数理物理学研究
小澤 徹(おざわ とおる)/理工学術院(先進理工学部応用物理学科)教授
数理物理学研究
藤原 和将(ふじわら かずまさ)/先進理工学研究科物理学及応用物理学
専攻 博士後期課程2年・第6回(平成27年度)育志賞受賞
育志賞受賞 若き研究者、半相対論的方程式の解の挙動に挑む
小澤先生と共同研究を進める藤原和将さんが「半相対論的非線形場の数学的基礎」の研究で、独立行政法人日本学術振興会の「第6回(平成27年度)日本学術振興会 育志賞」を受賞しました。これを記念して、師である小澤教授と数学研究について語りました。
半相対論的方程式の解の挙動を促える
小澤:育志賞の受賞、おめでとう。本学から2名の学生が初の受賞になったということで本当に素晴らしいことです。まず、藤原君の現在の研究や、その特徴について今一度説明してください。
藤原:私の研究は、特殊相対性理論の模型方程式の一つである半相対論的方程式を数学的に基礎付ける研究です。特に相互作用を伴う半相対論的方程式に従って時間発展する解の挙動を促える事を研究の目標としています.半相対論的方程式は偏微分方程式ですが、相互作用を伴う偏微分方程式の解を具体的に書き下す事は非常に困難です。そこで, 半相対論的方程式の解の挙動を促える為、以下の3つの観点から半相対論的方程式を研究しています。
I. 短かい時間に限定した場合, 半相対論的方程式に従う解は唯一つ存在するのか
II. I.で保証される解は, 長い時間で考えた場合でも解となるのか
III. 初期時刻の状態が近ければ, 解の挙動も同様に近くなるか
上記3つの性質は, 相互作用の形や, 初期状態と解の滑らかさによって大きく異なります。
そこで、相互作用の形や, 解の滑らかさ毎に3つの性質を研究しています。そして、今迄の研究と私の研究との違いは次の様になります。
1. 二次の相互作用を伴う半相対論的方程式系の研究
この研究では, 既存の研究よりもより粗い解に対して、半相対論的方程式の系がI, II, IIIの全てを有する様な相互作用の形を特定しました。加えて, 保存量であるチャージに基づいて、対応する解が長時間的に解となっている事を示しました。
2. ゲージ不変性を伴う半相対論的方程式の研究
この研究では, 保存量であるエネルギーの枠組での解の構成に関し、新しい方法論を導入しました。
3. ゲージ不変性を伴わない半相対論的方程式の研究
この研究では, ゲージ不変性を伴わない相互作用に対する半相対論的方程式に関して、初期状態によっては、短かい時間に限定した場合でも解が存在しない事を示しました。
小澤:昨年10月から約二ヶ月、留学に行っていたイタリア・ピサ大学では、どのように学びを深めましたか。
藤原:ヴラディミール・ジョルジエフ先生の下で、関数の滑らかさの評価と方程式の解について研究してきました。関数の積の滑らかさを、それぞれの関数で如何に評価するかという問題と、少し極端な設定をした時に、解が長時間的に存在するのかという問題です。去年の2月にジョルジエフ教授が来日されて、集中講義をされ、お会いしたのが留学につながりました。幸いにも私が日本学術振興会の特別研究員DC1として採択いただいていた事と、タイミングよく早稲田大学がスーパーグローバル大学創成支援の対象校となった事で、双方に支援をいただけ、この度の短期留学が実現しました。留学中には、小澤先生にもピサにお越しいただきました。この短期留学で、関数の積に関する評価を俯瞰的に体系づける事ができ、空間多次元における半相対論的方程式の研究も新たに進める事が出来ました。
小澤:ジョルジエフ教授とは、20年以上の付き合いです。(その頃私が所属していた)北海道大学で開催した国際研究集会に、数学科の柴田良弘先生が連れてこられたのが初対面です。昨年の2月に、ここ早稲田で、関数の積の滑らかさに関する研究を藤原君とやっているんだというと、興味を持ってくれましたね。ジョルジエフ教授も物理出身で数学の研究者となった方です。だから基本的な考え方は、我々と非常に近いものがあります。解が存在するための条件についても議論ができたのであれば、きっと良い学びになったはずです。
研究者に求められる着眼点
小澤:育志賞の受賞理由を、自分ではどう考えていますか。
藤原:実は面接ではしくじったと思っていました。イタリア滞在中に面接試験があった事もありますが、面接の練習にもっと力を入れるべきだったと感じていました。ただ、前日に先生に時間を取ってもらい、戴いたアドバイスを私なりに実践できた事が良かったのはないでしょうか。。私なりの解釈ですが、2点とても貴重なアドバイスをいただきました。一つは、質問者を立てること。つまり質問者の意図を汲みとった上で、自分が考えた解答を質問意図に合わせて答えることです。もう一点は、質問者がおそらくは物理学者であることを想定し、解答を数学者に向けたものではなく、数学以外の分野の方が理解できるように説明することです。特に、先生が予想された質問が、実際の面接試験でも出た時には驚きました。
小澤:面接する先生方に数学者はいないはずであり、テーマが物理に関するものだから、物理学者がわかるように答えないと評価されません。たしかに、藤原君の方程式を物理学者が見れば、どう捉えるかといった話をした記憶はあります。では、賞も取ったことだし、早く学位をとって出て行ってくれるとありがたい(笑)。実際、自分の力で論文を書けるようになってきたのだから、独立した研究者になって欲しいですね。
藤原:私が教師になろうかと悩んでいた時に、研究者を目指せと言ってくださった先生の言葉が、私が研究者に挑戦するきっかけでした。独立した研究者になれるよう精進します。
小澤:藤原君の良いところは、自分で納得するまで考えるのを諦めないことです。最初に質問に来たのは、たぶん複素関数論の講義だったと思いますが、かなりしつこかったからね。研究というのは、そもそも問題がうまく設定できているのかどうかさえわからないテーマを対象にするわけです。だから、自分なりにわかったと思えるところまで考え続けられる人間でなければ、研究者にはなれません。その点、藤原君だったら何とかなるだろうと思います。
藤原:ただ、先生を見ていると、不思議なことをいつも感じます。それは常に独自の観点から物事を見ておられることです。だから、なにげない話でも目から鱗が落ちることが結構あります。
小澤:私が大学院生だった頃に、よく言われたのが「30歳になるまでに、俺はこれをやったといえる研究成果が、1つぐらいないとイカン」ということでした。私の場合、恩師池部晃生先生が作った線形散乱長距離理論に対して、非線形散乱の長距離理論を作ったのが29歳でした。藤原君は、まだあと4年ぐらいあります。これからも研究に打ち込んで、ぜひがんばって素晴らしい研究成果を出してください。
藤原:ありがとうございます。一生懸命頑張ってまいりたいと思います。
※日本学術振興会「育志賞」
※早稲田大学 研究ニュース
※早稲田大学 研究ニュース(受賞式)
プロフィール
早稲田大学理工学部物理学科卒。
京都大学大学院理学研究科数理解析専攻博士課程中退、理学博士。名古屋大学理学部助手、京都大学数理解析研究所助手、北海道大学理学部講師、助教授、教授を経て現職。21世紀COE プログラム「特異性から見た非線形構造の数学」拠点リーダー、スーパーグローバル大学創成支援 「早稲田大学数物系科学拠点」拠点副代表、国際数学連合(IMU)国内委員会委員長などを務める。日本数学会賞春季賞(日本数学会)受賞
対談相手プロフィール
藤原 和将(ふじわら かずまさ)
早稲田大学先進理工学研究科物理学及応用物理学専攻 博士後期課程2年、日本学術振興会特別研究員DC1・第6回(平成27年度)育志賞受賞。早稲田大学高等学院在学中にスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)プログラムで加藤徹教諭の下で研鑽を積む。研究テーマとして『半相対論的非線形場の数学的基礎』、代表的な研究業績としては以下の3つの論文がある。
- K. Fujiwara,Remark on local solvability of the Cauchy problem for semirelativistic equations,J. Math. Anal. Appl., 432(2015), 744-748.
- K. Fujiwara, T. Ozawa,On a system of semirelativistic equations in the energy space,Commun. Pure Appl. Anal., 14(2015), 1343-1355.
- K. Fujiwara, S. Machihara, T. Ozawa,Well-posedness for the Cauchy problem for a system of semirelativistic equations,Commun. Math. Phys., 338(2015), 367-391.DOI:10.1007/s00220-015-2347-3
小澤先生の研究業績(最近の論文)
- J. Kato, T. Ozawa,Endpoint Strichartz estimates for the Klein-Gordon equation in two space dimensions and some applications, J. Math. Pures Appl., 95(2011), 48-71.
- S. Katayama, T. Ozawa, H. Sunagawa,A note on the null condition for quadratic nonlinear Klein-Gordon systems in two space dimensions,Commun. Pure Appl. Math., 65(2012), 1285-1302.
- N. Hayashi, T. Ozawa, K. Tanaka,On a system of nonlinear Schrödinger equations with quadratic interaction,Ann. Inst. Henri Poincaré, Analyse non linéaire, 30(2013), 661-690.
- T. Ozawa, K. Rogers,A sharp bilinear estimate for the Klein-Gordon equation in ℝ1+1,Int. Math. Res. Not. IMRN, 2014(2014), 1367-1378.DOI:10.1093/imrn/rns254
- R. Carles, T. Ozawa,Finite time extinction for nonlinear Schrödinger equation in 1D and 2D,Commun. PDE., 40(2015), 897-917.DOI:10.1080/03605302.2014.96735