開は当たり前となっている。また長い歴史を持つ大企業はもとより、中堅・中小企業やベンチャー企業のなかにも、多国籍企業と呼べる企業は数多い。

多国籍企業の類型

企業はなぜ国外で事業活動を行うのか。その動機の点から見ると、多国籍企業をいくつかのタイプに類型化できる。代表的なものが、①資源追求型、②市場追求型、 ③効率性追求型である。資源追求型は、天然資源の確保を目的とした資源保有国への進出で、19世紀の多国籍企業にこのタイプが多かった。市場追求型とは、現地ニーズに見合った製品開発や、貿易障壁を迂回するための現地生産などである。効率性追求型には、低コスト労働力の利用や規模の経済性を実現するための工場の国外移設などが含まれる。製造業の多国籍企業はかつて市場追求型が中心であったのが、1980年代以降、効率性追求型が増えている。またこれら3タイプに加え、技術や知識へのアクセスを目的とする④戦略的資産追求型が、今日、特に先進国に進出する動機として重要となっている。

一方で、多国籍企業が異国の不慣れな環境にもかかわらず、国をまたいで事業を行う理由に、本社が蓄えてきた競争優位を利用できることがある。この「競争優位の移転」の観点から多国籍企業を眺めると、別の類型化が現れてくる。本社の強みをまるごと移転して世界中の現地法人を同じやり方で統合的に管理する《グローバル(Global)》型 と、本社の資源移転は最小限にとどめ、各国法人の緩やかな連合体のような組織の《マルチナショナル(Multinational)》型だ。グローバル型は、各国市場の同質性が高い場合に適したモデルで、他方、マルチナショナル型は各国市場の違いが大きい場合に、それぞれの現地法人が独自に現地適応を図るというモデルである。グローバルな統合を目指すグローバル型と現地適応に徹するマルチナショナル型は、本来は二項対立の概念だが、現実的な解として、業界特性や個別企業の事情、または機能や業務によって使い分けるなどして両者のバランスを図る、《インターナショナル型(International)》がある(図1)。

図1 グローバル統合 vs. 現地適応と多国籍企業の戦略タイプ
従来モデルがグローバル統合と現地適応という2つの戦略課題をトレードオフと見なすのに対して、新たなモデルは、両者の同時達成を目指している

グローバル型もマルチナショナル型も、そしてインターナショナル型も、本社が中心に置かれている点では共通している。しかし世界経済が多極化し、事業活動の地理的分散化が進んだ今日、本国の優位性に固執していたのでは、企業は地球規模での競争を戦えない。そこで登場したのが、グローバル統合と現地適応を同時達成させ、かつ多様な環境から学習することで競争力をさらに強化・創造しようとする新たなアプローチである。かくして《トランスナショナル(Transnational)》や《メタナショナル(Metanational)》というラベルを付けた新たなモデルが、20世紀の終わり頃から、多国籍企業の理想型として提唱されるようにな。従来モデルが本社を中心に据え、各現地法人がそれと向き合うスター状の階層構造を持つのに対し、新たな多国籍企業モデルでは、すべてが互いに連結し合うネットワーク構造で描かれる(図2)。あるいは、本社も各国法人も、それぞれに異なる資源と能力を有しながら多国籍企業グループ全体に貢献する点で、《差別化ネットワーク(Differentiated Network)》ないしは《ヘテラルキー(Heterarchy)》とも呼ばれる。そこでは、多国籍企業にとっての異国の不慣れな事業環境はもはや不利益の源泉ではなく、多様性がもたらす価値の源泉へと変容していることが分かる。

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図2 多国籍企業の組織イメージ
HQは本社、Siは第i国子会社を指す。グローバル型では、本社をハブとして、そこからスポーク状に伸びた海外子会社に向かって資源移転が行われる。マルチナショナル型は各国子会社の自律性が高い状態にあり、トランスナショナル/メタナショナル型では、本社と海外子会社が、それぞれに差別化された資源と能力を持ちながら、協力し合う関係にある

多国籍企業と日本経済

以上スケッチした新しい多国籍企業モデルの登場は、国の経済の側にもパラダイム転換を迫っている。かつて多国籍企業は国家主権と対峙する構図のなかで、規制の対象として見られてきた。しかし今日、世界のほとんどの国では多国籍企業を肯定的に評価し、それが生み出す付加価値を自国経済の成長と発展のエンジンとして活用しようと躍起になっている。その結果、世界は対内直接投資の誘致をめぐって競い合う、レース的様相を呈している。この点で、日本の置かれた状況は深刻である。日本の対内直接投資と外資系企業のプレゼンスは、さまざまな指標で見て、世界でも最低レベルにある。このことによる日本の逸失利益は甚大で、国の競争力の低下すら招きかねない。新しい多国籍企業像を正しく認識して共存共栄を図ることが、日本にとって喫緊の課題といえよう。

(『新鐘』No.83掲載記事より)

※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2016年度)のものです。

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