夏の風物詩といえば、甲子園である。時代が変わっても、高校球児は今も昔も変わらない。正しく、青春の体現である。高校時代に全力を尽くして努力した球児に尊敬を感じると同時に憧憬(しょうけい)も感じる。自分の人生で後悔しないほど全力を尽くして頑張ったことはあるのか、そのように問われると答えに窮してしまう。だけど、考えようによっては、後悔という感情は、自分がまだ成長できる可能性につながっている気もする。本稿を執筆している今は夏休みも終わろうとしているが、今年の夏も思ったように研究を進めることはできなかった。その後悔は、まだまだ自分には成長できる余地があることを表しているかもしれない。そう考えると、また、前向きに頑張っていこうという気持ちになれる。
2020年に新型コロナウイルス感染症が発生してから、コロナ禍の学生生活は思い描いたものとは違うかもしれない。私が学生時代に経験していれば、その理不尽さに対する感情は今とは随分と違っていたと想像する。もちろん、いろいろな感情はあるが、同時に諦めて受け入れるという部分が大きい。自分の学生時代を振り返ると、後悔ばかりであるが、その後悔がほそぼそながらではあるが、今でも頑張っていこうという気持ちの原動力になっている。そうした経験からすると、コロナ禍の学生生活での後悔は、目に見えない形かもしれないが、将来の糧になってくれるだろう。
(Y.O.)
第1134回