愛と情熱で周囲を巻き込み、史上最弱ADから業界トップランナーへ
株式会社フジテレビジョン ゼネラルプロデューサー 村瀬 健(むらせ・けん)

新ドラマ『海のはじまり』のクランクイン直前、フジテレビ湾岸スタジオ内にて
川口春奈さんと目黒蓮さんの好演で話題を呼んだ、2022年放送のフジテレビ系ドラマ『silent』。累計見逃し配信数で民放歴代最高記録を樹立するなど社会現象となったこのドラマでプロデューサーを務めたのは、早稲田大学社会科学部出身の村瀬健さんだ。2024年7月からは村瀬さんプロデュースのもと、『silent』と同じ脚本家と演出家がタッグを組み、目黒蓮さんが主演を務める新ドラマ『海のはじまり』が放送されるとあって、再び注目を集めている。
過去にもさまざまな人気作、話題作を手掛けてきた村瀬さん。そのバイタリティーと創作意欲の原点でもあるという大学時代のこと、さらには組織形成の要として村瀬さんが語る「人を巻き込む力」について話を聞いた。
自分に特別な才能はない…挫折から切り開いたテレビ業界への道
高校時代は軽音楽部でバンド活動に没頭しつつ、名作TVドラマ『北の国から』の重厚な人間ドラマに影響を受けてシナリオも書き始めたという村瀬さん。大学でも音楽とシナリオに没頭したいと考えたとき、進路志望は早稲田大学一択だった。
「サークル数日本一と言われる早稲田大学ならば、同じ志の人にたくさん出会えるはず、と思ったんです。実際、音楽や演劇、映像の世界は早稲田出身者が多いので、受験で初めて早稲田の教室に入った時は、『ここにあのミュージシャンも、あの映画監督もいたのか…』と感慨深かったですね」
1浪の末に入学後、音楽サークルGuitar Enjoy Clubやシネマ研究会などに籍を置き、八嶋智人さんらを輩出した劇団カムカムミニキーナでは音響を担当するなど、当初の予定通りさまざまなサークルで創作活動に没頭。さらには、自らサークルを立ち上げるバイタリティーも発揮した。
「音楽畑も映像演劇畑も、いろんなジャンルの人間が一緒になったら面白いよねと、芸術系オールラウンドサークルを自分で作ったんです。『マイルストーン』のサークル紹介記事の掲載料が当時2万円。創設メンバー4人で泣けなしの5,000円ずつを出しあって会員募集をかけました。起業感覚で燃えてましたね」
人を巻き込み、創造集団を作る…ある意味、今に通じるスタイルを学生時代から実践していた村瀬さん。そんな充実のキャンパスライフにも、やがて就職活動期がやってくる。
「入学当初から、『バンドでプロになる』『シナリオライターになる』と意気込んで頑張ったつもりでしたが、大学3年時点で、自分にはそこまでの才能はない、と分かってしまった。また、高校の時に父親を亡くして母子家庭だったこともあり、奨学金の給付も受けていました。その返済も考え、4年で卒業することだけは最初から決めていました」
創作活動は続けたい。でも、安定した収入も欲しい。そこで初めて村瀬さんは、将来の選択肢としてテレビ業界を意識した。
「人生設計のx軸を『安定した収入』、y軸を『やりたいこと』と考えたとき、その両方が重なるのが唯一テレビ局だと思ったんです。テレビ局ならドラマを作れるし、音楽に関わることもできそうだぞと。でも、それに気付いたのはキー局の応募締め切り直前。業界研究的なことは何もしていませんでした」
就職活動では準備ゼロだった村瀬さんだが、これまでの創作活動を存分に生かすことで活路が生まれた。
「僕ならこんなドラマを作りたい、とエントリーシートにドラマ企画を書きまくりました。就職活動の定石からは外れていても、結果的にテレビ局の人からすると『こいつは本当にドラマが作りたいんだ』というエントリーシートになっていた自信だけはあります」

大学の卒業式にて。左が村瀬さん、右は日本テレビに同期入社した元アナウンサー馬場典子さん(商学部卒)
天才ではないからこそ、頼れる人をどれだけ増やせるか
渾身(こんしん)のエントリーシートも実り、村瀬さんは新卒として日本テレビに入社。ただ、「自他共に認める最弱ADでした」と新社会人時代を振り返る。
「朝は起きられない。体は虚弱。なのに根性もない…自分でも恥ずかしいほど仕事はできませんでした。その分、同期の仲間たちがすごく助けてくれましたね」
AD業務では力を発揮できずとも、企画力には自信があった村瀬さんは、当初配属されたバラエティー班のADを担当しながら、ドラマの企画書も書き続けた。
「同じ班の先輩に元ドラマ班だった方がいて、『そんなにドラマがやりたいなら紹介するよ』と、ドラマ班につないでくれたんです。そこで書きためた企画書を見てもらったところ面白がってくれて、トントン拍子で深夜枠でのドラマ制作が決まりました」
深夜枠とはいえ、入社1年目でのドラマ企画採用は前代未聞のこと。さらに、バラエティー班に本籍を置きながらの「レンタル移籍」でその期間だけドラマ制作に参加できたことも、村瀬さんのキャリア形成に大きな影響を与えた。
「入社してすぐの頃ですから、演出もプロデュースも何もできない。自分の企画だけどADの一番下に入りました。ドラマのことを何も知らないんだから当然です。つまり、企画者ではあったけど、ドラマが実現したのは僕以外の全員のおかげ。そもそも、同期の助けがなければ、バラエティーのADをやりながら企画書を書く時間だってなかったし、先輩の口添えがなければ企画も日の目を見ることはなかった。作品作りには、仲間が必要なんだと最初の作品で学ぶことができたんです」
その後は正式にドラマ班に移り、中学生の妊娠を描いた『14才の母』、松本潤さん主演の料理人青春ドラマ『バンビ〜ノ!』などの話題作・ヒット作のプロデューサーとして活躍。2007年末にフジテレビに転職以降も、『太陽と海の教室』を皮切りにさまざまなドラマや映画を世に送り出していった。

2024年7月スタートの月9ドラマ(毎週月曜21時~21時54分)にて、目黒蓮さんが主演を務めるドラマ『海のはじまり』。社会現象とも呼ばれた『silent』(2022年10月期)の脚本・生方美久さん、風間太樹監督、村瀬健プロデューサーが再び集結した“親子の愛”をテーマにした完全オリジナル作品。「このドラマは、主人公の大学時代の恋人が亡くなったことで、その彼女と自分との間にできた子どもがいたことを知るところから始まります。ぜひ多くの早大生に観てほしいですね」(村瀬さん)©フジテレビ
今や、誰もが認める業界のトップランナー。そこまで上り詰めた今も「自分一人ではドラマは作れない」「チームプレーが不可欠」と力説し、周囲の助けや若い才能をどんどん巻き込むことで、最強の座組を実現させ、次の話題作を生み出す原動力にしている。どうすれば、その「巻き込む力」は培われるのか?
「仕事仲間に対する自分の『好き』を堂々とアピールすること。好きだとアピールされて、嫌な人はいないじゃないですか。ただ、大事なのはうそじゃないこと。どうして好きかを具体化できること。好きの真剣度が相手に伝われば、その人が作品のために最大の力を発揮してくれると信じています」

村瀬さんのInstagramより。村瀬さんの情熱・愛情・こだわりに動かされ、また一緒に仕事をしたいという俳優が多数いる
そしてもう一つ、「天才ではないからこそ、頼れる人をどれだけ増やせるか」と語り、今を生きる学生にも「早稲田での出会いを大切にしてほしい」と話を続ける。
「就職して社会に出ると、自分と同じセグメントやコミュニティーの人間としか出会わなくなります。でも、大学はその逆。教室の隣の席には、自分のバックボーンとは全く違うものを持った人間が座っている。そして、卒業後はさまざまな業界に散らばっていくんです。だから今のうちに、隣にいる人との偶然の出会いを大切にしてください。それがきっと後で役に立つ。僕の場合、ドラマではさまざまな業界が舞台になりますが、どの業界でも誰かしら学生時代の知り合いがいるので、取材対象としても助かっています」
実は村瀬さん、そんな出会いの場でもある早稲田大学でいつか教鞭(きょうべん)を執ってみたいという、次なる野望を持っている。
「ドラマ作りはライフワークですが、僕ももう50歳。体力的に制作本数は絞っていかざるをえません。その分、自分の経験値を次世代につなげたい。僕は自分が天才じゃないからこそ、さまざまな才能の助けを借りて今があります。そんな僕の話なら、クリエイターに限らず、何かを目指そうとしているいろんな学生たちに伝えられることがあるんじゃないかと思っています。いつかぜひ、早稲田の教室で皆さんとお会いしたいです」

『silent』ファンの間でブームとなったロケ地・世田谷代田への聖地巡礼に村瀬さんも家族で出向いた。長男、長女で名シーンを再現した様子。周囲への愛だけでなく、自分の作品への愛にもあふれている
取材・文:オグマナオト(2002年第二文学部卒業)
撮影:大野 マコト
【プロフィール】
1973年生まれ、愛知県出身。早稲田大学社会科学部を1997年に卒業し、日本テレビに入社。ドラマプロデューサーとして『終戦60年ドラマ・火垂るの墓』『14才の母』などの話題作を手掛けた後、フジテレビに転職。テレビドラマとして『太陽と海の教室』『BOSS』『信長協奏曲』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』『いちばんすきな花』、映画でも『信長協奏曲』『帝一の國』『約束のネバーランド』などのヒット作を送り出す。2022年に手掛けたドラマ『silent』が大ヒットを記録。2024年7月からは『silent』と同じ制作チームで、目黒蓮さん主演のドラマ『海のはじまり』が放送予定。

村瀬さんが20年以上に渡ってヒットドラマ・映画を生み出してきた中で培った知見を初解禁! 読めば勇気が出てくる熱い一冊。『巻き込む力がヒットを作る “想い”で動かす仕事術』(KADOKAWA)
Instagram:@kenmurase
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