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アジア太平洋研究科修了式(2019年9月)研究科長式辞

2019.09.17

本日ここに学位記を授与される皆さん、修了おめでとうございます。 早稲田大学アジア太平洋研究科を代表して、心よりお祝いを申し上げます。 また、皆さんをこれまで励まし、支えてくださったご家族の方々にも、心からのお祝いと感謝の気持ちをお伝えいたします。

この秋、大学院を修了する方は83名で、その内訳は博士課程が6名、修士課程が77名です。

アジア太平洋研究科は2018年に創立20周年を迎えました。 この20年間に輩出した修士課程学生は3000名以上にのぼり、出身の国と地域は50以上に及びます。 日本あるいはアジア太平洋地域に限らず、世界のあらゆる地域から学生が集い、修了後はさまざまな形で社会を支え、けん引する役割を担っています。 また、博士後期課程修了生は250名を超え、修了後は研究および教育の分野に限らず、幅広く活躍されています。 皆さんは、本日、GSAPS修了生コミュニティの一員となります。

皆さんは、本日、修了式に臨み、学問に取り組んだ日々を振り返り、多くの感動と気づき、そして時に経験した苦労を思い起こしていることでしょう。 研究室の仲間や教員との交流を振り返り、アジア太平洋研究科が目指す、「多様なバックグラウンドを持ちながらも一つの目的のもとに知を結集する」という理念を実感していただけたならば、教職員一同にとり、とても大きな喜びです。

 

さて、現在、世界では、ナショナリズム、ポピュリズムが台頭しています。

英国のEU離脱や米国の大統領選挙、難民・移民の波に対する欧州諸国の対応をはじめとして、長期の経済の劣化、国際的な軋轢などを背景に、世界のいたるところでナショナリズムが台頭しました。 また、政治の世界では、国民が関心を持つ目先のテーマに目を向けさせるよう誘導することにより、ポピュリズム的な政治手法が多くの国において、強い影響力を持つようになっています。

 

それに伴い、意図的に嘘の情報を流布するフェイクニュースが世界的に問題となっています。 ネットだけでなく、紙媒体でも嘘の情報が平然と流通する時代となりました。 

少し前になりますが、昨年、11月11日に、第一次世界大戦の終結100周年記念式典がパリで開催されました。 主催したフランスのマクロン大統領は、その演説の中で、世界に広がるナショナリズム、反国際協調の高まりを非難し、過去の教訓から学ぼうとのメッセージを世界に発信しました。

マクロン大統領*は、ナショナリズムの台頭を、「古い悪魔がふたたび目覚めつつある」“The old demons are rising again,”と非難したうえで、「『他の者になにがあっても、われわれの利益を第一に』と言っていては、国が最も大切に持つべきであり、また国を存続させるもっとも大切なものである、道徳的価値観を失ってしまう」“By putting our own interests first, with no regard for others, we erase the very thing that a nation holds dearest, and the thing that keeps it alive: its moral values,” 、「ナショナリズムは愛国心とは全く逆のもの、愛国心への裏切りだ」“Patriotism is the exact opposite of nationalism. Nationalism is a betrayal of patriotism,”、と述べ、世界的潮流に警鐘を鳴らしました。 トランプ政権の米国第一主義やヨーロッパをはじめ世界中に見られるナショナリズムの興隆を強く念頭に置いたメッセージだとみることができます。

 

さて、批判の矢面に立たされているトランプ大統領ですが、大統領選挙での勝因のひとつは、ツイッターを使って対抗馬であったヒラリー・クリントン候補を追い込んだ巧みな選挙戦略にあったと言われています。 トランプ大統領は、あえてマスメディアに対する敵意をむき出しにし、ソーシャルメディアを通じて直接情報を発信することで、大統領の地位を得たと言っても過言ではありません。 確かに、既存の世界に挑戦し、敵対する多くのメディアの批判をかわして国民に直接訴える手段としては、ソーシャルメディアは最適といえます。 かつて、ケネディ大統領やレーガン大統領が名演説によって国民を動かしたように、トランプ大統領はソーシャルメディアというIT時代の新しいツールによって、人々の心を掴んだのです。

トランプ大統領のツイートの最大の特徴は、単純なメッセージを繰り返し発信することで、それが誤った情報であっても、フォロワーを納得させてしまうところにあると言われています。

 

我々は、こうした情報操作に無抵抗なのでしょうか。 我々の心の中において、心理的なレジリエンスがあると、それがあたらしい状況に向けた社会的なモメンタムに対する抵抗となることが知られています。 オランダの数理生態学者Marten Schefferが提唱したTipping Point理論という理論があります。 Tipping pointは日本語で転換点あるいは分岐点と訳すことができますが、Schefferは社会がどのように世論を作り、そして突然の世論の変化が起こり、そしていったん変化が起こるとそれを防ぐことがいかに難しいかをTipping Pointという概念を用いて説明しました。

人々は4つの要因パラメータ、すなわち、「周囲からの圧力」“peer pressure”,「リーダーの不在」 “absence of leaders”,「問題の複雑さ」 “complexity of problem”, そして「人々の同質性」 “homogeneity of population”を通じて相互に影響を与え、それぞれの要因が強まると、突然フェイズが変わり、それまで動かなかった世論が急激に変化し、社会的なムーブメントが起こることを、明らかにしました。 理論は非線形動学という難解な数学を用いたものですが、パラメータの値によって、安定な点に収束したり、逆に発散したり、どちらに向かうかわからない不安定な点が現れたりします。 今我々の世界で起こっている様々なムーブメントは一定の結末を持たず、さまざまな帰結に至りますが、まさにそのメカニズムを説明することができます。

 

こうした激動の中にあって、我々はどうすべきでしょうか。 私自身がその答えを持っているわけではありませんが、これだけは言うことができます。 それは、「多様な情報に基づく客観的で正しい知識」、そして「相互の信頼をベースとした人と人とのネットワーク」の重要性です。 この2つがあれば、先ほど説明したTipping Point理論における4つの要因を抑えることができ、過激なムーブメントを未然に防ぐ可能性が増大すると言えます。

 

皆さんが在籍したこのアジア太平洋研究科は、まさにこの2つを皆さんに獲得したいただく場を提供しているといえます。

アジア太平洋研究科は、地域がもつ多様性や潜在性、さらには抱える諸課題に対して、伝統的な学問の領域を超えて、総合的学際的に教育・研究を行う知の集積地です。 今後、皆さんが社会において活躍するときに、この研究科で得た知識そして人のネットワークをぜひ活かしてください。

 

皆さんは本日早稲田大学アジア太平洋研究科でその課程を修了されました。 そして今日が、新たな協働collaborationの始まりです。 皆さんが、アジア太平洋研究科における学修・研究を通じて得られた分析能力を大いに活用して、アジア太平洋地域のみならず地球規模での課題の解決および価値創造に向けて貢献できる高度人材となることを期待しています。

では皆さん、ともに、よりよい未来社会を作っていきましょう。

本日は、修了おめでとうございます。 

2019年9月15日 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 研究科長 三友仁志

*English translation cited from Washington Post https://www.washingtonpost.com/world/europe/to-mark-end-of-world-war-i-frances-macron-denounces-nationalism-as-a-betrayal-of-patriotism/2018/11/11/aab65aa4-e1ec-11e8-ba30-a7ded04d8fac_story.html

 

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