WIAPS研究会

第7回アジア太平洋研究センター(WIAPS)研究会

開催日時 2012年2月6日(月)16:00 - 18:00
場所早稲田大学19号館(西早稲田ビル)7階713会議室
参加資格WIAPS専任教員・助手, WIAPS受入の交換研究員・訪問学者・外国人研究員, GSAPS修士課程・博士後期課程在学生
報告1

報告者:Karen Nakamura 氏(Associate Professor of Anthropology and East Asian Studies, Yale University / WIAPS交換研究員)

報告テーマ:
Call Girls and Crips: Intersections of Disability and Sexuality in a Dark Japan

要旨:
In 2004, journalist Kaori Kawai shocked Japan by writing Sex Volunteers, a book that chronicled how people with disabilities were being sexually "serviced" by the eponymous sex volunteers for lack of romantic/sexual partners.
This sparked a national conversation on the inter-sectionality of disability and sexuality -- and also a flurry of books with scandalous titles such as I was a Disability Sex Worker. Feeding into this were deeper concerns over disability and the family, religion and responsibility, and the future of the national health care system. Various disability communities used this opportunity to push a more sex-progressive agenda - sponsoring events such as speed dating for people with intellectual disabilities and internal conversations about the appropriateness of using state provided Personal Assistants to take members to "soap land" brothels.
On the other end, groups within the transsexual rights movement in Japan presented themselves in alliance with the disability rights, splitting from gay and lesbian movements. The sum of these developments has allowed for new discourses on marginality and inclusion to emerge. This paper explores the twin threads of disability and sexuality in Japan and how they intertwine in the lost decades of the fin de siecle.

報告2

報告者:上村 威 氏(早大アジア太平洋研究センター助手)

報告テーマ:
文化によるアイデンティティ構築 -中国文化と外交関係(Cultural Construction of Identity)

要旨:
博士論文では、現代中国外交を中心に、国際関係における文化の役割を研究してきました。中国の対人関係―「関係(グァンシー)」における文化的な特徴は、その外交関係の中でどのように表れているか。具体的には、中国の日本、旧ソ連、ベトナムおよびアメリカとの関係を分析しています。なお、 今回の報告は特に1972年日中国交正常化が実現してから2000年ころまでの日本との関係性に注目します。中国の重要他者としての日本アイデンティティは、「関係(グァンシー)」という中国文化を色濃く反映する二者関係の中で構築されてきました。 特に、歴史問題を巡る日中双方解釈の違いは、文化的な要因による可能性が高いと思われます。一連の歴史問題を巡って、1980年代以降中国の対日認識が急速に悪化しました。そして、そのような認識が今もなお中国の日本政策の根本にあると考えています。一方、敵対視された日本もまた、そのアイデンティティを担うほかなく、その結果日中関係は敵対の構図に陥っていると考えられます。

報告3

報告者:三牧 聖子 氏(早大アジア太平洋研究センター助手)

報告テーマ:
近代日本とアジア連帯 - 失われた機会 (Modern Japan and Pan-Asianism: Lost Opportunities) 

要旨:
本報告は、近代日本外交におけるアジア連帯の失敗について考える。日本政府が公式にアジア連帯を打ち出すのは、1930年代後半のことである。これに対し、本報告が注目するのは明治・大正期、すなわち、政策決定の場でアジア連帯を語ることが避けられていた「脱亜入欧」の時代である。この時代に、アジア連帯の契機はどのように失われていってしまったのか。
『坂の上の雲』が昨今また人気である。確かに、明治・大正期の日本は「サクセス・ストーリー」を歩んだ。開国した日本は、急速な富国強兵を実現し、日露戦争(1904-1905)に勝利する。第1次大戦後には5大国の1つとなる。しかし日本が欧米中心の国際社会で地位を高めていった時代は、日本がアジア諸国の期待を裏切り続けた時代でもあった。当時日本は、国際的な場でアジアの声を代弁できる貴重な存在であった。日露戦争に勝利し、パリ講和会議(1919)で人種平等案を提案した日本に対しては、アジア諸国から大きな期待が寄せられた。しかし日本政府が、彼らの期待に応える外交を展開することはなかった。
第1次世界大戦後の日本外交は、「アジアと向き合えない」ことで次第に行き詰まっていく。大戦中、国際政治の新たな原則として「民族自決」が掲げられ、大戦後の東アジアでは、中国を単なる支配の客体と見る「旧外交」から、自立した主体として見る「新外交」への転換がはかられていく。しかし、眼前の国際秩序に順応することにつとめてきた日本は、あるべき国際秩序への想像力を失っていた。日本は、対中政策の刷新において英米に遅れをとり、次第に、しかし確実に行き詰まっていく。
本報告は、明治・大正期の日本外交が、一方で欧米中心の国際社会で成功を収めながらも、他方でアジア連帯という課題から目を背け、その可能性を閉ざし続けた過程を描き出す。そのような作業は、日本外交の短期的な成功が、長期的な蹉跌の1つの要因となってしまったことを明らかにするだろう。

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