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自分の服で人を幸せに 才能信じ政経からデザイナーへ【2023年度卒業記念号】

学生時代は何かを突き詰め、人とたくさん話してほしい

ファッションデザイナー 進 美影(しん・みかげ)

東京・表参道の旗艦店にて

2019年にニューヨークで自身のブランド「MIKAGE SHIN」を立ち上げ、ニューヨーク、パリ、東京など世界各地のファッションウィーク(※)で「ジェンダーレスでサステナブルなウェア」として話題を集めるファッションデザイナー、進美影さん。彼女は日本では美術大学ではなく、早稲田大学政治経済学部を卒業。しかもその後広告代理店に勤務した経歴を持つ、前代未聞のキャリアチェンジを果たした人物だ。新進気鋭のアーティストはどんな学生時代を歩み、どんな決断と努力の末に現在の地位を作り上げたのか?

(※)ファッションショーのうち、約1週間にわたって開催されるイベントのこと

どっちが正しいか、ではなく、自分が選んだ道を正しく

ファッションデザイナーとして今をときめく進さん。しかし幼少期の頃は「自分は何者なのか? 女性の生き方や幸せとは本当に結婚なのか?」と自問自答する日々を過ごしていたという。

「母が外国籍のシングルマザーで、私が4歳になるまでに2度の離婚を経験。また、仕事が忙しく、私が帰宅しても家にいないことがほとんどでした。寂しく感じましたし、“家族がそろった普通の幸せがある”という、周囲の“当たり前”との違いにコンプレックスを抱いていました。さらに頻繫に引っ越していたため、小学校だけで5回以上も転校。“ハーフ”で父親は不在、地元と呼べる地元もなく、他の人と違うところばかり。おのずと、自分がどこに依拠しているのか、自分のアイデンティティーや生き方、そして母を見て女性としての幸せな生き方とは何か、考えるようになりました」

人生の転換期となったのが、ファッションとの出合いだった。

「12歳の頃にファッションに出合い、人生が変わりました。自分自身に自信がなくても、選ぶファッションでそのときに“なりたい自分”に変身できる。ファッションは私に自信を与えてくれたんです」

そんなファンション同様、進さんがずっと興味を持ってきたのが社会問題について。

「早稲田大学本庄高等学院に在籍中は、社会についてより広く学ぶ『政治経済クラブ』を立ち上げ、裁判傍聴や校内での模擬選挙、ドキュメンタリー制作などに取り組みました。政治経済は、社会全体、特に人間関係の中で絶対に発生していくもの。しかも、その社会や人間関係は多様だと、転校を通じて実感していました。それなのに自分の言葉で十分に語れなかった後ろめたさもあり、これを機に学んでいきたいと思ったんです」

「政治経済クラブ」の活動では国会議事堂にも訪問した

「自分の知らない世界や可能性を見落とさずに視野を広げたい」と政治経済学部に入学後も、そんな自身のアンテナに従い、放送研究会(公認サークル、以下放研)とWAVOC(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)の農業系サークル、難民交流サークルの3つに所属。それぞれの活動で忙しい日々を過ごしたという。

「放研ではアナウンス部の副部長を務め、イベントの運営や組織のマネジメント、人との付き合い方やコミュニケーションを学ぶことが多かったです。また、WAVOCの農業系サークルでは食育の向上を目標に農業体験を企画したり、難民交流プロジェクトにも参加したりと、多種多様なコミュニティーに在籍しながら、意図的に社会の多面性に触れ、自分の視野がなるべく凝り固まらないようにしていました。今思えば、人がより良く生きるための方法とは何か、自分には何ができるのかをずっと探していたのかもしれません」

放研のメンバーとは今でもときどき会うことがあるそう
写真左:戸山キャンパス 学生会館で友人と
写真右:早慶戦の音響設営などを手伝った明治神宮野球場で

就職活動にあたっては、好きなファッションと、社会課題に取り組む国際機関や報道機関、どちらに比重を置いて進路を決めるべきかで悩んだという進さん。ただ、このときは「デザイナーで大成することは難しい」という固定観念が勝ってしまい、企業への就職の道を選択した。

「ファッションは好きでしたが、デザイナーとして成功するのは一握りの方のみで、勉強で積み上げてきた安定したキャリアを生かすべきだと考えて就職活動に臨みました。母の生き方も見てきたため、女性一人でも生きていけるよう経済的に自立したかった部分も大きいです。就職活動を経て、広告会社のプランナーであれば、あらゆるメーカー、メディア、NGO、政府機関、そしてファッションなど、さまざまな業種の方々と課題解決や企画提案の形で関われると知り、縁あって広告会社に入社しました」

広告会社ではマーケティング部門のストラテジック・プランナーとして忙しい日々を過ごした進さん。だが、仕事に没頭するほど、自分自身に内在していた欲求との乖離(かいり)に気付いていった。

「ふと周りを見回したとき、この仕事は自分よりも向いている先輩や同僚がいる中で、自分が残せるものとはなんだろうと考えるようになりました。一方で、『もっとこういう服があったらいいのに』『こんな服が作りたい』という思いは強くなるばかり。キャリアチェンジを真剣に検討するようになりました」

そんな迷える進さんの背中を押したのは、母親からのアドバイスだった。

「せっかく大手上場企業に入社できたのに…と反対する人もいる中、『どちらの選択が正しいかではなく、自分が選んだ道を自分で正しくしなさい』と言ってくれたのが母でした。何よりも、挑戦している誰かのことを批評家気取りで評価する人よりも、実際に挑戦する人のほうがカッコいい。自分自身のことを本当にカッコいいと思える生き方をしたいなと、デザイナーを目指すことを決意しました」

興味があるなら、限界を決めずにやり切った方がいい

ファッションデザイナーへのキャリアチェンジを決意した進さんは、ファッションを学ぶために広告代理店を退社し、渡米。ニューヨークにあるパーソンズ美術大学に入学した。語学面の準備も含め、留学を決断・実行するのはさぞ大変だったのでは? と聞くと、「入る大変さよりも、入ってから卒業する方が壮絶でした」と振り返る。

「課題は多いですし、留学生は課題とは別に毎週2〜3本の英文エッセーが必須。縫製のような服作りの基本を固める課題はもちろん、マーケティングや語学の課題もある。本当にハードで1日中学校漬けでした。ニューヨークに住んでいたため『観光地を教えて』と言われることもあるのですが、当時は課題に明け暮れて遊ぶ時間もなかったので、全然分かりません(笑)。卒業前は特に大変で、徹夜続きで帯状疱疹(ほうしん)ができてつらかったです」

美大在学中の2019年、New York Fashion Week(NYFW)のバックステージでの一コマ

もちろん、卒業する大変さ以上にシビアなのがブランドの立ち上げ。ニューヨークで一人、デザイナーとしてだけでなく、素材調達や生産工場の確保、銀行との打ち合わせも含め孤軍奮闘の日々を続けた進さん。その道なき道をためらうことなく邁進できたエネルギーはどこから湧いてきたのか?

「自分の才能を絶対的に信じていたからです。そして、その可能性を絶対に形にしたいという思いが強かったんです」

こうして「多くの女性をエンパワーメントするような服を作りたい」という進さんの思いを体現したコレクションは日本だけでなく海外メディアにも取り上げられるようになり、今はさらに次のステージへ。「ジェンダーレス」「エイジレス」「ボーダーレス」を提唱し、Tokyo Fashion Weekのショーに公式参加を果たし、ダイバーシティーやサステナビリティーといった社会問題にファッションの視点からアプローチするブランドとしてますます注目を集めている。

「本当は性別関係なく誰が着てもいいし、『ダイバーシティー・ファッション』なんて言葉を使わなくてもいいのが本当のダイバーシティーだと思います。自分がもともと目指していた“女性のエンパワーメント”というカテゴリーも、ニューヨークなどで男性の方から着たいと言ってもらえた経験が何度もあったことから、自然と縮小させました。まだ成熟していない領域で、新たな価値を提案できるブランドになれるかもしれない、という可能性はすごく感じています」

可能性の幅を定めず、未来を見据える進さんが卒業生に期待したいことも、未来を決めつけすぎず、プロセスを大事にしてほしい、という点だ。

「ご卒業おめでとうございます。いろいろな進路に進む方がいらっしゃると思いますが、新卒ということや学歴だけで決まることもなく、多くの方がこの先で転職もキャリアチェンジもたくさんすると思います。人生は死ぬまで一生何が起きるか分からないから面白いですよね。学歴や周囲にとらわれず、自分を信じ、どの分岐点からでも自由闊達(かったつ)に自分らしく歩んでください」

そしてもう一つ、在校生に向けてもメッセージをもらった。

「在学中、先輩方に学生のうちにすべきことを聞くと『今しか遊べないから遊ぶことだよ』と言われるのがすごく嫌でした(笑)。学生時代ぐらいしか自由に何かを学んだり費やせたりする時間はなかなか無いので、何か興味があるなら、限界を決めずに学んだりやり切った方がいいです。何かを究極的に突き詰めた経験があるというのは、審美眼を養うのと同時に社会に出た後もきっと役立ちます。そして、ぜひいろいろな人と話してみてください。社会に出ると意図的に・無意識的に人間関係のバリエーションを狭めてしまいます。今しか出会えない人とたくさん話してみてくださいね」

取材・文:オグマナオト(2002年第二文学部卒業)
撮影:布川 航太

【プロフィール】
東京都出身。2014年早稲田大学政治経済学部卒業後、大手広告会社に入社。退社後、米国・ニューヨークのパーソンズ美術大学に入学。在学時からニューヨークやパリなどのファッションウィークに招待され注目を集める。2019年、ニューヨークで「個人の強さと知性を引き出す」をコンセプトに、自身の名前を冠したジェンダーレスブランド「MIKAGE SHIN」をスタート。2021年よりTokyo Fashion Weekに公式参加。2022年、日本メンズファッション協会よりBest Debutant賞を受賞。同年よりさまざまなアーティストの衣装を手掛け、2023年にブランド初の旗艦店、MIKAGE SHIN AOYAMAを東京・表参道にオープン。2024年4月にはブランド初となるバレエ衣装を、K-BALLET Optoの新作公演『シンデレラの家』で手掛ける。

Webサイト:https://mikageshin.com/
X(旧Twitter)アカウント:@MIKAGE_SHIN_
Instagramアカウント:@mikageshin_official

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