Waseda University Archives 早稲田大学 大学史資料センター

History of School of Social Sciences, 1966-

社会科学部 History 1966-

社会科学部 History 1966-

社会科学部は2016年4月、創設50周年を迎えました。

当初、存続すら危ぶまれていた社学でしたが、「社会諸科学の総合、学際的な教育・研究」の理念のもと、教職員・学生・卒業生たちの熱い思いが結集して、今日の隆盛を見るに至りました。ここに社学50年の歴史を振り返り、更なる躍進への礎としたいと思います。

1966-1975

社会科学部は、1966(昭和41)年4月、①「勤労学徒のための夜間学部」、②「社会科学系専門分野に関する総合的知識の修得」を旗印として誕生した。当時の早稲田大学は、学費・学館問題をめぐるストライキの真最中。地下鉄東西線が中野・竹橋間に延長された頃である。

勤労学徒を対象としていたため、社学の開講時間は17:25~18:55、19:00~20:30、20:35~22:05の3時限制。タクシーの運転手をしている学生が、車を校舎に横付けにしたまま英書購読の授業を受けるという風景もあった。教室は旧4号館で、教員室も共同(旧14 号館に移転したのは創設1年半後の1967年9月)。こじんまりした学部であった分、教員と職員のボーダーラインは低く、教職が同じ部屋で談笑し、飲食し、情報交換し、囲碁を囲み、将棋盤を睨みつけるなど、独特の雰囲気が定着していった。アットホームな学部であった。

その後、高度経済成長にともなって、入学志願者も1967(昭和42)年の2444名から1970(昭和45)年の4336名へと年々増加。逆に勤労学徒の数が減少してきたので、1971(昭和46)年から開講時間を15:50(土曜日は14:10)に繰り上げた。

コラムで読む社学 1966-1975

「社会科学部報創刊号 発刊に際して」『社会科学部報』創刊号、1968年6月

今年度から『社会科学部報』を発行することにした。当分は年二回の予定である。学生諸君へのコミュニケーションの一助となることを意図するものである。 数年前までは、学生諸君に対する大学のコミュニケーションの手段は全く欠如してい […]

「新入生の諸君へ」『社会科学部報』第3号、1969年8月

新入生諸君お目出とう。諸君を我が社会科学部に始めて迎えた、四月一日の始業式には、私はその前日二ヵ月の病院生活から帰宅したばかりだったので、残念ながら欠席しました。そこで更めてこの一文を草する次第です。

「第一期卒業予定者の君に」『社会科学部報』第3号、1969年8月

わが国の教育制度の上でも極めて特色のある社会科学部が41年に創設され明春3月初めて実社会に卒業生を送り出すことは,大学はもとより学部においても多大の関心をもって諸君の今後を見守っているわけであるが,諸君の就職を指導斡旋す […]

「学生専用掲示板の新設について」『社会科学部報』第4号、1970年3月

このほど,本学部に学生専用の掲示板が2箇所増設されました。1つは14号館正面入口に向つての9号館側に屋外用のものが,いま1つは14号館内正面階段の窓側に屋内用のものができました。 学部では日頃から立看板や屋内のポスターの […]

「社会科学部学生実態調査の集計結果」『社会科学部報』第6号、1972年1月

質問紙法で6月13日から6月26日までの二週間になされたこの調査の回答率は54%であるが,通常授業出席者は在籍者数の6~7 割であることを考えると,かれらは大体在籍者全員の平均的代表であると推定される。調査における回収率 […]

「ピンク電話の新設」『社会科学部報』第7号、1973年1月

学生諸君から要望のあったピンク電話が5月16日に新設された。場所は社会科学部ラウンジの東側の出入口近くで,使用できる時聞は日曜日を除いて午後3時から9時までである。

「親愛なる学生諸君に訴える」『社会科学部報』第9号、1975年1月

社会科学部は,昭和41年4月から発足したから,満9年を経たことになる。顧れば,大きなワセダの幹木に繁茂しつつある枝であるから,スクスクと生育している。学生諸君におかれても, 自覚と責務を感じてやっておられるので,平素の研 […]

1976-1985

草創期の社学では、教・職・学生が一丸となって学部発展のために苦心し努力した。その甲斐あってか、社学の人気も年ごとに上昇し、創立から10年を経た1976(昭和51)年、入学志願者がついに1万人の大台を突破。1978(昭和53)年には、旧13号館が利用できるようになり、学生読書室や教員の研究室も拡充された。それと同時に、社学が標榜する「社会諸科学の総合」の具体化を目指して、教員たちは切磋琢磨した。

1982(昭和57)年、早稲田大学が創立百周年を迎えたのを機に、1983(昭和58)年1月、社会科学部ではシンポジウム「新しい社会科学を求めて―社会科学の過去・現在・未来」を開催し、その成果を出版した。本書は社会の注目を集め、高い評価を受け、社学の指針となった。

創立百周年前後、社学を所沢に移転して昼間部にしようとの議論もあったが、本部キャンパスに留まる道を選んだ。

コラムで読む社学 1976-1985

「10周年を終えて社会科学部を考える」『社会科学部報』第11号、1977年3月

社会科学部は昭和51年3月末でちょうど創立10周年を経過し,昭和51学年度はその記念の年としていろいろ記念事業を行ってきたが,この年度は,最初の10年という区切りを終えて,つぎの新しい、10年へと飛躍する画期の年でもある […]

大畑弥七「これからの社会科学部」『社会科学部報』第18号、1983年

学部長になって一年たった。とくに就任時は大学の百周年記年事業のため会議や行事に追われ、本当に多忙な日を過ごした。また、学部内の仕事も、前からの引継ぎ事項を整理するなどで思うように学部の充実を実行するまでにいたらなかった。

池田雅之・古賀勝次郎「対談『新しい社会科学を求めて』をめぐって」『社会科学部報』第18号、1983年

去年は早稲田大学創立百周年ということで、色々な記念事業が行われた訳ですが、我が社会科学部でも、その一環として、『新しい社会科学を求めて』というタイトルの雑誌を出しました。そこで今日は、その編集に携われた古賀さんに、そのこ […]

山之内光躬「社会科学部を魅力ある学部に」『社会科学部報』第19号、1985年1月

社会科学部が設立された1960年代の半ばから, 1980年代の現在に至るまでの約20年間は,社会経済的,文化的状況が急激に変化した時期であった。大学もまた,それを取り巻く環境の変化にともなって,今日,一つの岐路に立ち,こ […]

「学生諸君へ~創設20周年」『社会科学部報』第20号、1985年10月

社会科学部は,明年3月で創立20周年を迎える。昭和41年の発足当時,専任教員は35名であった。現在,政経学部の研究棟のある敷地に,当時,演劇博物館の旧事務所があった。その一角の大部屋の共同研究室に,全員が同居するところか […]

1986-1995

社学創立から20年を経た1986(昭和61)年、社学の有職学生は全体の2.3%にすぎなくなった。学生から始業時間繰り上げの要望が高まってきたので、平日は14時30分、土曜日は13時から講義開始とすることとし、翌年から実施した。

他方、1988(昭和63)年4月、「社会に開かれた学部」を前面に打ち出して、社会人学士入学制度を導入、60余名の社会人学生を3年生に迎え入れた。教場やラウンジで一般学生との交流が深まり、互いに刺激しあう場が出来上ることを期待した。

1989(平成元)年4月には、自己推薦による全国推薦入学試験も導入した。体育や学芸または生徒会活動などの諸分野で目覚ましい活躍をした生徒、英語検定などの権威ある資格を取得した生徒を、自己推薦に基づいて入学させるユニークな試験制度である。タイプの異なる個性ゆたかな逞しい学生を全国津々浦々から集め、多様性に富んだ活力のある社学を築き上げるためであった。このように社学は、新たな試みに次々と、果敢に取り組んだ。

そして1994(平成6)年4月に、夜間大学院である大学院社会科学研究科修士課程も発足、約140名の大学院生を迎えた。学部理念をより高度な地平で具現化する試みであった。

コラムで読む社学 1986-1995

木村時夫「社学 今昔ばなし」『社会科学部報』第22号、1987年10月

編集者から「大部屋時代の思い出」をというご注文であったが,社学が発足した当時は専任教員35名(現在は50名〉全員が,今の政経のラウンジのある所に在った木造2階建て校舎の一室を研究室に充てられ,同居していたのである。机と椅 […]

佐藤和夫「社会科学部の今昔」『社会科学部報』第23号、1988年11月

個人的なことをまじえて社会科学部の昔のことを語ってもらいたいと学部報の編集者から頼まれた。私は昔のことを語るのは嫌いだ。未来 のこと,21世紀における社会科学部のあり方なら書いてもいいのだが, しかしそれは別の機会にゆず […]

武川忠一「社会科学部の今昔」『社会科学部報』第24号、1989年10月

もう15年以上も前になるが,人文演習の時間のことである。A君が発表することになっていた。彼は立ちあがって,何も見ないで,いきなり北村透谷の「隻蝶のわかれ」という詩を,静かに暗誦しはじめた。 ひとつの枝に隻つの蝶, 羽を収 […]

小林茂「社会科学部今昔物語」『社会科学部報』第25号、1990年10月

早稲田大学校内の殆んどの桜の花は散り残りの状態であったが,現在の4号館の傍の八重桜だけは丁度満開であった。久し振りに訪ねた早大キャンパスは,その隅々までが懐かしく『今日から母校の教員である』という誇らしさとうれしさとで, […]

時岡弘「第一回卒業アルバムのゼミ写真を振り返って」『社会科学部報』1991年11月

一期生の卒業アルバムを見て,最初は自分がどこに写っているのか解らなかった。20数年余前,自分も若い時があったのだ,と!! そして,彼等卒業生も現在40才半ばであるから,当時の私の年と凡そ同年輩である。

田中由多加「社会科学部今昔物語 PART I 学生のライフスタイル・学生運動・就職活動」『社会科学部報』1991年11月

学生諸君とコンパで歌の競演 昭和41年の学部発足以来,学生アルバイトに従事する者の数は多かった。ここしばらく前から「パート」という言葉が用いられ、「時給」いくらで働くかが,その業種の報酬基準になる。このパートに熱中するあ […]

大平金一「社会科学部今昔物語 PART II」『社会科学部報』1991年11月

社会科学部が創立されて6年目,昭和47年4月から学部の一員となったのであるが9月に学部長交替があり,時岡学部長のもとに私は教務担当教務主任をすることになった。ところが, 10月に1文学生川口君が文学部校舎で暴行され死亡す […]

「座談会 若手新任教員おおいに語る」『社会科学部報』1992年12月

さる7月6日(月),大隈庭園内完之荘にて,社会科学部の若手新任先生を囲む座談会が行われた。 出席者: 西原博史 専任講師 長谷川信次 専任講師 若松新 専任講師 島善高 助教授(編集委員〉 吉田和夫 専任講師(編集委員) […]

田村正勝「新時代を切り拓く社会科学部の役割」『社会科学部報』1992年12月

ソ連・東欧の転換や地球環境サミットに象徴されるように,近代社会はいま,古代ローマ帝国や中世社会の崩壊に匹敵する一大分岐点・危機に直面している。近代合理主義は,科学的思考と工業化と民主主義の推進により,精神的抑圧からの,貧 […]

掛下栄一郎「社会科学部の今昔」『社会科学部報』第28号、1993年

毎年学部報のこの欄は、定年を迎える先生が執筆するならわしになっているようであるが、いよいよその順番が私に廻ってきた。光陰矢の如し、あっという間にその日がやってきた感じである。社会科学部が呱呱の声をあげたのは1966年であ […]

「社会科学部関連施設の移転について」『社会科学部報』1994年

社会科学部の事務所、学生ラウンジなど関連施設が1994年9月後期から1号館へ移ることになりました。これは、周知のように現14号館の場所に新しく「A棟」を建設することになったからです。いうまでもなく、「A棟」完成の暁には社 […]

森乾「社会科学部今昔物語 社会科学部と私」『社会科学部報』第30号、1994年

早稲田大学、本部構内14号館、その建物が開部以来、我が社会科学部の学生さんたちが主として勉学してきたいわば本拠とでも云うべき所である。 それに隣接の13号館、その3階に私の研究室があるが、14号館とともにはるか太平洋戦争 […]

弦間正彦「第1回シンポジウム開催について」『社会科学部報』第30号、1994年

社会科学学会では例年学生会員対象に講演会を実施してきましたが、本年度よりこれを発展解消してシンポジウムを採り入れることにしました。第1回シンポジウムは「地球社会と日本」というテーマで11月15日に開催が予定されています。 […]

大谷惠教「社会科学部今昔物語 社会科学部と私」『社会科学部報』第31号、1995年

年月の経過は実に早いものである。昨秋のホームカミングデーに1期生諸君を大学に迎え、今年で社会科学部は創設後30年目に入った。丁度40才の時に私も本学部創設に参加して今日にいたり、矢張り丁度30年目を迎えており、来年3月い […]

常田稔「新入生諸君へ」『社会科学部報』第31号、1995年

新入生諸君、入学おめでとう。社会科学部は、創立以来「社会科学の総合」と「学聞の社会への門戸開放」という二つの理念を掲げて発展して来た学部です。 社会科学の総合という理念は、社会科学が細分化と専門化の方向に進み過ぎた従来の […]

1996-2005

社学創立30周年を迎えた1996(平成8)年4月、大学院社会科学研究科博士後期課程がスタートし、17名が合格した。そして1998(平成10)年には、悲願であった新14号館が出来上がり、9月から全面開館。社会科学部・社会科学研究科のすべての施設が14号館に収容されることになった。同時に夜間学部を脱して、昼夜開講学部(3時限から開始)へと移行することとなった。これによって女子学生も増加してきて、カラフルな社学となり、また外国人留学生を受け入れることも可能となった。

2000(平成12)年になると、「教育のオープン化」が叫ばれ、他機関・他学部で履修した48単位を社学の卒業単位に参入できるようになり、日本女子大学や学習院女子大学へ、「心躍らせて」通う男子学生も出始めた。

なお、この時期の出来事として特記すべきことは、1998(平成10)年4月に「社会科学部卒業生奨学基金制度」が発足し、同年9月に最初の奨学生が誕生したことである。社学の第一期卒業生が卒業25年を迎えた1994年、向学心のある後輩のために奨学金を贈ろうと発起したことに始まる。

コラムで読む社学1996-2005

佐藤和夫「社会科学部今昔物語 社会科学部の今昔」『社会科学部報』第32号、1996年

社会科学部が生まれて、30年たった。英語のワン・ジェネレーションは約30年というから、一世代が過ぎたことになる。第一回の卒業生は、いわゆる団塊の世代のすこしあとに属する人々で、もう50歳に手がとどく年令だろう。各界の中堅 […]

木村時夫「創立30周年に際して」『社会科学部報』第33号、1996年

わが社会科学部が創立30周年を迎えた。平成3年4月は創立25周年であった。その前の月、私は定年で、大学を去った。その時記念事業の1つとして以前から依頼されていた『早稲田大学社会科学部小史』 (平成4年3月刊)の最後に、私 […]

「社会科学部学生読書室(コンピュータ・ルーム)利用案内」『社会科学部報』第33号、1996年

1996年4月から、1号館2階社会科学部学生読書室・第一閲覧室にはコンピュータ端末機が設置されました。この部屋は、社会科学部が授業で使用しない時間には本大学の学生および教職員に開放され、端末機のオープン利用が可能となりま […]

山之内光躬「社会科学部創立30周年によせて」『社会科学部報』第33号、1996年

1966年に発足した社会科学部は今年で創立30周年を迎えることになった。学部設立時からその成長期をともにしてきた者として、特別の感慨を禁じ得ない。 1966年学部の発足当時の専任教員は35名であったが、当時の教員のうち今 […]

佐藤紘光「社会科学部創立30周年記念講演・シンポジウムのご案内」『社会科学部報』第33号、1996年

社会科学学会は、研究教育活動の一環として、学生会員を対象に、毎年、講演会やシンポジウムを開催してきました。 とくに本年は、社会科学部が創立30周年を迎えましたので、本学部の記念事業としてこれを企画し、下記の要領で30周年 […]

小山慶太「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第34号、1997年

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。大隈講堂に象徴される早稲田大学のキャンパスを雑誌や各種のメディアを通じて目にする機会は、いままでも多かったことと思いますが、こうしていま、早稲田に学ぶ一員として校舎を見上げる感激 […]

「A棟(仮称)施設概要と完成後の社会科学部の将来」『社会科学部報』第34号、1997年

社会科学部は1966年に創設され、昨年創立30周年を迎えることが出来た。この間、現代社会が要望する、社会科学の総合的・学際的な研究・教育を行うことを基本理念に掲げ今日に至っている。 そこで、設立当時の施設状況を振り返ると […]

速川治郎「社会科学部今昔物語 私の中の社会科学部」『社会科学部報』第34号、1997年

私が社会科学部の非常勤講師になったのは、今残っている出欠簿から推測すると、同学部が創設された1966年(昭和41年)の後期からだったと思う。前期は岩波文庫の『アンデルセン童話集』の訳者である大畑末吉先生が担当していた。先 […]

小山慶太「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第35号、1998年

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。記念会堂で入学式を体験し、大隈講堂を仰ぎみるキャンパスに足を踏み入れたいま、皆さんの胸の中に早稲田の学生となった感激が実感をともなって、湧き上がってきたことと思います。 ところで […]

辻隆夫「「社学のチャチャチャ」を知っていますか…… 社会科学部午後1時開講について」『社会科学部報』第35号、1998年

空にきらきらお星さま、 こんなスヤスヤねむるころ 社学は下宿をとびだして、 語学にかようよ、チャチャチャ 誰もが知っている童謡「おもちゃのチャチャチャ」の替え歌「社学のチャチャチャ」を知ったのは、今から12年も前、専任講 […]

山之内光躬「社会科学部今昔物語 忘れ得ぬ人々」『社会科学部報』第35号、1998年

思い起すと社会科学部が創設された1966年(昭和41年)は、早稲田大学が学費値上げをめぐっての紛争で、大学の機能はほとんど麻痺状態にあった。このような混乱状態のなかで、最初の教授会が招集されたのが4月14日であった。教授 […]

「クローズアップインタビュー 昼夜開講学部移行について」『社会科学部報』第36号、1998年

社会科学部は10月15日、早稲田大学学則の改正によって夜間学部から昼夜間講学部へと移行いたしました。折りしも新14号館が完成し、社会科学部はその歴史にまた新たな1ページを加えることとなりました。ところで、この昼夜間講学部 […]

「新14号館竣工記念新入生歓迎講演会開催」『社会科学部報』第36号、1998年

社会科学部、社会科学研究科および社会科学学会では、西早稲田キャンパスの新たなシンボルとして誕生した新14号館のオープンを記念し、また新入生歓迎の意をこめて、教室使用開始となる4月13日(月)に14号館201教室において記 […]

那須政玄学部長式辞、2000年

社会科学部は一昨年、すなわち1998年、一つの大きな節目を迎えました。 まず一つには、14号館、これが早稲田大学のなかで最新の設備を備えた校舎でありますが、そこへ社会科学部は1998年9月に全部の機能を移しました。すなわ […]

那須政玄「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』37号

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。記念会堂での入学式、そして大隈講堂を仰ぎ見、真新しい14号館に足を踏み入れたとき、皆さんは早稲田大学の学生になったことを実感し、すでに早稲田大学の虜になってしまったことでしょう。 […]

「カリキュラムの変更について」『社会科学部報』第38号、2000年

一昨年秋に昼夜開講学部となって以来、社会科学部ではそれに相応しいカリキュラムをめざして検討を続けています。新設科目の設置、他学部・他機関で修得した単位の卒業単位への算入規則の変更等、本年度から実施されるカリキュラム変更が […]

「地球社会へ飛び出す社学ゼミ特集1」『社会科学部報』第38号、2000年

私の担当する専門演習(国際経済政策研究)では、他大学の学生との討論会を活発に行っている。主な目的は二つある。一つは、他大学の学生との意見交換を通じた交流をすることで、相互に理解を深めたり、良い刺激を受けたりすることである […]

劉傑「中国復旦大学との交流について 地球社会へ飛び出す社学ゼミ特集」『社会科学部報』第38号、2000年

社会科学部・劉ゼミ所属の学生一行20名が上海虹橋空港に降り立ったのは、一九九九年八月三○日のことであった。それから二週間、学生たちは中国最大の経済都市上海を拠点に、南京、蘇州、杭州などにも足を伸ばし、見聞を広げた。この旅 […]

坪郷實「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第40号、2001年

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。 皆さんは21世紀の担い手となるでしょうが、21世紀はどのような世紀になるのでしょうか。21世紀初頭において、私たちは、情報通信や交通機関の飛躍的な発展に基づくグローバリゼーシ […]

「地球社会へ飛び出す社学ゼミ特集 多賀ゼミ~マダガスカルで~」『社会科学部報』第40号、2001年

社会科学の弱点は、実験ができないことである。社会科学部の強みは、複眼的思考と総合性である。弱点を乗り越え、強みを生かす方法はないだろうか。そのひとつは現場にほかならない。平和学は実学であると宣言した手前、希望するゼミ生を […]

坪郷實「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第41号、2002年

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。 21世紀が「希望のある世紀」となるのかどうかは、21世紀の担い手である皆さんにかかっています。21世紀の現代社会は、新しい問題に次々に直面しています。2001年から2002年 […]

「もうご存じですか? 禁煙キャンパス」『社会科学部報』第42号、2002年

早稲田大学西早稲田キャンパスでは、2002年4月から指定箇所を除いて、キャンパス全体が禁煙になりました。 大久保キャンパスではすでに実施されていましたが、学生からの要望もあって今年度から実施されることとなりました。

「専門演習からゼミナールへ」『社会科学部報』第42号、2002年

大学での勉学の醍醐味はなんといっても少人数で行われる演習授業にあると言えるでしょう。社会科学部では、これまでの専門演習カリキュラムを2003年度より順次改定し、ゼミナールを中心としたカリキュラムを構築していきます。

輪湖博「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第43号、2003年

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんが社会科学部の一員となりましたことを、教職員、在学生一同を代表して、心から歓迎いたします。 すでに学部案内などを通してご存じのことと思いますが、社会科学部は、その基本理念 […]

大畠英樹「社会科学部今昔物語 29年間を振り返って」『社会科学部報』第44号、2004年

突然、大学院時代の指導教授から「そろそろ早稲田に帰ってこないか」というお電話を受けたのは、1974年10月のことであったと思う。京都のさる私立大学法学部に助教授として就職して4年余り過ぎたころであった。即答せよと言われて […]

長谷川洋三「社会科学部今昔物語 社学の発展を祈る」『社会科学部報』第44号、2004年

私が当学部に奉職させていただいたのは、学部誕生の昭和四十一年です。以後三十七年余、学部の歴史と共に歩んできたわけですが、施設や学生の気質などに大きな変化が見られます。 施設の点ですが、初期の頃は研究室が小さく相部屋で不便 […]

坂口博一「社会科学部今昔物語 昔と今」『社会科学部報』第45号、2004年

その昔、私が教育学部の学生だった頃、A先生が英文学を担当しておられた。あまりいろいろな授業に参加するのに熱心でなかった私も、A先生の授業は心待ちにしていた。優れた英文学の作品をページごとに読んでいくのだが、A先生の解説は […]

高橋悦男「社会科学部今昔物語 定年を迎えて」『社会科学部報』第45号、2004年

私が社会科学部に講師として就職したのは昭和四十七年四月一日である。私と一緒に三人の先生が着任されたが、御三方ともすでに定年で大学を去られ、私が最後になった。大学を去るに当たって思うことは、早稲田の教員になって本当によかっ […]

田村貞夫「社会科学部今昔物語 学生一流、職員も一流、そして教員、OBも(略)」『社会科学部報』第45号、2004年

まづはじめに、拙文の題名の一流ということについてコメントしておきたい。これはお金中心の経済学の効率性のものさしではかるのではなくて、人間中心の経済学の人間性、経済性、社会性の学際的ものさしではかるのである。 私は昭和41 […]

清水敏「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第46号、2005年

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。 社会科学部の紹介をさせていただきます。社会科学部は、「社会科学の総合的、学際的な教育・研究」および「社会に開かれた高等教育機関」という二つの基本理念を掲げて1966年に設置さ […]

2006-2015

社学創立40周年目の2006(平成18)年11月、創設40周年記念シンポジウム「社会科学の現代的課題と大学の使命」を開催、創設時の理念「社会科学の総合」の現代的意義を議論し、その重要性をいよいよ確認した。

翌2007(平成19)年、早稲田大学が創立125周年を迎えた年、社会科学部稲門会も設立された。各界で活躍する社学卒業生相互の交流を図ると同時に、現役社学生のための奨学基金活動を継続展開することとした。

そして2009(平成21)年4月には、社学は昼夜開講学部と決別して、完全な昼間学部へと移行した。それに伴って大幅なカリキュラム改正を行ない、基盤専門科目と先進専門科目とを設置し、2010(平成22)年4月から、原則すべての科目を半期化した。

また2011(平成23)年9月には、英語だけで講義を行なう「現代日本学プログラム」(CJSP)を開設、第一期生としてアジアの国々や地域の出身者を中心に24名の学生が集まった。こうして社学は、堂々たる学部へと成長した。

コラムで読む社学 2006-2015

岡野光雄「社会科学部今昔物語 ワセダとともに半世紀」『社会科学部報』第48号、2006年

2007年3月末日に定年を迎えることとなった。18歳の春、大阪から上京して法学部(当時の第一法学部)に入学して以来、大学院修士 ・博士課程を含め、来年3月をもって52年聞の早稲田での生活に終止符をうつことになる。 教員生 […]

照屋佳男「社会科学部今昔物語 ゼミという共同体」『社会科学部報』第48号、2006年

すぐれた歌人佐藤佐太郎の歌に「道の上にあゆみとどめし吾がからだ火の如き悔に堪へんとしたり」というのがある。己一個に関してであれ、己の属する組織に関してであれ、人は、「火の如き悔」に襲われ、「道の上にあゆみとどめる」という […]

大西泰博「社会科学部で実り多き青春を」『社会科学部報』第49号、2007年

新入生の皆さん、早稲田大学へのご入学おめでとうございます。そして、早稲田大学の中でもとてもユニークな学部である社会科学部へのご入学を心よりお祝いいたします。

「創立40周年記念シンポジウム開催」『社会科学部報』第49号、2007年

社会科学部は「社会諸科学の総合的、学際的な教育・研究の実践」、「社会に開かれた学部」および「問題発見・解決のできる学生の育成」という、現代社会の要請に合致する三つの理念を高いレベルで追求するために、1966年に夜間学部と […]

大西泰博「社会科学部で熱き想いを語りあおう」『社会科学部報』第50号、2008年

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 多分皆さん方は、大学入学後は、大隈講堂前の正門といわれております石段のところから、このキャンパスに足を踏み入れられることが多いことと思います。 ただ […]

「2009年度からの新カリキュラムについて」『社会科学部報』第51号、2009年

社会科学部は、2009年度から新カリキュラムを採用することになりました。従来からの自由度の高いカリキュラムを維持したまま、学際性・総合性を一層進展させるべく、より進化した履修プログラムを作成しました。新しい履修ルールが適 […]

多賀秀敏「学部長挨拶」『社会科学部報』第52号、2009年

数字を見ると体中がかゆくなる。文科系といわれる人によくある話です。しかし、世の中には、横文字を見ると寒気がするという人もいるでしょう。地図を見てもさっぱり道が見えない。試験管とビーカーを見るとあまりのおぞましさに気絶する […]

多賀秀敏「新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第53号、2010年

入学おめでとうございます。 この場をお借りして、これから諸君の4年間の学生としての過ごし方について、個人的なアドバイスをしましょう。卒業後の進路を決めて本学部を目指してきた新入生の皆さん。大歓迎です。諸君は、目標に向けて […]

多賀秀敏「人口減少型高齢社会運営モデルの創造」『社会科学部報』第55号、2011年

新入生のみなさん、社会科学部への入学、おめでとうございます。 昨年末に、ある週刊誌で、早稲田大学社会科学部は「いま日本で一番元気がある学部」と評されました。確かにそのとおりだと思います。「元気」には、いろいろな見方が可能 […]

多賀秀敏「2012年度社会科学部新入生の皆さんへ」『社会科学部報』第56号、2012年

2012年度社会科学部新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。おそらく日本でも一、二を争う高い倍率を突破して入学してこられた皆さんに敬意を表します。大多数の新入生にとっては、すでに10代の後半にして、このような試練を […]

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