Organization for Regional and Inter-regional Studies早稲田大学 地域・地域間研究機構

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ORIS研究者紹介 シリーズ第3回 浅野 豊美 所長

地域・地域間研究機構で活躍する研究者を紹介する研究者インタビュー。
シリーズの第3回目は、国際和解学研究所 浅野 豊美 所長(政治経済学術院教授)です。

ORIS研究者紹介 シリーズ第3回 浅野 豊美 所長

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歴史認識のズレは国民感情の対立を煽り、国家間の関係に亀裂を生む。こうした歪みを矯正するにはどうすればいいのか。この根深い問題にメスを入れる“和解学”とは、いったいどのような学問なのか?
国際和解学研究所所長に伺った。

民主化と発展する社会で忘れ去られた“心” が生んだ軋轢

地域をまたいで世界を見渡すと、民主化の波は南米やアフリカから冷戦後期に始まり、1980年代にアジアにも押し寄せました。しかし経済の目ざましい発展が権威主義体制にもある程度の政統性を与えてしまっている点で、東アジア各国は、日本も含め国内的に引き裂かれてしまっています。民主化したにも関わず、発展と豊かさという価値と、人権と自由という価値との間で、国内には両極の対立が存在するからです。国内の民主主義的多数決には、記憶の共有を前提とする国民感情が不可欠である反面、こうして国民の記憶を支える価値が二つに裂かれていることで、国家間の妥協のみでは、歴史問題の持続的な解決が難しい構造が生まれているのです。
和解学では、あるべき和解の理念のみならず、なぜ和解は達成されないのかという原理的な考察も大切です。例えば、日本と韓国の従軍慰安婦問題。第二次世界大戦で連合国軍に敗れた日本は、借款、技術協力、高等教育支援などの経済協力を行う一方で、かつての韓国も日本に追いつけ追い越せで経済発展を優先しました。1960年代まではそれでよかったのですが、韓国の民主化は社会の片隅に取り残された人々を人権被害者、独裁体制が放置した存在として糾弾することから始まったがために、記憶と価値に断層が生じたのです。
戦後の賠償が物質世界中心の発展となり、戦争被害者やその意味する国民全体の心の問題を置き去りにしてしまった結果、韓国の民主化は被害者を歴史の犠牲者、人間の尊厳回復の象徴とみなすことで、人権という価値と民族的記憶が一体化しながら進行したのです。日本人の記憶が今でも豊かさや発展に依拠している分、韓国の民主化は、豊かさや発展を口実とした独裁への反発から生まれたと言えます。今や、韓国から見た日本は「加害者として過ちと責任を受け入れられない国家」、逆に日本から見た韓国は「被害者である慰安婦を政治的に利用する国家」に映ってしまっています。国民間の価値と記憶のズレが国民感情の対立を煽り、溝を深めるという悪循環を生み出すのです。
この日本と韓国の2か国間に起きている摩擦の底流には、日本国内の民間人戦争被害者の忘却の上に、経済復興や豊かさという価値と民主主義が結びついてできた日本の国民感情があります。「日本赤十字社の救護看護婦」「手足を失い肉親を亡くした東京大空襲の被害者」「私有財産を公的賠償の一部にみなされて失い、着の身着のままで帰国した引揚者」など、 敗戦後に法的補償を受けないまま苦しい生活を強いられ、社会の発展の中で声をひそめてきた日本国民は、人権被害者とされる韓国人慰安婦への賠償に対して、複雑な心境を抱いていることは容易に想像できます。朝鮮人徴用工問題もそうですし、国内における被爆者に対する救済への格差問題も同じです。民間人被害者一般の感情が公的な記憶となる一方で、なぜ彼らが取り残されてきたのか、発展の論理を批判的に検証しつつ東アジアを地域として考える必要があると思います。

和解学は、このように個人や集団の記憶に紐づいた人々の感情、正義(価値)の間の断層の構造や、その生じる理由を見渡しながら、“熱い心と冷たい頭”を持ってテーブルについて議論を戦わす“知的なインフラ”です。幕末以降、民主主義が「富国」つまり豊かさと結びついた日本と、それが個人の自由や人権と結びついた韓国の民主主義の例のごとく、国家形成をめぐる文脈のなかで、各国の国民的な価値や正義、そして記憶は育まれてきました。感情的対立の構造を無視して、国内のみで自虐か自尊かの議論をするのはとても不毛です。
和解学をベースとした対話によりお互いの感情を対象化することで、妥協の先にある何かを目指す。それは、共に尊重するべきより大きなものを、歴史に根差した議論を通じて発見する試みとも言えるでしょう。それは対話している主体自体を無意識に変容させながら、新しい信頼とそれを守ろうとする意思を生み出す試みだとも言えるでしょう。

風土、文化、習慣のなかで生じる感情の対立と和解

和解学が知的なインフラである以上、簡単にアクセスできる開かれたツールであることが求められます。そこでWebサイト『和解学の創成』では、①思想・理論、②政治外交、③市民運動、④歴史家ネットワーク、⑤メディア(和解文化・記憶)という4つのアクターと思想・理論を組み合わせることで、従来の紛争解決学ではあつかえなかった「感情」や「記憶」「正義」(価値)という、ある意味で「やっかい」な研究対象に踏み込んでいます。『東アジア歴史紛争和解事典』では、東アジアにおける歴史紛争自体がどのように発生し、何が争点なのかをわかりやすく一般の方に向けて発信しています。
こうして知のインフラを提供する一方、これからの東アジアの未来を担う若者たちに“和解文化”を創り出すきっかけになるイベントやシンポジウムも国際和解学研究所をベースとした社会貢献事業として開催します。今年2021年7月10、11日に、国際和解映画祭を早稲田大学の大隈講堂で開催する予定です。すでに日中韓英語の4ヶ国語の公募で、和解をテーマにした140本の脚本が集まりました。優秀な作品を選出し、そのワンシーンを学生たちが映像化して当日上映し、優秀な作品の映画化への口火を切る流れです。和解学が身近な学問であることを肌で感じてもらえたらと思っています。

和解学をベースにした議論の先に訪れる東アジアの姿

明治維新以降の日本は、欧米の技術、制度、思想などをバラバラに受容しながら、全体としては国民国家の形成を図ってきました。ですが、アメリカの分断に象徴されるように、個人を国民として平等にした国家モデルが、現代は世界各地で揺らいでいます。格差も深刻です。
その一方で、個人の市民としての結びつきは、情報や基本的価値観を通じて強まっています。そして、何よりも環境やエネルギーという点で、無限の発展は不可能な時代に我々がいることは明らかです。人権が保障され、かつ豊かな社会の実現という形で、前述の二つの価値の両立する社会を地球規程で維持していくことは極めて難しい時代に我々はいます。その両立のあり方が深く問われ続ける東アジアから発信される和解学は、人類と自然との和解にも意味を持つでしょう。
記憶や感情という心をもった個人と、それが共感を通じて形成する市民や国民という集団というレベルを意識しながら、個人と集団の間で、縦にも横にも斜めにも存在する断層を乗り越え何らかの主体の変容と和解を生み出していくことが、人類全体が無限の競争を許されない時代には必要ではないでしょうか。
それに至る具体的な試みとして、先進国中心という制約はあるものの、ヨーロッパでの取り組みは参考になります。例えば、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドで隣国の国民に対して居住権、職業の権利を認めるためのデニズンシップという試みや、欧州圏の留学支援と若者交流プロジェクトでもあるエラスムス計画です。キャンパスアジアはそのアジア版で、和解の重要なインフラであると思います。これらは、既存の国民感情を中和する動く市民の制度化のような試みです。各国の民主主義を支える記憶や価値を共に変容させていくために、市民として生きる空間を作ることが大事です。
いつか、アジアでも、欧米において敵味方関係なく首脳が集まって、第二次世界大戦で遂行されたノルマンディー上陸作戦の記念式典が毎年6月6日に開かれるような試みを、三・一運動や八・一五、さらには「大政奉還」などを契機に、東アジア各国の首脳間、そして国民間でも実現できないものでしょうか。事前に行われた緊密な対話の成果として、その意味についての共同声明を出し、具体的な被害者の名前を挙げつつ、それを互いに異なる国民感情と結んで問題提起しようと試みるのも、共通の地域意識を根づかせていくのに有用と言えます。
こういう試みは、今現在の心理的構図、つまり韓国民のプライド=日本国民の自虐、日本国民のプライド=韓国民からの「親日」非難、という構図を打ち破って、アイデンティティにおいてもウィン・ウィンにする入り口になると思うのです。そのために日本の若者は人権と自由という価値に向き合わないといけないですし、韓国の若者は豊かさや発展を権威主義体制や帝国主義の手段とみなさず向き合わないといけないと思います。政治的な合意の上に、対話の基本方針と原則を定めて、東アジアの若者がそれぞれの国民感情を激しくぶつけ合いながら、二つの価値の関係を考え、ある融和を見通せる共通の記憶を徐々に育みながら、市民としての信頼を築くことが大切です。直接民主制的な空間で若者が対話してこそ、地域全体の公共問題や守るべき価値を見つけることができると思います。
この地域的公共性の探究を、国益や国民感情で振り回されず展開できるようになるには、歴史認識問題の根っこにある、国民的感情がいかに各々の歴史記憶と結びつけられてきたのか、それを支える両極の価値(社会全体の豊かさと福祉vs個々の構成員の尊厳と自由)が国民的記憶と結びつく位相の違いをきちんと認識する必要があることは、最後にもう一度強調したいです。記憶と価値を折り込みつつ、国内外の紛争を分析する和解学は、そのための強力なツールでもあるのです。

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