世界各国のオペラと音楽劇の様々な様相を探る。地域的には特にヨーロッパ各国、アメリカ、中国、日本に焦点を当てて研究所員それぞれの専門領域を研究に生かしていく。研究所員の構成はドイツ語圏を研究対象とする者2名、イギリス・アメリカを研究対象とする者1名、中国を研究対象とする者1名、オーストラリア等オセアニアを対象とする者1名となっているので、各自専門領域を生かして様々な国のオペラ/音楽劇の諸相を探ることになる。招聘研究員のなかにはたとえばフランスやロシア、さらにはイタリア、日本のオペラ研究者もいるので、彼らの援助も借りつつその地域の音楽劇の研究を行う。
またこれを歴史的にも探究し現代のオペラ/音楽劇のみではなく、遠く歴史をさかのぼり過去におけるその実相をも明らかにし、現代にいたるその展開を観察する。さらにその将来を展望することも研究の一端としたい。方法としては音楽学や演劇学の力を借りつつ、研究所独自のオペラ学を確立していくことを目指す。とりわけ文化史学や社会学それにメディア学、さらには舞踊学の方面を開拓し、オペラ研究にそうした領域の研究成果を活用することを企図している。
そして研究例会においては学術報告のみに終始することなく、内外のオペラ/音楽劇の演出家やプロデューサーによる講演も企画し、本学においてその上演も行ってもらい演出やプロデュースの方法を学んでいく。このようにしてオペラ/音楽劇の総合的研究を確立することが次の5年間の目標である。
【2019年度】
2019年度も舞台の現場と研究との両面からオペラ/音楽劇へのアプローチを試みた。
4月には新国立劇場の桑原貴氏にオペラ上演の実務について、5月には青木義英氏にオペラ《光太夫》のモスクワ初演実現についてご講演を賜ることができた。
6月以降は研究所員、招聘研究員による多様な発表が実施された。そのテーマを国別に分類すると、フランス1、ドイツ・イタリア両国に係わるもの1、ドイツ3、日本1、ロシア1、イタリア1となり、研究者たちの関心領域の多様性をうかがえる。
また発表を時代的に俯瞰すると、それは17世紀から現代までの長期間をカバーしている。テーマを簡単にサマライズすると、《マノン》の宗教的側面、1920年代のヴェルディ・ルネサンスの記念碑としての『ヴェルディ―オペラの小説』(ヴェルフェル)、カイザーの《クロイソス》の諸側面、メルヘン・オペラというジャンル、團伊玖磨の《ひかりごけ》の日本人性、私立マーモントフ劇場の演出改革その他、18世紀後半~19世紀前半のベルリンにおけるオペラ上演、宮廷外芸術活動としての「アッカデーミア」となる。そして、これらの発表はそのほとんどが2020年度末に刊行予定の書籍の内容につながっている。
2019年度末には研究所雑誌『早稲田オペラ/音楽劇研究』第2号の発刊にこぎつけた。
【2018年度】
2018年度の活動のうち特筆に値するのは、研究所雑誌『早稲田オペラ/音楽劇研究』の創刊にこぎつけたことである。これはおそらく本邦初のオペラ研究専門学術誌で、創刊には研究所員・招聘研究員のなみなみならぬ努力があった。
また新国立劇場の公演《フィデリオ》に関するシンポジウムを開催し、カタリーナ・ワーグナー演出によるアクチャルな舞台に関連する発表が行われた。
従来と同様に研究月例会の他にワーキンググループ(WG)を通じて分科会活動も推進したが、なかでも「歌劇の上演状況に関する研究:歌劇場プログラムのデータベース化に向けて」WGは科研費の交付内定通知を得た。このほかバロック・オペラWGやヴァーグナーWG、演出WGも、それぞれの研究目標に向かって着実な活動を継続している。
国際的活動としては、本学高等研究所を通じ招聘したアメリカ・ヴァーモント大学のブルック・マコークル氏による坪内逍遙台本・山田耕筰付曲によるオペラ《堕ちたる天女》に関する研究発表がある。また氏とともに研究所関係者がこの台本の英訳を行った。さらに演出WGのメンバーがイスラエル・テルアビブ大学に招かれ、日本オペラに関し研究報告を行った。
このほか新しい側面として、オペラ教育の研究も行われている。
なお当研究所の活動については、研究所HP・Facebook・Twitter等でも随時発信している。
【2017年度】
2017年度も研究月例会の活発な開催があった。発表内容を国別に分類すると、イタリア、ドイツ、オーストリア、ロシア、イギリス関連と多岐にわたっており、本研究所所属の研究員、招聘研究員、それに連携団体のオペラ研究会会員の広範な関心を伺わせる。また発表テーマを時代的に捉えると、16世紀末のバロック・ダンスやバロック・オペラから21世紀におけるオペラ作品の演出など、極めて長い時間軸の問題を扱うものとなっている。
また10月にはドイツ・ライプツィヒ大学演劇学部のギュンター・ヘーグ教授をお招きしてベッリーニのオペラに関する講演会を開催し、本邦の枠に収らない研究所活動の一端を披露した。
特段の報告に値するのは、12月開催の「モンテヴェルディ生誕450年記念シンポジウム――モンテヴェルディのオペラから広がるバロック・オペラの世界」である。これは「バロック・オペラ」ワーキンググループのメンバーによる企画であった。イタリア、フランス、ドイツ、ロシア、イギリスにおけるローマ皇帝を題材とするバロック・オペラとその上演に関する研究発表ならびに関連楽曲の演奏が行われた。これには学内のみならず、学外からも予想を大幅に超える多数の聴衆の参集があった。
【2016年度】
2016年度は特に大きな成果が2つあった。1つは6月中旬~7月中旬にかけての「オペラ《ソクラテス》・プロジェクト」の開催であり、もう1つは2017年3月末の書籍『キーワードで読むオペラ/音楽劇研究ハンドブック』の上梓である。
「オペラ《ソクラテス》・プロジェクト」は早稲田大学とイスラエル・テルアビブ大学との共同企画で、高等研究所を通じて招聘したミハル・グローバー=フリードランダー准教授を核として展開された一連の研究イベントである。教授のゲスト・レクチャー、シンポジウム、ワークショップ、エリック・サティの《ソクラテス》公演、アフター・トークという5つの公開イベントを通じ、本研究所メンバー、学生、教職員、一般参加者がオペラの歌声(ヴォイス)の演出について知見を深めた。また《ソクラテス》の上演も楽しんだ。
『キーワードで読むオペラ/音楽劇研究ハンドブック』は研究所中心メンバーが10年来温めてきた構想を形にしたものである。特にここ数年にわたり、大量の原稿を集中的にブラッシュアップすることに努めた結果、今回の出版にいたったものである。
今後もオペラ/音楽劇の上演現場と学術的研究との両面から、本芸術ジャンルに積極的にアプローチしてゆく所存である。
【2015年度】
本年度も全9回の例会の場を中心に、多種多様な音楽劇についての研究情報が共有された。例会では、『オペラ/音楽劇のキーワーズ』刊行に向けた報告会、当研究所連携のオペラ研究会会員による研究発表会に加え、歌劇場の上演作品の分析についてのシンポジウムも開催された。
研究発表会で取り扱われた題材は、メジャーな西欧のオペラとその作曲家に留まらず、オペラの舞台裏を支えてきた職人やプロデユーサーの仕事ぶり、日本ではなかなか観る機会のないアジアで創作されたオペラなど、多岐にわたっている。当研究所連携のオペラ研究会には現在も新規会員が継続的に入っている状況であり、研究発表会は今後より多角的な視点から豊富な研究題材を扱う場として活性化すると考えられる。
秋季には当研究所では恒例となっている、埼玉県和光市のオペラ彩代表和田タカ子氏による講演も行われ、オペラ彩の稽古見学会および公演には、多数の当研究所関係者の姿が見られた。このようなオペラの現場との交流は、当研究所における学術的研究の成果を上演実践の場へと還元する、貴重な機会となるだろう。
当研究所の活動状況やオペラ研究会会員の発表・出版活動について、HP(日本語及び英語)で常時公開するとともに、Facebook、Twitter等のSNSを通じて適時かつ積極的に告知が行われた。2016年度はイスラエルから演出家ミハル・グローバー・フリードランダー氏を迎えての来日企画もあり、こうしたインターネットによる当研究会の周知が、いっそう重要となるだろう。