Organization for Regional and Inter-regional Studies早稲田大学 地域・地域間研究機構

その他

ORIS研究者紹介 シリーズ第2回 太田 宏教授

地域・地域間研究機構で活躍する研究者を紹介する研究者インタビュー。
シリーズの第2回目は、太田 宏(国際学術院教授)です。

ORIS研究者紹介 シリーズ第2回 太田 宏教授

早稲田大学 地域・地域間研究機構グローバル・ガバナンス研究所
国際学術院 国際教養学部
研究者データベース

地球温暖化がもたらす気候変動の生態系への影響や人的健康被害は深刻さを増している。「今ここにある危機」として一部の人たちは気づき始めているが、それでもまだ事の重大さに気づいていない人は少なくない。パリ協定が目指す2050年のネット・カーボン・ゼロ社会を実現するため、さらにその先の脱炭素社会の構築に向けて、世界の先進国が積極的に舵を切るなか、常に後手に回ってしまっている日本に警鐘を鳴らす。

地球環境の変化が後戻りできなくなるデッドラインは”摂氏2度”

人為的地球温暖化に起因する気候変動問題に真摯に向き合うため、賢く未来を設計すべき時代にあって、ここ10年が勝負であり、2030年に人類は岐路に立たされています。持続可能な社会へ向かうか、破滅の淵に向かって転がり始めるかです。
18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで起きた産業革命以降、世界の平均気温は右肩上がりで上昇を続けています。この100年余りで、約1.1℃の上昇です。すでに兆候は出ていますが、このまま気温が上がり続ければ、「海面上昇による高潮や沿岸部の洪水」「気温上昇や干ばつによる食料不足」「熱波による死亡や疾病といった気候災害」「気候パターンの変化による生態系の破壊」など、さまざまなリスクをもたらすと多くの科学者から指摘されています。
この気候変動問題が世界的な国際政治課題となったのは、今からおよそ30年前の1990年代に入ってからです。それ以降、世界の足並みが揃わずにすべての国が協力する体制づくりは先延ばしとなっていましたが、もう後戻りできなくなるラインである世界の平均気温の2℃以上の上昇が現実味を帯びてきたことで、2015年12月に、世界のおよそ200か国が2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組みを決めたパリ協定に合意しました。
そこでパリ協定では、脱炭素社会を目指すにあたり、全ての加盟国が国際社会に公約する自主的な温室効果ガス(GHG)排出量削減の中・長期目標を掲げています。

●産業革命以前と比べ、世界の平均気温の上昇を2℃以下に保ち、1.5
度に抑えるよう努める。
●21世紀の後半には、温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとる、つまりカーボンニュートラルの実現を目指す。

そして、このパリ協定の目標を達成するためには、世界全体の温室効果ガスの排出量を2050年頃までに実質ゼロを目指し、そのために気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、2030年までに世界の二酸化炭素の排出量を45%も削減する必要があります。

安定していると思われていた気候パターンが変化し始めている

新潟県ではなく、北海道がコシヒカリの産地に―。積雪の期間が長く、夏でも涼しい北海道は、かつて稲作には向かない不毛の地と言われていました。ところが、温暖化の影響によって稲作に適した環境が整い、次々とヒットブランドを生み出しています。その一方で中国・四国地方では、日照時間がこれまでより長すぎるため、良質なお米が作りづらくなっているのです。他にも、カテゴリー5に分類されるスーパータイフーンが2019年に日本に初めて上陸。2010年以降、台風以上に大きな被害をもたらした集中豪雨が頻発するなど、以前には考えられなかった気候災害は明らかに増えています。
気候のニューノーマルが形成されつつあるなか、日本は気候変動問題に対してどのような政策を示しているのでしょうか。
昨年2020年10月に行った所信表明演説のなかで、菅義偉首相は「2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」ことを明らかにしました。カーボンニュートラルとは、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量のことを言います。
しかし、IPCCから提言された「2010年度比で45%削減」ではなく、まだ、2013年度比の26%減と緩い削減目標のままです。加えて、EUを中心とした先進諸国は、2030年までに再生可能エネルギーの割合を全体の50~60%にしようとしていますが、一方の日本は現在のところ2050年に同様の削減目標を設定しているに過ぎず、危機感の薄い目標設定になっているのも無視できません。

自然と共生できているという前提を疑う

理想や目標を先に掲げ、その実現や達成に向けて政策を打ち出していく欧米諸国と違い、日本は気候変動問題の解決に向けて後ろ向きな姿勢や政策ばかりが目立ちます。どうしてなのでしょうか。

 もっとも大きな原因のひとつに、エネルギーの安全保障の問題があります。日本は、中国、アメリカ、ロシア、インドに次ぐ第5のエネルギー消費国であるにもかかわらず、エネルギー自給率は1割程度しかありません。元々は石油へ強く依存していましたが、1970年代の2度のオイルショック以降、石油への依存を弱めて石炭と原子力に頼ったエネルギーの供給体制を強めています。2011年の東日本大震災と未曾有の福島第一原発事故によって日本のエネルギー政策の矛盾が露呈しました。それまで再生可能エネルギー開発を促進してこなかったので、安定的な供給を確保するには海外から安価なエネルギー資源を輸入せざる得ない状況下にあり、気候変動問題に対して前向きな議論が進められないのです。
旧態依然の産業構造も大きな理由です。依然として、電力会社、鉄鋼・石油、セメントといったエネルギー多消費型の産業の発言力が強く、リーダ報通信産業、IoTやAIが躍進し、電気自動車の普及、そして次世代のエネルギーと言われる“水素”社会に向けた競争が始まっている中、日本では戦後の日本経済を牽引してきた重厚長大型の産業の影響力がまだ強いように見受けられます。
こうした外国資源依存の「エネルギー安全保障」と、構造転換が遅れ気味の産業構造によって、時代を先取りしたエネルギー転換政策を打ち出せないでいるのです。
では、脱炭素社会の実現のため、どのような社会を目指すべきなのでしょうか。将来的には、地域ごとでエネルギーや食料を生産して消費するといった地方分散型のエネルギーや食料の需給体制の構築が理想です。こうした社会を実現するために、特に、現在の日本社会に目を向けて見ますと、大前提として、まず、あらゆる政策課題に関して、科学的な知見を踏まえた政策立案を基本姿勢とすることが求められます。政府の都合や民間企業の利益からも独立した科学的観点から政策を提言する第三者機関が必要で、大学もその一翼を担う必要があります。次いで、過剰な物質文明社会からの脱却です。その努力は、消費者の意識改革も含め、日常生活のレベルから始められます。過剰な包装や自動販売機の過剰設置や24時間稼働の見直しから始めることもできましょう。また、食生活の見直しも重要です。例えば、肉を食べる回数を減らしたり、形にこだわらず不揃いな野菜や果物を当たり前のように陳列して販売したりするだけでもかなりのエネルギーや水の消費の削減につながります。なぜならば、牛肉の生産には穀物の生産より10倍のエネルギーを消費し、10倍以上のCO2を排出するからです。豚肉等のその他の肉も、牛肉ほどではないにしても、その生産には多くのエネルギーを消費します。また、訪米諸国や日本では、30~40%の食物がその生産・流通・消費の過程で廃棄されている、と言われてもいます。こうした無駄をなくす努力は、世界の飢餓や栄養不良に苦しむ人々の存在へと私たちの目を向けさせることにもつながります。
よく、脱炭素型社会の実現のため、不便な昔の生活に戻らねばとか、江戸時代の頃の生活に戻る必要があるという声が聞かれます。確かに、当時の江戸は“世界一綺麗な都市”、“ゼロエミッションの都市”で、ほとんどゴミを出さなかったと言われています。鎖国中で著しく経済が発展していたたわけではありませんが、人糞は畑に、服は繕い、紙もリサイクルと、完全な循環型の社会だったからです。いくら何でも400年以上も前の生活に戻れとは言いません。でも、現在よりもエネルギー消費の少なかった70年代から80年代あるいは90年代の生活水準ならどうでしょう。IT環境が整っているなら、むしろ当時のほうが今より“人間らしい”生活のできた時代だったと思う人は少なくないでしょうか。当時を知っている身としては、快適性という点でもそれほど変わらないと思います。
気候変動問題は、90年代には「ゆでガエル理論」で語られることもありました。熱湯にカエルを入れると驚いて飛び出すが、ぬるま湯に入れて徐々に温度を上げていくと、カエルはその温度変化に慣れて、命の危機に気づかず茹で上がって死んでしまうという話です。科学的根拠のない例え話ですが、気候変動問題の深刻さを一般の人に知らしめるために、しばしばこの疑似科学的な虚構が援用されました。私個人としては、環境問題を糖尿病などの生活習慣病に例えるほうが理にかなっていると思います。日々気づかないうちに潜在的に進行する糖尿病は自覚症状がないまま悪化し、最終的には失明などの取り返しのつかない状態に陥ってしまう。私たちが直面している気候変動問題と似ています。すでに気候システムは均衡を失い、後戻りできるターニングポイントを過ぎたという科学者もいますが、ここ10年が勝負だというのが大方の見方です。今の当たり前に疑問を持ち、経済活動や私生活を見直す必要があります。10年はあっという間です。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/oris/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる