国際学術院 教授 カワン スタント(Ken Kawan Soetanto)
インドネシア生まれ。早稲田大学国際学術院教授。工学博士、医学博士、薬学博士、教育学博士。専門は、臨床教育心理学、超音波医学・工学。米国デュクレセル大学工学部准教授、トーマス・ジェファーソン医科大学医学部准教授、桐蔭横浜大学工学部教授を経て、現職。著書に『感動教育』(講談社)、『寛厚与大愛』(清華大学出版社)など。
何年か前の教育工学学会で、『なぜ大学生たちは講義の内容を1週間で忘れてしまうのか』という講演論文があった。大学生の勉学意欲の低下に、多くの教員が困惑しているというのだ。大学入学が目的だったため、入学後に何をしたらいいか分からなくなる学生が多い。受験テクニックと、学問への意欲は別の問題である。学ぶことに興味を持たないと、やる気は出ないようだ。わたしは、これまでに桐蔭横浜大学と早稲田大学でそれぞれ10年ずつ教鞭を執り、脳科学などを駆使した教育の研究成果を『面白いようにやる気が目覚める方法(スタント・メソッド)』と『感動教育』という、2冊の本としてまとめ、出版した。TED x WasedaUで“Motivational Education: Inspire andSave the Next”と題して世界に発信した動画は、「現場で人をやる気にさせる」人気のある動画の一つになっている。また、日経ビジネスには『本気が作る「やる気」人間』というテーマで全16編に及ぶ記事が掲載され、中国新聞では「教育の神様:感動と愛心は教育の最高境界」として取り上げられた。
早大での講義の様子を紹介しよう。学生同士が会話をせず、隣の学生の名前も知らず、クラスが盛り上がらない。この雰囲気を何とかしようと自己紹介をさせ合ったところ、共通の趣味を持つことなどがきっかけとなり仲良くなり、本業の勉強もはかどるようになった。クラスで即興で三味線演奏をした窪響(くぼ・ひびき)君は、自分の演奏が同級生から喝采を浴び、自分自身に自信を持てるようになった。それから彼は、眼の病気で片目を失明していたことを告白してくれた。その後、一年間の欧州留学時に、大使館などで三味線を通じて日本の文化を広く紹介した。ボランティアで行った演奏が、現地の人たちを感動させ、さまざまな国の新聞やテレビで紹介された。帰国後、彼は「先生の授業に出会い、そのおかげで自分にとっての三味線の大切さを再認識した」と話してくれた。そして、『音楽指導におけるスタント・メソッドの可能性』という優秀な卒業論文を書き上げ、卒業した。当時は三味線のプロになるか、就職活動をするかで悩んだそうだが、今では、見事にプロとして開花し、三味線の若き名取りとして活躍している。彼は今年7月中旬、TEDx@Wasedaの講演者としても登場し、人々をやる気にさせた。社会で活躍するには、学問や外国語などのスキルだけでなく、人間(人間力)を磨く必要がある。周りと上手にコミュニケーションができるようになれば、規範意識や意欲は自然と出てくるものだろう。私自身、自分の人生を振り返りながら、『いかに人のやる気を引き出すか』ということについて、試行錯誤を繰り返している。学生諸君も、いつもそのことを真剣に考えてほしい。
やる気を奮い立たせる方法、それは本気と感動、そして愛心による教育である。自ら感じ、悟ることで、真にやる気が出る。そうすれば学習効果が上がり、「挙一反三」どころか「一を聞いて十を知る」レベルにまで到達できるようになるだろう。
(『新鐘』No.81掲載記事より)
※記事の内容、教員の職位などは取材当時(2014年)のものです。